39. 私達らしく踊りましょう
「グレイシャル王国、グレイシャル国王陛下夫妻のおなーりー」
ドアマンの大仰な口ぶりと共に会場に足を踏み入れまして。
ああ、久々ですわ、この一斉に集まる視線。
「アレッタ嬢、大丈夫か?」
「……武者震いですのよ、陛下」
急に寒くなって、なのに汗が出て、心臓の嫌な動きと共に体が震えますの。
強がってしまいましたが、正直、舞踏会は少し苦手です。……あの時の、嫌なことを思い出してしまうから。
「俺がいる」
そう仰って、陛下は
な、なんですの。わ、私の顔に何かついていますの??
「作り笑顔なんてしなくていい」
……急に改まってなんですの、全くもう。私、陛下の前で作り笑いなんてしたことありませんのよ。今まで一度も。
「曲が始まったな」
今考えれば、初めて会った時は私随分と荒れていましたわね。
睨み合いの続いていた他国の王を本人の目の前で悪逆と呼んで、自らを悪役令嬢と名乗るなんて正気の沙汰じゃないわ。しかも逃げようなんて……冷静に考えればできるわけないですのに。
そんな荒れていた私を、陛下は強いと仰って下さいましたわね。いえ、嫁いできたばかりの女性に強いと言うなんて、陛下らしいのですけれど。
「ええ、踊りましょう。陛下」
陛下と一緒なら、きっと大丈夫ですわ。もしここであの浮気殿下や略奪聖女がもう一度何かしてきたとしても、返り討ちにして差し上げますの。全く怖くありませんわ。
「手を」
「はい」
陛下の手、少し大きすぎますわ。安心しますの。
曲に合わせてゆったりと足を動かし始めまして。陛下はリードしようとしているようですが……。
「すまない、ダンスはその、苦手なんだ」
「意外ですわ。ジェームスはそういうレッスンに厳しいと思っていたのですが」
「練習相手がオリヴァーだったわけで……」
陛下はアイラさんに婚約破棄されてからずっと婚約者様がいらっしゃいませんでしたものね。
………ちょっと待ってくださいまし。つまりオリヴァーは女性パートを踊れますの??
「とっても愉快な光景ですわね」
「ムッ」
「陛下、こ……」
こんな会場でそのふくれたお顔はいけませんわよ、と咎めようとしたところで、ガシャンと何かがぶつかった音が。
音の聞こえた方へ視線を向ければ……浮気殿下が他国のご令嬢を押し倒していたのでした。
……何をなさっていますの?? 大方、音や散らばったグラスからして転んだのでしょうけど。
「殿下、浮気だなんて!!」
「わ、私は浮気なんか!!」
そこへあの略奪聖女様が登場。周りを憚らず金切り声で怒ってますの。
流石に浮気はないでしょう。怒りでよく周りが見えていないようですが。
「いいえ、お二人とも浮気をなさってましたわ。ご機嫌良う、浮気殿下に偽物聖女様」
お、お母様!?
ヒールの音がコツコツと会場に響き渡りました。
「皆様、この場をお借りして伝えたいことがございます」
音楽が止んで、辺りは静まり返りました。
お母様、一体何を……。
「発言の許可を感謝いたしますわ。世界会議での内容に誤りがございます」
世界会議の内容……確か聖女の話が中心だったと聞きましたけれど、それのどこが……。
「この方は聖女ではありません。禁忌の魔具を使った偽者ですわ」
会場中に激震が走った瞬間でした。
グローリアの国王は目を見開き、略奪聖女は酷く動揺しますの。その姿が、全てを物語っていました。
「っう、嘘よ!! 嘘に決まっているわ!!」
偽者、だなんて。禁忌の魔具が使われるなんてそんなことっ……。
他国の王達の現状を見極めようとする冷たい空気の中、陛下はこうなるとわかっていたかのように淡々と挙手をしました。
「フォーサイス夫人、それは真だろうか。証拠をご提示願いたい」
「ええ、こちらにございますわ」
聖女は必死に騒いでいましたが、書類は素早く回し読みされていきますの。
そこには、妖精の地、フォーサイス領の大樹の状態、魔具による妖精への被害、結託した教会の悪事、ついでに二人の浮気について全て記してありました。
「……すっかり忘れてましたわ」
長らく聖女が降臨していなかったのもあって、実家の大樹や妖精伝説がすっぽり頭から抜け落ちていましたの。それを踏まえれば、まあなんと稚拙な計画なのでしょう。
ふっと顔を上げて、偽者聖女を見れば、憎悪の顔で私を見ているのでした。
「っこんなはずじゃなかった!! あんたのせいよ!!」
そのまま逆上し、私へ飛び掛かろうとしてきましたが……。はぁ……。
「ふざけるのも大概にしてくださいまし!!」
腕と胸ぐらを掴み、くるりと後ろへ回って……こちらへ向ってきた勢いをそのまま利用して背負い投げを決めますの。そして、腕を後ろで押さえて床に押し付け拘束しまして。
あらあら。私、陛下が仰ってくださったように強くてよ?
「わ、私は悪くない。カトリーヌが偽物なことなんて知らなかった無実だ」
「いいえ、教会と結託して私の娘、アレッタちゃんを陥れた罪がありますわ」
浮気殿下は、拘束された偽者聖女を見て、やっと自分の置かれた状況の悪さを理解したようで。理解して言い訳を始めるなんて、どこまでいっても馬鹿な人ですけれど。
「そもそもっ……長年婚約者でありながら他国の王……ましてや悪逆王の元に嫁ぐなんて!! アレッタの方が悪い!!」
……それだけは、聞き捨てなりませんわね。
陛下のどこが、悪逆王ですって?
「私の未来の旦那様を貶すなんて許しませんわ」
とその腹ただしい言葉がスラスラと出てくる顎を下から殴りましたの。
華麗に吹っ飛んでいく浮気殿下。
そもそも浮気したのはそちらですし、嫁がせたのは貴方のお父様ですわ!
「俺の妻の名を……軽々しく呼ぶな」
低い声と共に、後ろから腰を抱き寄せられまして。私はすっぽりと陛下の懐の中へ。
陛下の横顔は、それはもう怒っていることを物語っていたのでした。
……それ、完全に人殺しの目ですわよ。
「ひっ!!」
対照的に、浮気殿下は情けない声を出して腰を抜かしまして。偽者聖女やグローリア国王共々ひとまずお縄につきました。
「さぁ、舞踏会を再開しましょう」
さすがは各国の主要人物ですわ。何事もなかったかのように、舞踏会が再開されますの。
「……踊ろう」
「続きですわね」
始まる前と同様……いいえそれ以上に手足の運びがぎこちない陛下。
「うふふっ、あははっ! 陛下、下手ですわね」
「……笑った」
そういえば、声を上げて笑ったのは久々ですわね。
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