05-18 迷宮五番勝負(三)
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起こったことをありのまま話せば、ステラの姿が瞬間移動したと思ったら、クーが斬られていた。超スピードとか催眠術なんてちゃちなものではない。もっと恐ろしいことの片鱗を味わってしまった。
タフガイ・ヤマトにとって幸運だったのは、何が起こったのか、ステラがクーに使った技が何かが理解できたことだった。見えたわけではないのだが、何が起こったのかを推測することはできた。リコリスが使うとされていた〈見切り〉。それに伴う時間停止だ。〈見切り〉の詳細な情報はステラからもたらされたもの。そしてステラの能力はコピーだ。ステラが〈見切り〉を使用できてもおかしくはない。
クーはステラの〈見切り〉を想定していなかった。と言うかステラが敵対することすら想定していなかったのだろう。
おそらく司令室には、マッド、ヘルメス、トシャ、ヴィクターも倒れているに違いない。
主要な戦力の半数以上がすでにステラによって倒されてしまっている。残る主要戦力はラビリス、タフガイ、マッド。ヘビ男200名もまだいるが、生まれたばかりの彼らをぶつけるわけにはいかない。状況は最悪と言ってもよかった。こちらの劣勢はすでに極まり、今すぐ白旗を振って降伏すべきところまで来ている。もちろん降伏=死なのでそうするわけにはいかないが、ここから状況を打開するのはなかなかに厳しい。
どうする?
ステラが駆け寄って来る。その足運びには殺気がまとわりついている。
これ以上の戦力の消耗を避けるためにも、一度逃げてメイたちに合流したいところ。
だが、おそらくそれをステラは許さないだろう。ステラが必死に迫っているのは、おそらく1対1で戦える状況を維持するため。〈見切り〉は集団戦よりも1対1の戦いで活きるスキルだ。
戦いの基本は敵の嫌がることをすること。ここはなんとしても第3階層へ逃げて、3人がかりでステラを仕留めるべきだ。
それはわかってるのだが。
タフガイには懸念があった。第3階層にはヘビ男たちがいる。ステラが彼らを人質に取られたときのことを想像した……それをやられたら、おそらくタフガイたちは動けなくなる。諸国連合攻略隊はヘビ男との訓練を通して、ヘビ男たちとの関係性も深めている。魔物だからという理由で切り捨てることができないくらいには、ヘビ男たちに愛着を抱いてしまっている。
薄情な自分ですらそうなのだから、情に厚いメイやラビリスなどは余計にそうだろう。魔物と人間。立場は違えどヘビ男たちは人質として十分機能してしまう。
ヘビ男たちを守りながらの集団戦と、1対1の戦い。どちらがマシだろうか。
〈見切り〉は最強の初見殺しともいえる能力だ。能力がわからないうちは自分が何をされたかも認識できず倒されてしまう。そして能力のタネが割れれれば攻略可能というわけでもないのもやっかいだ。
〈見切り〉は能力がバレたらバレたで「攻撃するときは死角から」。「死角から攻撃できない時は攻撃してはならない」というルールを常に敵に強いることができる。言い換えれば「視界に入れている限り敵は攻撃できない」となる。「攻撃できない」という前提に基づいた駆け引きを仕掛けることができる。
例えば、見切りを恐れて無抵抗になった敵を一方的に攻撃するとか。
「しょうがないな」
タフガイから逃げるという選択肢が消えた。ステラと1対1で戦うことに決めた。
予定通り、ステラはここで止める。タフガイは包帯が巻かれた右手を前に構えた。ステラはすぐそこまで迫っている。大丈夫、〈見切り〉の対策はできている。
ステラはあっという間に間合いに侵入した。ステラの武器は刀、対してタフガイは素手。リーチでは圧倒的にステラが勝る。ステラの腰の刀がギランと
「四次元刀剣術――〈千華道もどき〉」
とステラが親切にも技の名前を教えてくれる。たしか一度の抜刀で五つの斬撃を放つという反則みたいな技だ。
「デビル――」
タフガイは右手に呼びかけた。右腕がビクンと脈打って反応する。
「――防御頼む」
タフガイの右腕が包帯を突き破って膨張した。黒い金属のような光沢を帯びた右腕が鞭のようにしなる。対するはステラの放った斬撃の群れ。5つの斬撃が恐ろしい速さで迫っている。
右腕は初撃のを弾き、二撃目、三撃目の斬撃に巻き込ませる形で対処。一手で三つの攻撃を処理した。直後に迫って来た四撃目は首を傾けるだけで回避。躱した斬撃の余韻が突風のごとく頬に吹き付ける。最後の五撃目は刀そのもの。横一文字に迫る刀身にタフガイは手を伸ばした。手に刀身が食い込むと同時に思い切り握りしめる。斬撃が右腕に食い込んでいくが構いはしない。右腕の握力と、肉体の再生による癒着で斬撃は止まった。
ステラの顔には若干の驚きが浮かんでいた。得意な技を完璧に対処されたことで動揺しているようだ。
「戦いの前に名乗りもしないなんて、無粋なんだな」
この隙にタフガイは肩から腕を回転させた。刀身をひねることで、ステラの腕に負荷をかける。武器を挟んだ間接的な関節技である。
ステラは一瞬苦痛に顔をゆがめ、直後刀から手を離して飛びずさった。タフガイはすぐさま刀を奪うと自分の後方へ投げ捨てた。
「名乗る必要なんてないでしょう。知り合いなのですから」
ステラが両手をプラプラ振りながら答えた。武器を失ったことでステラの攻撃力は大幅に減少した。ステラは徒手格闘も得意だが、素手の攻撃力でタフガイの耐久力と再生力を上回るのは難しい。数多の槍に全身を串刺しにされても、10秒後には普通に動けるくらい再生能力をタフガイは有している。初手の攻防でタフガイは有利な状況を作り上げた。
「名乗れるはずだ。自らの行いに誇りを持っているならね。名乗りは矜持の表明だよ」
「……痛いところをつく」
ステラは答えながら両腕をタフガイに向けて伸ばした。武器はなくとも火力は出せる。文字通り。
直後、ステラは巨大な火球を放った。魔術の攻撃。
「いけるか? ドッペルデビル」
タフガイの右手がうなずくように一瞬、赤く輝いた。この腕はタフガイの生来の腕ではない。タフガイと融合を果たしたドッペルデビルがタフガイの右手に擬態しているのだ。ゆえにタフガイの右手はドッペルデビルそのものと言えた。ゆえにかつてドッペッルデビルにできたことはタフガイの右手にもできる。かつてドッペルデビルは黒魔術を扱うことができた。ゆえにタフガイの右手も黒魔術を扱うことができる。ステラの魔術攻撃にも対処が可能である。
「頼む」
ステラの火球がタフガイの右手に触れた瞬間、掌の中に吸収される。右手はすでに炎属性への
右手は炎を呑み込んで一時的に膨らんだが、肩口に排出口のような穴を作りそこからけむっりを吐き出すと元の大きさに戻る。ステラは風や水などさまざまな属性の弾を放出してきたが、ドッペルデビルの対処の方が早い。どうやら魔術のウデはドッペルデビルの方が上のようだ。ステラは弾の速度を上げたり、攻撃範囲を広げたりどうにか攻撃を通そうとしてくるが、無駄だ。ドッペルデビルがすべて防ぐ。
これで打つ手なしと諦めて、大人しく捕まってくれれば助かるのだが。そんなタマではないだろう。
あっという間にステラが間合いを詰めている。クーがよくやる無拍子という予備動作なしの移動法をすでに使いこなしていた。〈見切り〉をちらつかせながらの接近戦を挑もうと言うのだろうが、徒手空拳の戦いなど問題にならない。いかに優れた打撃も、今のタフガイの再生能力を上回ることはできないのだから。
まったくまともな人間を目指しているのに人間離れは進む一方だ。〈見切り〉を使うステラにこちらから攻撃することは難しいが、ステラの攻撃をのらりくらりとさばいて体力を削ることはできる。ステラが攻め疲れて動きが止まり次第捕らえるという絵も見えてくる。
ステラが軽く握った左拳を突き出す。体重をあえて載せないスピードのある打撃だ。だが見えている。タフガイは上体を逸らすことでそれを躱し、左拳の引きに合わせて上体を起こす。脚の動きを見る限り、次は右拳が来る。ステラが腰を大きくひねった。右拳がステラの背中に隠れる。体重を乗せた右拳の襲来に備えたところで、タフガイの右足に何かが突き刺さったことに気づいた。
刀だ。刀が突然現れ、突き刺さった。気を逸らした一瞬に鳩尾にステラの蹴りが入る。仰け反った間にステラが斬撃を放った。
おかしいな。刀はたしかに奪ったはずなのに。
どこからとりだしたのだ。そうか。『アイテムボックス(小)』――腰に取り付ける袋状のアイテム。アイテムを収納する別空間に繋がっており、中から任意のアイテムを取り出すことができる。ステラは倒した誰か(おそらくマッド)が持っていたアイテムボックスを奪い、収納されていた刀を取り出したということ。
迫りくる斬撃に対処できず、タフガイは胴体を袈裟斬りにされた。普通であれば致命傷だ。
「ちくしょお、痛いなッ」
だがタフガイの傷は今この瞬間に塞がった。なるほど、武器の攻撃を受けてもまったく問題がない。再生の瞬間に動きが淀むほどの影響しかない。なんだこの体、強すぎ……ただステラも並みではない。タフガイの動きが淀んだ合間にステラが次の一撃を見舞ってくる。首を狙った、横薙ぎの斬撃だった。断頭狙いとは……ステラの殺意の高さには恐れいる。
タフガイは右手を上げた。ドッペルデビルの右腕は硬質化することでガントレットのように使用することもできる。高質化した右腕がステラの斬撃と衝突し、火花を散らしガキンと音を立てた。タフガイの右腕の硬度はステラの斬撃さえも防ぎうる。防いだだけでは終わらない。パリイの要領でステラの攻撃を弾いたタフガイは一歩踏み込んで、ステラの体勢を崩すと同時に服の襟を左手でつかんだ。
攻撃ではない。服を掴んだだけだ。〈見切り〉は発動しなかった。メイたちとの議論の中で〈見切り〉の攻略法は洗練されている。死角を狙うのはもちろん、『攻撃とはなにか』という概念に訴える攻略すら編み出されている。〈見切り〉の使用者そのものではなく、使用者が着用する服へアプローチするアイデアも議論のなかで生まれたものだ。
そしてタフガイは左の袖を右腕でつかむ。タフガイは【ジュード―】を趣味で嗜む。ジュード―は投げを主体とする体術。このままジュード―の〈背負い投げ〉に持ち込みたいところだが、それで〈見切り〉が発動したらたまらない。タフガイは襟と袖をつかんだまま、拘束を試みることにした。
「〈
タフガイの右腕から無数の触手が生え、ステラの手足に巻き付いていく。ドッペルデビルそのものであるこの腕は、どんな形にも擬態できる。触手状に変化してステラを拘束することだってできる。
「拘束した」
タフガイは自分に勝利がぐっと近づいたことを確信した。もしかしたらステラに拘束を解くすべはないのではないか。ステラの魔術はドッペルデビルが防ぐ。アイテムボックスからなにか起死回生のアイテムを取り出されるかもしれないが、それはたった今取り除いた。ステラの腰に装着されていたアイテムボックスを触手で取り上げ、遠くへ投げ捨てた。
あとはステラが音を上げるまで拘束を続ける。
「降参するかい?」
「まさか……とはいえ、ここまで追い込まれるとは思いませんでした。これだけは使いたくありませんでしたが」
ステラが大きく息を吸った。そして魔力を練り上げた。
また魔術か。とタフガイは少しあきれる。魔術には先ほど完璧に対応してみせたではないか。拘束し、ドッペッルデビルが密着した今、魔術の予兆は直に感じ取ることができる。どんな魔術を使おうが対応できるはずだ。
「【神聖魔術】――〈
ステラの表情が苦痛に歪んだ。その体が輝いた。その白く清い光は、ステラ自身をも傷つけているように見えた。直後、ステラに巻き付いていた触手が光に包まれ、塵になって消滅した。光はゆっくりと広がり、やがてタフガイの全身を包み込んだ。
【神聖魔術】……聖なる魔術。呪いの治療に用いられる他、悪魔属や不死属への特攻効果を有する。ステラは解呪の儀式でトシャの神聖魔術をコピーしていた。タフガイの体の半分以上は最上級悪魔ドッペルデビルによって構成されている。悪魔を滅する聖なる光が、タフガイの体に溶け込んだ悪魔をゆっくりと優しく消滅させていく。
*****
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
10年前に書いていたときはここまで書いてエタらせてしまいました。どのタイミングでエタらせてんだという感じです。この先の物語はだれも見たことがなく、僕の頭の中にしかありません。10年前、『これ大丈夫か? 収集つくのか?』というお言葉をもらったことがありました。収集つける前に僕は逃げてしまいました。ごめんなさい。収拾つくかは書いてみないと分かりませんが、最後まで書けるようがんばります。よろしくお願いします。
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