第36話 《一方その頃の旦那様④》森の出会いはもっふもふ?

(Side:ユージーン)


「む、思った以上に深い森なのだな」


 精霊達に導かれる様にして街道を逸れて入った森は、最初こそ日も差し込み明るく歩きやすかったが、奥に入っていくに連れてどんどん暗く足元が悪くなっていった。


 精霊達が『道はない』と言っていたが、鬱蒼と木が茂る森の中には、確かに道らしき物はどこにもない。

 これは馬車や馬で移動するのは相当難しいだろう。追われる身としてはありがたいが、私自身も森を抜けるのに骨を折りそうだ。


 普通に考えれば、こんな森に何の準備もなく入るなんて自殺行為だな。



『ユージーン、そっち危ない、だめ!』

『こっち、こっち!』



 幸い私には優秀な案内人が多く付いている。

 お陰で迷う事なく進めるし、精霊達の光のお陰で暗い森の中でも私の周囲は明るい。ランタン要らずだな、便利だ。


 随分と奥深くまで進んだ様に思うが、森を抜けるのはまだまだ先らしい。

 夜になる前に、何とか眠れる場所を確保するべきだろう。


「はぁ、まさか野宿する羽目になるとはな」


『ユージーン、どこで寝る? 木の根っこ?』


「……木の根では寝ないな。出来れば屋根は欲しいところだが、皆はどうする? 精霊はどこで寝るものなのだ?」


 そういえば、結構長く一緒に過ごしているのに、精霊トリオが寝ている所を見た事がない事に気が付く。


『はざまー!』

「はざま? 狭間か? どこかの隙間に入って寝るのか??」

『うーん、すきまとはちょっと違うよー』


 ふむ、精霊の生態はまだまだ謎が多いな。



『ユージーン、いいとこ見つけた!』

『こっち、こっち!』


 精霊達に案内されていったのは、崖がえぐれて出来たような洞穴だった。


 なるほど、確かにここなら屋根はあるな。


 洞穴の中に入ってみる。

 お世辞にも居心地がいいとは言えないが、それでも壁と屋根に囲まれているという安心感は大きい。


「よし、今日はここで寝るか。皆、ありがとう」

『『『どういたしましてー!』』』


 手近にあった岩に座ってひと息ついていると、精霊達は嬉しそうに私の周りを飛びまわった。


 とても世話になった精霊達にアナのクッキーをわけてやりたいのだが、今は食料が貴重過ぎる。

 加えて、このクッキーはもはや私の心の支えと言っても過言ではない。


 私は懐をゴソゴソさぐると、クッキーの入った布袋を取り出した。一見ただの布袋だが、実はこれはかなり高価な魔道具だ。耐水性に優れ衝撃にも強く、見かけよりも沢山の物が入る。


 これに入れて運べばクッキーが湿気無いし割れないし沢山入る。加えて保存の魔石も一緒に入れておけば日持ちもするので、まさにアナのクッキーを守る為にある様な魔道具なのだ。


「すまんな、皆でクッキーを食べられればいいのだが、今は数が少ないのだ。後で必ず皆にも分けるから、今は待ってくれるか?」


『うん、いいよー!』

『ぼくたち、ちゃんと待てるよ!』

『はやくアナに会いたいねー!』


 それな。


 首がもげる程頷きながら、せめて最初に約束した精霊にだけでもと思い、クッキーを一枚差し出す。


『ユージーン食べて。人間はごはんいるでしょ? ぼくは、セイコーホウシューでいいよ!』

「成功報酬か? 意外と難しい言葉を知っているのだな。精霊は食事をしないのか?」


『たべるのすきー!』

『美味しいものはたべるよー』

『でも、たべなくても平気!』


 精霊にとっては、食事は生きる為に必要というよりも娯楽の一つといった感じなのだろうか?



『ねぇユージーン。もしかして、ぼくとなかま見わけついてる?』


 最初に仲良くなった精霊が、首をコテンと傾けてそう聞いてくる。


 ……そういえば分かるな?


 特に意識していなかったので何故かと問われると困るのだが、普通にこの精霊が神殿に閉じ込められていた時に最初に出会ったあの精霊なのだと分かる。


「ああ、分かるみたいだ。不思議だな?」

『ふしぎだねー! 嬉しいねー!』


 嬉しいのか。ならいいか?


 くるくる回る精霊を見ていると、思わず笑みが溢れて来る。ゴツゴツした岩のせいでさっきから尻が痛いのだが、そんな事もどうでも良くなってきた。




 ……嘘だ。やっぱり痛い。


 岩から立ち上がると、もう少し座り心地のマシな場所はないかと洞穴の奥まで進んでみる。


 歩きながら、さっきの精霊とのやり取りについて考えた。


 きっとアナと精霊トリオもこんな風に自然に絆を深めていったんだろうな、なんて思っていると、ふと自分の心に何かが引っかかっている事に気が付く。



 ずっと昔。

 まだ私が子供だった頃、こんな事が他にもなかったか?

 いつも探していた、大切な誰か——。



『ねぇ、いるの?』



 子供の頃の自分の声が頭を過ぎる。


 私は、何か大切な事を忘れていないか?

 何だか胸がざわついて落ち着かない。



 その時。


 

 キュウゥゥ……ン。


 と小さい鳴き声が洞穴の奥の方から聞こえて来た。


 

 なんだ? 何かいるのか?


 少し警戒して足を止めると、奥からこちらを窺う様に見ている小さな影に気が付く。


「なぁ、奥に何かいないか?」

『えー?』

『どれどれー?』


 精霊達が飛んでいくと、影になっていた何かが光に照らされる。


「子犬……?」


 白いもふもふとした毛並みの、小型犬サイズの生き物が怯えた様にプルプル震えながらこちらを見つめている。


『いぬじゃないよー、まろうの子供だー!』

『かわいいねー』



 精霊達はキャッキャとはしゃいでいるけれど、まろうって何だ?


 まろう、まろう……


 

 ……魔狼まろう!?

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