第28話 おじ様の正体

「おじ様っ!!」


 間違いない、おじ様だ!


 おじ様と顔を合わせるのはもう三年ぶりだろうか? さすがに少しお年を召した様だが、少し強面コワモテのお顔も、髪色と同じ濃いシルバーグレーの優しげな目も、あの頃のままだ。


 感極まった私はおじ様に駆け寄ると、飛び跳ねる様にして首に抱きついた。かつてよくそうしてくれていた様に、おじ様も笑顔で私を受け止めてくれる。


「あぁ……大きくなったな、アナ。お転婆な所は変わらんのか。さぁ、しっかり顔をみせておくれ」


 そう言って私を降ろしたおじ様の前に、姿勢を正してピッと立つ。ついでにそのまま、笑顔でカーテシーを披露した。


「うむ、素敵なレディになった。どこからどう見ても立派な伯爵夫人だ。貴族の世界は大変だったろう? ……頑張ったな」



 おじ様の大きな手に優しく頭を撫でられて、鼻の奥がツンとなる。

 やばい、泣きそう。


 頑張った。そう、私は頑張ったのだ。


 いくら女官を目指していたお陰で礼儀作法の基本があったとはいえ、下町育ちの元平民がたかだか二年で貴族の振る舞いを身に付けるなんて、そりゃあ無理もいいとこの詰め込み教育だった。

 正直、何度血反吐ちへどを吐くと思った事か。


 その事を、こんな風に真正面から褒めて貰ったのは初めてだ。


「はい。はい……」


 ぐっと涙を堪えて、何度も頷く。


 ここで私が泣くと、せっかく寝に行ったイルノがまた呼び出されてしまうかもしれない。

 ……これも何とかしないとな。

 


 私とおじ様の様子を見て何かを察したのか、初めは何か聞きたそうにしていた王女殿下も、口を出さすに見守ってくれている。


「失礼致しました、王女殿下。このまま少しアナと話す時間を頂いても宜しいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。その代わり後でしっかり説明して頂くわね」


 王女殿下に釘を刺されたおじ様が、肩をすくめてこちらを見る。

 一方の私は、王女殿下とおじ様の気安い雰囲気に違和感を覚えていた。

私の知っているおじ様は、平民階級だったはずなのだ。何故王女殿下と気安く話ができるのか。


 いや、そもそも何故おじ様がここに?



「ああ、さて……何から話そうか。伝えなければならない事が沢山あるのだ」


 私がこの状況をいぶかしげに見ている事に気が付いたのだろう。

 おじ様は少し気まずそうな、申し訳なさげな様子で話を始めた。



「まず、そうだな。アナが昔、私に何か恩返しがしたいと言っていたのは覚えているか?」

「もちろん覚えてます! 今も恩返しする気は満々です!」


 あれは確か高等学舎に入学する時の事だ。


 学費はお父さん達が残してくれた貯金や家財道具を売ったお金でどうにかなったけれど、必要な教材や制服にまでは手が回らなかった。

 どうしようかと考えていたら、当たり前の様におじ様が全て揃えてくれていたのだ。

 それからも、寮の費用だったり生活にかかるお金だったり、必要なお金は全ておじ様が出してくれた。


 申し訳ないとは思いながらも、当時の私にはおじ様に甘えるしか方法がなくて。いつか女官になれたら掛かった費用は全額返そうと心に決めていた。


 そして、せめて何か自分に出来る恩返しはないかと思っておじ様に尋ねたのだ。


 確かおじ様はこんな事を言っていた。


 自分には、孫が一人いるのだがどうにも頼りない。小さな頃はとても優しい子だったのに学園に入ってから良くない友人と付き合う様になって心配だ。アナみたいにしっかりした子が嫁に来てくれると安心なのだが……と。



「でも、ごめんなさいおじ様。実は私もう人妻なんですよ」


 あくまで冗談だったのだとは思うが、一応謝る。


 もちろん、他の事で恩返しはしますからね! 倍返しです!!


 フンスと気合いを入れる私を見て、おじ様は何故かさらに気まずそうにした。



「いや、その……すまん、頼りなかっただろう?」



 ……んん??



「あの時は冗談で言ったのだ。まさか本当にこんな形でアナに恩を返して貰おうなんて思っていた訳ではないのだが」



 ま、まさか……



「きちんと話してなくてすまなかった、アナ。


 —— はじめまして、サミュエル•ハミルトンだ」




 サミュエーーール!!??


 驚き過ぎて目玉がポーンと飛び出すかと思った。



「お、おじ、おじ様、おじいさま!?」

「おお、何だか一気に老けた気分だな……」



 言ってる場合か!!



 …………


 ……って、いかん。

 大恩人のおじ様に容赦なくツッコみそうになった。



 いや、だって。ええー!? あ、でも……?



 改めてそう考えてみると、色々な出来事の辻褄が合う事に気が付く。



 私達家族が下町で暮らしていた頃からおじ様が何かと助けてくれていた事も。


 辺境伯の遠縁だというお母さんがハミルトン伯爵領に住んでいて、そして隣のフェアファンビル公爵領に住んでいたお父さんと出会った事も。


 クリスティーナの代わりに私を嫁がせるというフェアファンビル公爵家の無茶振りを、あっさり受け入れた事も……。


 恐らく旦那様も何も知らないはずだ。


 知っててあんなに上手くとぼける事が出来る人じゃないというのは、私がよく知っている。


 何だか、祖父母や親世代の手のひらの上で転がされていた様な気になって、思わずジトっとした目でおじ様を見てしまった。


 私にそんな視線を向けられたおじ様は、アワアワ慌てると、突然ガバァッと深く頭を下げた。


「あの時は、いや、今もなのだが、これが一番いいと思ったのだよ……。すまん、アナ! 許してくれ!」



 おお、真実を知ってから見てみれば、この謝り方、旦那様そっくり!!


 変な所に血の繋がりを感じてプッと吹き出しそうになったが、とりあえずおじ様に頭を上げてもらう。



 言いたい事も聞きたい事も沢山あるけれど、順番を間違えちゃいけない。

 今は心を乱されている場合でもない。


 私はフーッと息を吐いて深く深呼吸すると、おじ様に向き直った。

 

 いよいよ、私がずっと知りたいと思っていた事が、分かるかもしれないのだ。


 辺境伯の事、精霊の事、そして、



 —— 私の、お母さんの事。

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