第4話 フェアランブルの残念貴族
『ハミルトン伯爵ご夫妻がご入場されます』
私達の名前が呼ばれ、前の貴族に続いて会場に入る。
会場の騒めきが一段と大きくなり、一斉に視線が集中して来たがそんなのはもう想定の範囲内だ。
余裕の笑顔で優雅に歩く。
今日も『ハミルトン・シルク』で仕立てた私のドレスは注目の的だ。
高まれ! ハミルトン・シルクの市場価値!!
旦那様にエスコートされて少し進んだ所で、会場全体に向けて軽くカーテシー。
そして、まだ誰もいない壇上の王族席に向かって深くカーテシー。
これがこの国での正式な夜会のマナーである。
私達の後ろからも続々と他家の貴族が入場して来るので、この一連の流れを止める事なく優雅にこなしていかなければならない。
入場の順番も厳密に決められていて、身分が高い者程後から入場する事になっているのだが、最初の方に入場する男爵家は待ってるだけでも相当大変だと思う。
豪華な物にも大分見慣れたつもりだったけれど、やはり王城というのは格が違うな……。
煌びやかな会場を不躾にならない程度にそっと見まわし、感嘆のため息を吐いた。
入場して来た扉からして、装飾も凄ければ大きさも凄い。あれは一度閉めたら数人がかりじゃないと開けられなさそうだ。
防衛にはいいけど、閉じ込められたら厄介そうだな、等とつい物騒な事を考えてしまうのは、育ってきた環境のせいだろう。
最近は少しずつ社交をこなす様になったけれど、夜会は例の元王太子主催のあの夜会以来だ。
あの夜会も設定上は『内々の夜会』だったとはいえ、主催が当時の王太子とあってそれは豪華な物だった。
が、この夜会を見た今となっては『内々の夜会』というのもあながち嘘じゃなかったのかと思える程、今日の夜会の規模は凄い。
まず、参加人数が桁違いに多い。
国内の貴族家は参加がほぼ強制されているのだから当然と言えば当然だが、圧倒される程の人数だ。
昔からこうして、年に一度国内の貴族を王都に集める事によって貴族達の力を削ぎ、王家の威信を示す場にしていたらしい。
わざわざ王都へ出て夜会に参加するのは、地方の貴族にとってはお金も時間も労力も非常にかかるのだ。
次に、顔触れが豪華だ。
王家が主催なので、他国の貴族や使者が多い。
先述した王太子主催の夜会でも隣国であるアウストブルクの貴族は見かけたが、今日の夜会ではそれ以外の様々な国から賓客が訪れている。
残念ながら我がフェアランブル王国は弱小国なのでそこまで高貴な方が来られる事はほぼ無いのだか、それでも国外との交流に規制が多い我が国において、他国の使者と交流できるこの機会は貴重だ。
常識さえわきまえていれば、こんな場で問題なんて絶対起こさない。
他国へ自国の恥を晒す様な物だからだ。
絶対起こさないはずなのだが……。
何か、一人のご令嬢に完全にロックオンされている様な気がしないでもない。
『クンツ、左斜め前方。薄水色の髪にピンクのドレスのご令嬢。……どう?』
私のドレスのリボンの陰に隠れていたクンツがヒョコンと顔を出す。
『うーん、敵意、戦闘意欲、共にアリ!』
やっぱりかあぁぁぁー……。
敵意はともかく、戦闘意欲はあっちゃダメでしょご令嬢。
成長著しい私の契約精霊三人。
三人それぞれに得意な分野があるはずで、当初からカイヤが頭脳派なんだろうなという事は何となく分かっていた。
で、フォスは多分、運動能力が高い。
クンツは、三人の中でものんびり癒し系。
癒し系が能力か? というと若干の疑問は残るものの、別段それで問題がある訳でもなく。
本人も『へへー、わかんないや』と、気にしていない様子だったので、そのまま過ごしていた。
が、実はこの子、凄い隠し玉を持っていたのだ。
人間の感情に凄く敏感なのである。
喜怒哀楽はもちろんの事、敵意のある無しや害意まで分かる。
この能力はかなり有用で、それが分かって以来、社交の時は大体クンツがどこかに隠れて付いて来てくれる様になった。
ちなみに、フォスとカイヤは周辺待機だ。
特に今日みたいに沢山の人間が集まる場では、万が一にも精霊が見える人間がいないとも限らない。
私も、何でもかんでも精霊の力を借りて解決するつもりはない。
可能な限りの火の粉は自分で払う所存だ。
ただ、『揉め事は避けたい』というのが、私も精霊達も共通の思いなので、その為の力は積極的に借りている。
件の令嬢には近付かない様に気を付けよう。
旦那様にもコソッと伝えて、不自然にならない程度に回れ右する。危険要素は回避回避。
『アナ、そっちもダメ! 前方の黄色いドレスの人、やる気満々だよ!』
なんで夜会にやる気満々で来るかな!?
やっぱり舞踏会って武闘会なの? 回避!
『ユージーン、あっちの黒髪、アナに変な事考えてる!』
「よし、埋めよう」
駄目ですよー! 回避、回避!!
『あ、あっちの赤、いやそっちの青……!』
回避、回避、回避……って…………。
「だ、旦那様……」
「あ、あぁ、そうだな……」
((もうこの国、滅びるんじゃない……? ))
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