第19話 私のお守り
「それでは行って来る。アナ、くれぐれも気を付けて行くのだぞ? 私も話がまとまり次第すぐに追いつくからな!」
近隣領主との街道整備の話し合いの場として選ばれたのは、ハミルトン伯爵領から王都への道のりの丁度真ん中辺りに位置するイングス伯爵領の領都だ。
私と旦那様が話しているのを気遣ってか、旦那様と一緒に行くマーカスと侍従、数人の護衛達は少し離れた所で待機している。
「ふふ、これから出かけるのは旦那様の方ですよ? 旦那様こそ、気を付けて行って下さいね」
そう言うと、私はいつも自分が付けているペンダントを外し、よいしょっと背伸びしてそれを旦那様に付けた。
「アナ?」
「お守りです。私の魔力を込めた魔石をはめ込んでみたんです。フォスとクンツとカイヤも手伝ってくれたので、ちょっとした魔除けの効果位はあると思いますよ?」
「しかし、これはアナの大切なお守りだろう?」
このペンダントは、私が両親から肌身離さず付けておく様に言われて、物心付いた時からずっと付けていた物だ。
ただ、別の魔石を嵌めればその魔石の効果を発揮するので身に付けるのに便利だし、何よりこのペンダント自体が私にとって両親から貰った大切なお守りなので、今でも毎日欠かさず身に付けていた。
「だからこそです。私には精霊達も付いてますから」
「アナ……!!」
旦那様は感極まった様子で、またギュウギュウと私を抱き締めて来た。
ぐっ、苦し……、意外な所に筋トレの弊害が!
「あのー……、そろそろ宜しいでしょうか?」
私が何とか旦那様を剥がしたところで、マーカスが遠慮がちに声をかけてきた。
ごめん、マーカス。
旦那様は余程嬉しかったのか、にこにこしながらペンダントを服の中に隠していた。
旦那様は照れている時だけでなく、嬉しい時もすぐに耳が赤くなるので非常に分かりやすい。
名残惜しそうに馬車に乗り込む旦那様に手を振り、馬車が見えなくなるまで見送る。
……旦那様、行っちゃったー。
その場にポツンと立っていると、クンツが私の肩にちょこんと乗って、頬っぺをナデナデしてきた。
ああ、そうか。クンツには私が寂しいのがすぐに伝わっちゃうんだ。
そんな私とクンツに気が付いたのか、馬車に並走する様に飛んでいたフォスとカイヤも戻って来る。
『アナ、寂しいのー?』
『ユージーンなんて、既に涙目になってたけどね』
ちょ、旦那様、マジですか?
涙目で馬車に揺られて行く旦那様を想像すると、大変薄情ながらジワジワと笑いが込み上げて来る。
よーし!
パンッと軽く自分で自分の頬を叩いて気合いを入れる。
寂しがっている場合ではない。
私も数日後にはアウストブルクに旅立つのだ。
「マリー、ダリア、お待たせ! さぁ、準備の続きを始めましょう!」
私がクルリと振り返ると、玄関脇で待機していたマリーとダリアがニッコリ微笑む。
マリーはともかく、ダリアにも普段と違う様子は全く見られない。もちろん、マーカスも普段通りだった。
私と旦那様のお子ちゃまカップルぶりに比べて、ダリアとマーカスのこの安定ぶりよ。
どっちが夫婦だか分かったもんじゃないな……。
私も二人を見習って、もう少しどっしり構えよう。うん。
それから数日後、ついに私がアウストブルクへ旅立つ日がやって来た。
カーミラ王女殿下に伯爵邸まで迎えに来させる訳にはいかないので、私とマリーが公爵邸へ出向く。
公爵邸では、既に準備を整えたカーミラ王女殿下とアレクサンダーお義兄様、それにアルフレッド伯父様が待っていた。
「アルフレッド伯父様!」
「やあアナスタシア、久しぶりだね。元気そうで良かった」
アルフレッド伯父様は、私のお父さんのお兄さんだ。アレクサンダーお義兄様にとっては祖父にあたる。
フェアファンビル公爵家の人間関係は実にややこしいのだが、冷遇されて育ち、最後には駆け落ちでこの家を出てしまったお父さんにとって唯一の味方だったのがこのアルフレッド伯父様だ。
私と伯父様は、お義兄様の計らいで数ヶ月前についに初めての対面を果たした。
残念ながら伯父様も私の行方不明の両親については何も知らなかったけれど、それ以来私とも親しく交流して下さっている。
普段は領地にいる事が多い伯父様だが、若くして公爵位を継いだお義兄様の後見人として、最近は度々王都に来られているのだ。
「ハミルトン伯爵の事は聞いたわ。残念だけど、街道は確かに人任せにするべき件ではないものね」
当然旦那様が一緒に行けなくなった事はカーミラ王女殿下には伝えてある。
「街道の話は私にも全く無関係という訳ではないからね。何かあれば私が力になるから、アナスタシアは安心して行っておいで。きっとすぐにハミルトン伯爵も追いつくよ」
「ああ、必要とあらば及ばずながら力を貸そう」
お義兄様と伯父様がそう言って下さるのはかなり心強い。
こちらの事はこっちに残るみんなにお任せして、私は私の出来る事をしっかりやろう。
「カーミラ王女殿下、どうぞ宜しくお願い致します」
私は王女殿下に向かってペコリと頭を下げた。
さぁ、いよいよアウストブルクへ出発だ!
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