第40話 《一方その頃の旦那様⑤》ますます愉快なご一行と迫る魔の手

(Side:ユージーン)


 あたたかい……。


 うっすらとした意識の中、久しぶりの温かさを腕の中に感じて幸せな気分で目が覚める。


 良かった、夢か。アナに何日も会えないなんて何の拷問かと思った。

 腕の中のアナをギュッと抱きしめ、ふわふわの髪にそっと頬を擦り寄せた。



 ……なんか、ワイルドな匂いする……



 確かにアナは貴族女性にしてはワイルドな方だと言えなくもないが、いつもはもっとこう、石鹸の様な甘い香りがするんだが?


 寝惚けた頭でアナを撫でると、ふわふわどころかもふもふする。


 そして獣臭……ゲフンゲフン!!


 アナが獣臭いなんて!


 そんな訳ないじゃないか!!

 

 異変を感じ目を開けようとすると、耳をカプッと甘噛みされた。


 アナーーーー!?


 動揺が隠しきれず、ドドドドドドと未だかつてないスピードで心臓が鼓動を打つ。



 いやそんな、朝からそんな。

 嬉しいけど!!



 と、一人悶えていると、そのままペロペロペロペロと顔を舐められる。



 ……さすがにおかしいだろ。



 慌ててガバッと身を起こすと、子犬サイズの白いもふもふが、ハッハッハッと嬉しそうに尻尾を振りながら私の顔を舐め回していた。

 

「うおっ!?」

『あ、ユージーン、コマロー、おはよー!』


 ふわふわと精霊達が寄って来る。


 そうだった。ああ、やはりこちらが現実か……。


 立ち上がって伸びをすると、身体のあちこちがバキバキ鳴りそうだ。痛い。やはり草を敷き詰めただけの寝床では限界があるな。


「ああ、おはよう。ところで何だ? その、コマローというのは?」

『この子のことだよ!』

『ユージーンが言ってたんだよー』


 コマロー……子魔狼か!

 確かに昨日、子供の魔狼だから子魔狼でいいかと思いそう呼んでいたが、まさか名前と認識されるとは思わなかった。




 昨夜洞穴の中で見つけたこの子魔狼は、親とはぐれたのか食事も摂っていなかった様で、少し痩せて怯えていた。


『この子、おなかすいてる。ユージーンお願い、クッキー分けてあげて?』


 精霊たちにそう頼まれ、私はためらう事なくアナのクッキーを与える事にした。

 アナなら絶対そうするだろうと思ったし、……正直、もふもふが可愛い。


 魔狼がクッキーなんて食べるのか? と不思議だったのだが、精霊によると魔狼はかなりの雑食だそうだ。

 しかもこの子魔狼は少し弱っていたから、魔力の供給も出来るアナのクッキーは最適らしい。


 自分の残りの食料の心配がなかった訳ではないが、必死にクッキーを食べる小さな魔狼を見ていると保身に走る気にはならず、気が付けば残りのクッキーは全て与えてしまった。


『ユージーン! 果物とってきたよー!』

「何?」


 見ればさっきまで姿が見えなかった精霊たちが、沢山の果物を抱えて戻って来た。


 うん、また精霊の数も増えているな。


 森にいると言っていた仲間が加わったのか?


「ありがとう、果物は助かるな!」


 子魔狼は果物も食べられる様なのでその果物も一人と一匹で分け合って食べ、食べ終わる頃には子魔狼はすっかり私に懐いた様だった。


 食べ物に釣られてすぐ人に懐くとは危なっかしいやつだな。

 私が悪人だったらどうするのだ?


 そんな事を思いながら、昨夜は草で作った簡易な寝床で子魔狼と一緒に眠りについたのだった。



 ふむ、完全に思い出したぞ。


 ……まぁ、良い夢みたしいいだろう!



「よし! 夜も明けたし、また国境へ向けて出発するぞ!」

『『『おー!!』』』

「わふっ!」


 ……わふ?


「お前も一緒に来るのか?」

「わふっ、わふわふっ!」


 洞穴から出た私達を、子魔狼が必死に追って来る。そうだな、まだこんなに小さいのだ。一匹で生きていくには早いだろう。


「子魔狼、お前、親はどうしたんだ?」

「きゅうー?」


 子魔狼は、くりくりの目を丸くして首を傾げる様に私を見ている。


「森の中を移動した方が、親と会えるか……?」


 もしこの洞穴で待っている様に言われているのなら動かない方がいいかもしれないが、昨日の子魔狼の様子だと、しばらく親は帰って来ていないみたいだったからな……。


 私と精霊たちが通りかからなかったら、もしかしたら子魔狼は助からなかったかもしれない。


『いっしょに行こう!』

『ぼくたちも、コマローのお母さん、さがしてあげる!』


 なるほど。精霊たちが探してくれるなら、洞穴で待つより良さそうだな。


「……一緒に来るか?」

「きゅう!」


 嬉しそうに尻尾を振りながらついて来る子魔狼。

また不思議な道連れが増えてしまった。


 まぁ、森の中なら目立つわけでもないし問題はないか。


 そうして再び森の中をアウストブルクに向かって進んでいると、数人の精霊が大慌てで飛んで来た。


『ユージーン、たいへんたいへん!』

『森にたくさん人間きた!』

『ユージーン、さがしてるみたい』

「何!?」


 私が逃げた事など、もちろんとっくにバレているだろう。


 しかし、あんな高さから飛び降りたのだ。

 死んだと思って諦めてくれれば一番いいと思っていたのだが、そうもいかなかったか。


 辺境伯領の騎士なら、恐らく森での訓練も積んでいるだろう。見つかると厄介だな。


「悪いが、手分けして侵入者の動きを把握してくれるか? 出来るだけ出会わない様に国境へ行きたい」

『らじゃー!!』

『あ、でも……』


 張り切って飛び回る精霊の中で、うーんと首を傾げている者が何人かいる。


「どうかしたのか?」

『うん、あのね。アウストブルクの方からも人間が森に入ってきたみたいなんだけど、その近くの森、変な匂いがして、近付きたくないんだって』


 始めに仲良くなったあの精霊が、わかりやすい様に説明してくれる。

 ……なんか、話すのが上手くなってきてるな?


『多分、まどーぐだよ。まどうぐ!』

「魔道具?」

『うん、あるの。精霊、ちかよらないようにする道具とかある』



 そうなのか。やはり精霊といえど無敵という訳ではないのだな。


 ますます気を引き締めなければ。


 精霊たちに頼るだけでなく、十二分に気を付けていこう。

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