37. 馬車って逃げ場がありませんの!!
「おはようございます、お嬢様」
コンコン、とクロエが軽くドアをノックする音がしまして。
「た、助けてくださいましクロエーーー!!」
「はい!?」
ところが、焦って入ってきたクロエは、私達を見て何故かため息をついたのです。よくわかりませんが、幸せが逃げますのよ。
「これは一体……?」
「見ての通り動けませんの!! 陛下にがっしりホールドされてしまって!!」
最初は力ずくでどうにかしようと思いましたが、この目元の隈を見てしまってはもう何も出来ませんの。
「私は朝から何を見せつけられているのでしょうね」
「そ、そんな見苦しいほどに寝癖が!?」
「そうじゃない、そうじゃないです阿呆お嬢様」
よかったわ、陛下が起きた時に見苦しい姿では嫌だもの……って阿呆ってなんですの阿呆って!
クロエは怒っている私を無視してカーテンを開けますの。全く、そのまま部屋を出て支度の準備を始めてしまいましたわ。
冬とはいえ直射日光は眩しいですの。なんて思っていたら、低い唸り声が。
「うぅ……うーん……。アレッタ嬢……?」
「おはようございますわ陛下。開口一番で申し訳ないのですが離してくださいまし」
ふふっ。あどけないお顔が可愛いですの。いつもはしっかりまとめ上げていらっしゃる前髪も後ろ髪も下ろしているので、かっこいいよりも今は美麗の方が似合いますわね。
「嫌だ……」
「私痺れてますの。離してくださいまし」
陛下はぶすっとした顔でやっと離してくださいましたの。陛下ってこんなにも寝起きが悪かったのですね。
それにしても昨日は驚きましたわ。何を申し上げても上の空で。同じ部屋と気づいて問い詰めても、髪を下ろした陛下の破壊力に騒いでも何も反応なさらないものだから、今度はお耳が悪くなってしまったのかと心配しましたわよ。
「それより陛下、その隈はなんですの? アロマは効きませんでしたの?」
「……アレッタ嬢のことを考えていたら明け方まで寝れなかった」
「陛下、私のことを考えていたとしても睡眠は大事で……私のことで!?」
もう訳がわからなくて頭が真っ白になっていると、額にチュッと何かが当たりまして。
何か……いえ、何かじゃありませんの!! これは……その……えぇ!? キキキキキ……キス!?!?
「身支度を……しなければ……」
今度はサワーチェリーくらい真っ赤になった私をよそに、陛下は夢うつつなまま服を脱ぎ始めまして。
「あ、あわわ……あわわわわ……オリヴァーーーーーー!!!!」
私は朝から涙目になったのでした。
*
「これは一体どういうことだ??」
「私も今朝同じことを言いました」
思わず口調が戻ってしまうほど驚いているオリヴァーと死んだ魚のような目をするクロエ。私も聞きたいですの。どうなってますのこれ。
「さ、先ほどまでいつもの陛下だったわよね??」
「ええ、いつも通りの国王陛下でした」
結局あれは寝ぼけていただけで、オリヴァーに身支度を整えられてからはいつもの陛下でしたの。それで、宿を出て、馬車に乗って……。馬車に乗りましたら、突然陛下に抱きしめられ現在に至りますの。
「……ダグラス様、まさか、あんなことで?」
「言うな」
「っ言えねえよこんなこと!」
やっと口を開けた陛下と何故か怒るオリヴァー。まったくとか情けねぇとか色々言われていますがどういうことですの??
なんだか聞いてはいけない雰囲気が流れてますの。こ、こういう時は話を変えるのに限りますわね!
「ク、クロエ、宿の前であったシオン、凄く大人びていたわね。手の甲にキスなんて驚いたわ!」
「……ああ、なるほど」
何かが腑に落ちたようなクロエと対照に何故かより強い力で抱きしめられまして。
ちょ、ちょっと痛いですの! 本当にどういうことですの?
「あ、関所でちょうど馬車が止まりましたね」
「お嬢様の馬車酔いも落ち着いてきたようですし、使用人のに移動しませんか?」
「そうですね」
いそいそと出ていく二人。
絶対にこれ現実逃避ですわ。といいますか、この面倒くさくて気まずい雰囲気から逃げたいダメですわ!!
「ク、クロエっ!」
「お嬢様、頑張ってくださいね!」
いつも表情筋がお亡くなりになっているくせにこういう時ばっかり完璧な作り笑顔を……!
そうして悲しいことに止められず、私と陛下二人きりに。
「へ、陛下……?」
少し震えているような低い声で、陛下はそう仰いましたの。
シオンの……ことを……? そんなの決まってますわ。
「シオンは私にとって大事な弟のような存在ですのよ」
「……弟?」
「シオン、最初の頃は凄くツンツンしてましたの。それでも一緒に過ごすうちに柔らかく慕ってくれるようになったのですわ」
私を見るだけで、睨んで偽善者と罵られたこともありましたっけ。偽善者で結構、私は大事なクロエの弟を大事にしたいだけですわ、と言ったら黙ってしまいましたけれど。あの頃も可愛かったですわ。
「もし、シオンがアレッタ嬢のことを……別の意味で慕っていたら?」
「別の意味で……」
また、抱きしめる力が強くなりまして。声の震えも酷くなって。
それは、敬愛ではなく恋愛ということかしら。シオンが……私のことを……。
「申し訳ないですわね。私は陛下の婚約者ですもの」
シオンは弟以外のそれ以上でもそれ以下でもないのです。そもそも身分が違いすぎますし。
「私は、陛下以外に好かれても困るだけですわ」
まあシオンが私のことを好きだなんて万が一にもありませんが、姉のように見守ってきた身からすれば、そんな風に道を外れず幸せになって頂きたいものですわね。
「それは……俺がアレッタ嬢の事を好いてもいいということか?」
陛下の水色の瞳がきらりと鋭く光ったような気がしましたの。それは恐怖を感じるほどに。
「ふぇ!? へ、陛下それは一体どういう……」
思わず顔を背けて、状況を理解しようとしますが、うまくいきません。
私が言い終わるか終わらないか、きつく抱きしめられていた力が急に緩み、ずしりと重さが増しまして。
バッと顔を見れば、そこにはすやすやと安心し切った様子で寝ている陛下が。
「も、もう何が何だかわかりませんの!!!」
そうこうしているうちに国を一つ、二つと越えて、いよいよゲレヒミッテが近ずいてきたのでした。
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