第25話 はぐれ精霊イルノ

『ジーン、だいじょうぶ。アナ、なかないで?』


 ゴシゴシと自分の目をこすると、涙で滲んだ視界が輪郭を取り戻す。やっぱり目の前にいるのは、紛れもなくあの時の精霊だった。


「王女殿下、この子! 以前話した私の両親が消えた日に現れた精霊です!!」

「え!?」


 ……それに今この子、旦那様は大丈夫って言った!


 ハッと気が付き、私はその精霊の光に縋る様に必死に言葉を投げかける。


「旦那様は無事なの!? お願い教えて、旦那様は今どこにいるの!?」



『……ちから、たりない』



 飛ぶ力も残っていないのか、しおしおと床に向かって堕ちていくその精霊を、私は慌てて手のひらで受け止めた。


 言われてみれば、何だかあの時よりますます小さくなっている気がする。


『魔力がもう無いんだ! アナ、このままじゃこの子消えちゃうよ!』


 ええっ!?


 凄い勢いで飛んで来たフォスがそう叫んでいるけれど、さっきからの怒涛の展開に頭も心も追いつかない。


 続いてカイヤとクンツが飛んでくる。


『早急に魔力の補給をしないと。誰か! アナのクッキー持ってない!?』

『ユージーンじゃあるまいし、いつもアナのクッキー持ち歩いてるわけないよー!』



 逆に旦那様はいつも私のクッキー持ち歩いてるの!? なんで!?



『じゃあ、直接この子にアナの魔力を送り込むしかないか……。アナは魔力調整がまだ出来てないから心配だけど、他の人間の魔力量じゃたりないし……』


 カイヤがふるふる震えている精霊の手を握りながら何やらブツブツ考え込んでいる。


 魔力調整が出来てない……


 私が一度に大量の魔力を送り込んだせいで、パンっと破裂した水晶玉を思い出してゾッとする。


「も、もし魔力を送り込み過ぎたらどうなるの?」


『ボンってなって消えちゃうよ!』


 ボン!!??


『でも、このままでも結局消えちゃうからやるしかないよ!』


 後が無さ過ぎる!!



『僕が手伝うよ。アナはまず僕に魔力を流して! そしたら僕が加減してこの子にその魔力を流すから!』


 フォスが私の指をキュッと握ってそう言う。


『僕も手伝う! フォスは魔力が多過ぎると思ったらすぐに僕に流して!!』

『じゃあ僕が最後に微調整しながらこの子に魔力を流すよ』


 フォスに続いてクンツとカイヤもそう言うと手をキュッと握り合う。


 

 こ、これは……やるしか無いんだよね?



 私が覚悟を決めて自分の中の魔力を動かし始めると、フォスが握っているのとは反対の手を王女殿下がしっかと握ってくれた。


「落ち着いてアナ、呼吸が浅いわ! ヒッヒッフーよ。ヒッヒッフー、、」



 王女殿下、たぶんそれ違う!!



 部屋の中はもはやカオスだが、ドタバタしている内に何だかいつものペースが戻って来た気がする。



 この子はようやく見つけた両親の行方を知る貴重な手掛かりだ。しかも、旦那様の事も何か知っていそうだし、それに何より———



 消えそうになってる精霊を、このまま見過ごすなんて出来ない!!



 お願い、助かって! と心の中で祈りながら、フォスに魔力を流す。



『うぐおぉう!??』


 普段は鈴の音かと思う程にかわいらしい精霊の声とは思えない声が聞こえるんだけど、フォス大丈夫ですかね!?



『びゃあぁあぁぁ!』


 ああっ、クンツまで!!

 ごめんねごめんねみんな。私ちゃんと魔力制御覚えるからね!?



『……ぐっ、ふたりの犠牲を……無駄にはしない!』


 ひー、やめてカイヤ、縁起でも無い事言わないでー!?



「アナ落ち着いて! ヒッヒッフーよ、ヒッヒッフー!!」


 さては王女殿下、一番取り乱してますね!?








『…………で、何がどうしてこうなったのかしら?』


 遅れて部屋に入って来たリアちゃんが、死屍累々と転がる私達を見て呆れた様に声を出した。


 そんな中で、元気を回復したらしき小さい精霊がパタパタと飛んでいる。


『……あらあなた、はぐれ精霊ね?』


 リアちゃんは、その小さな精霊の事を『はぐれ精霊』と言った。


 そういえば、以前両親がいなくなった日の事を話した時、王女殿下も『はぐれ』がどうとか言っていた様な……。


『ちがうの。イルノはジーンの精霊』



 ……旦那様の精霊!?


 旦那様、いつの間にか精霊と契約したの!?



『ユージーン様の? でも、あなた契約成立できてないわ。《魔力の絆》が無いもの』

『ジーン、イルノの事、わすれちゃったの』


 小さな精霊は、リアちゃんや精霊トリオみたいに上手には話せないみたいで、それがまた何だか少し可愛らしい。


『イルノ? それがあなたのお名前ですの?』

『なまえ、わかんない。でも、ジーンがいつもそう言ってたから、イルノはイルノになったの』


 リアちゃんが、首を傾げてこちらを向く。


『アナ様、この子はどこから来ましたの?』


 た、確かに!!

 私が泣いてたら、いつの間にかいたとしか……。


 そういえば以前にこの子に会った時も、私がグシャグシャに大泣きしてて、気付けば目の前にいたんだよね。



 もしかして……


「ねぇ、もしかしてあなた……私が泣いてると来てくれるの?」

『うん、ターニャに、たのまれた』


 ターニャ! お母さん!!


「アナ、ターニャというのは、確か?」

「はい。ターニャは私の母、タチアナの愛称です」



 何故、旦那様の精霊だと言うこの子がお母さんに私の事を頼まれたのか?


 何故、旦那様はこの子の事を覚えてないのか?


 分からない事だらけで、これは落ち着いてじっくり話を整理する必要がありそうたけど……


 今はそれより何より、確認しなければいけない事がある。



「お願い、まずこれだけは教えてイルノ。旦那様の居場所は分かるの? 旦那様は無事?」


『ジーン、元気。ドボーンしたけど、なかまいっしょ。だいじょうぶ』



 …………ドボーン!!??



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