04-54 星影のステラ
*
「わらわがどんな気持ちで仲間を殺したかわかりますカ?」
リコリスが言った。さすがに顔が引きつっている。自分が仲間を皆殺しにしたという事実に、自分自身がドン引きしているようだった。
「楽しんでやってた」
「気持ちよさそうだった」
ステラとヘルメスが答えると、リコリスは「違いますッ」とすごい剣幕で怒鳴った。
「わらわが殺した魔物たちのほとんどは、わらわが武術を教えた生徒だったのです。可愛い教え子たちを殺さなければならなかったわらわの苦しみ! バアル様の命令と部下の命の板挟み! こんな辛いことがありますカ!? あなたたちにわらわの気持ちがわかりますカ?」
そう言うとリコリスは両手で自分の肩をぎゅっと抱き、大げさに悲しがって見せる。
「わかんない。だったら殺さなかったらよかったのにって思う」
「だよなあ。――理由はどうあれ仲間を殺すなんて最低だぜ」
「うんうん、リコリスちゃんはサイテー」
「だ、だれのためにわらわが仲間を殺したと思っているんですカ!? わらわはステラを助けるために可愛い部下を……実質的に命の恩人なのになんでこんなに
「マスター、この人頼んでもないのに勝手に助けておいて、その上恩を着せようとしてきますよ」
「厚かましいやつだな。仲間殺しのゴミのくせに」
「命の恩人をゴミ呼ばわりですカ!?」
その後しばらくヘルメスとステラが畳みかけると、リコリスは半泣きになって「ぐう」と黙った。3人の間でディスカッションにおける「いじり、いじられ」の関係がいつの間にか形成されつつある。
こう言うと、なんだか牧歌的な風景だが、間違いなくリコリスはヘルメスたちの敵だ。ステラはリコリスに殺されかけたわけだし、ヘルメスも腕の骨をバキバキに折られた。正直今のヘルメスたちが戦って勝てる相手ではないと思う。
リコリスはいじられのポジションから抜け出そうとムキになって舌戦を仕掛けてくるのだが、彼女の弁才では2体1という数的劣勢を覆すことはできない。普段からいがみ合っているおかげでヘルメスとステラは
(それにしても、なんでこいつおれ達を捕まえないんだろう?)
ヘルメスは思った。リコリスは2人を捕らえるという本来の使命を忘れているようにさえ見える。
(この状況がすでに捕らえられたようなものですから。命拾いはしましたがリコリスちゃんを出し抜いて先へ進むのは今のままでは難しいですね……)
あと3部屋で、転送魔法陣の部屋にたどり着く。そこまでいけばガレキの城脱出の目処がつく……はずだ。具体的な方法はわからないままではあるが……どうにかして
その先に絶望が待っているにしても、とにかく転送魔方陣の部屋まで行かなければ始まらない。その最大の障害となっているのがリコリスだ。
(どうするステラ……)
(そうですね……)
リコリスは強い。たぶんオネストにも拮抗できるほどに。まともに戦って勝てる相手ではないのはこれまでの戦いを見てわかった。ステラでさえ手も足も出ず多数の魔物をほぼ一瞬で全滅させた強さは尋常ではない。ステラかヘルメスが今すぐすさまじいパワーアップを遂げでもしない限り、リコリスには勝てなさそうだ。しかしそんな都合の良い話はたぶんない。
これまでのように、どうにか口八丁手八丁でリコリスを騙し、別の部屋に閉じ込めるなり身動き取れなくするなりできればいいのだが……これまでステラもヘルメスもリコリスをさんざん騙してきた。自爆に見せかけた嘘八百で逃げた敵を一網打尽にしたし、『殺すな』という命令を利用して味方同士で殺し合わせたりもした。リコリスもさすがに警戒しているから、これ以上騙すのは難しいだろう。
リコリスをどうにかする起死回生のアイデアが浮かんでくれればいいのだが、どうにも浮かばない。八方ふさがりだ。
「……どうやらここまでですね」
「ん?」
ステラはヘルメスの腕を掴んでひきよせると、耳元に顔を近づけた。ステラの吐息がヘルメスの
「マスター、私を信じてくれますか?」
念話を使わずあえて口に出したのはリコリスにも聞かせるためだろう。今さら何を言ってるんだ。ステラを疑ったことなんて……ないこともないが、ヘルメスはステラを97%くらいは信じている。100%信じきれないのは悲しいことだが、ステラがヘルメスにしてきた所業を考えれば不信感が3%に留まっているのは仏のごとき寛容さとも言えた。
「信じるもなにも、ステラを疑ったことなんかないよ。これはウソだけど」
「ウソなんですか……? この状況でなぜウソを……?」
「おれがステラを信じてるかなんて聞くまでもないことだろ。だからウソをついた」
「ええと……そうなるとウソをついたのがウソだってことなんですか? わけがわからなくなりましたが……とにかく信じてくれてありがとうございます??」
そう言うとステラはヘルメスを部屋の外へとどんと突き飛ばした。ヘルメスとステラは扉を隔てて向かい合った。
「なにすんだよ」
ヘルメスがステラのもとへと駆け寄ろうとするのを、ステラは止めた。
「マスターは先へ行ってください! リコリスちゃんは私が倒します!」
それは到底受け入れられない提案だった。ステラはついさっきまで死にかけていたのだ。立っているのもやっとのはず。まともに戦えるわけがない。しかも相手はリコリスだ。ステラが万全でも勝てるかわからない。まして今のステラでは。
「無理言うな! ステラ、お前もうボロボロじゃねえか! おれが守らないと」
ヘルメスのその先の言葉はステラがかき消した。
「マスターに守ってもらうほど落ちぶれていません! 勝算だってあるんですから!」
「だけど……!」
本当は戦うのが怖かったと泣いていたステラの姿がどうしても脳裏をよぎる。ヘルメスは戦力としてはゴミだと自負しているが、そんな自分でもステラを精神的に支えることはできる。〈
「……ホホホ」
ヘルメスとステラのやりとりをリコリスが「にやあ」と笑って聞いていた。
「そのダメージで……わらわに勝てると言っているのですカ? ステラ」
「……リコリスちゃん、今マスターと大事な話をしているの。黙っててもらえるかな? 《悪いようにはしないから》」
ステラとリコリスはにらみ合った。しばらくそうするとリコリスはニヤリと口元を歪め、肩をすくめるて押し黙った。ステラはふうと深く息を吐いた。ふたりの間でなんらかのアイコンタクトが行われたようだが、ヘルメスにはそれが何を意味するのかはわからなかった。
「マスター、リコリスちゃんの技は“見切り”ました……だから大丈夫。今の私なら勝てます。マスターは先へ行って。転送魔方陣に着いたらどうにか頑張ってダンジョンに帰ってください。欲を言うならイエカエルを使用できるようにしてくれたらうれしいな……そうすれば私もダンジョンに帰れるでしょう?」
それは、ステラがガレキの城に残るという宣言だった。リコリスを足止めするために。一緒に帰ろうと……言ったのに。
「おれひとりでそんなのできるわけないだろ! 一緒にじゃないとダメだ! ステラをひとりになんてできねえよ!」
「私だってマスターをひとりにさせたくない……でも、リコリスちゃんはマスターよりも私に執着しています。私がこの場に残れば、マスターを追うことはしない……だったらこれがベストです!」
ステラは口元には無理やりに作った笑みが浮かべ自信ありげな表情だが、その青い瞳は揺れていた。ヘルメスはそれでステラの表情が作られたものだと悟った。おそらくヘルメスを安心させるためにステラは自分の不安を外に出さないよう押し殺しているのだ。
「行ってくださいマスター! その部屋を出たらすぐに土砂で埋めてください。リコリスちゃんが追って来られないように」
「埋めちゃったらお前も追いつけないだろ! いいかステラ、おれはお前を犠牲にしてまでダンジョンに戻る気はねえよ。ふたりで帰るんだろ……だったら一緒に」
一緒にリコリスと戦おうと言いかけたところでステラは悲しげな微笑をうかべた。
「正直に言うと、マスターは……足手まといです」
「正直に言うって前置きをしてウソをつくなよ……おれは足手まといなんかじゃないよ。ステラだってわかってるだろ」
ガレキの城に来てからの自分は、攻守両面において活躍をした。ステラの命さえ救って見せた。その事実を積み上げたヘルメスを足手まといだというステラの言葉が心に響くわけもなかった。ステラの言葉はヘルメスを突き放すためのウソ……ヘルメスはそう判断した。観念したのかステラは下唇を噛んだ。それからヘルメスの目をまっすぐに見つめながら声を張り上げた。
「私には私の! マスターにはマスターのやるべきことがあります! 私はリコリスちゃんを倒す! マスターは転移回線を使えるようにする! お互いやるべきことをやるんです!」
「でも、ステラをひとりにできねえよ! 一緒じゃないと嫌だよ!」
「マスターが私のことを心配してくれるのはうれしいけど……マスターは私なんかを特別に思うべきじゃない。マスターは絶対に生きて帰らないといけないけど私は違う……」
ステラはヘルメスから目を逸らした。ふたりの間にため息が同時に流れ、空気が重く淀んだ。
「寂しいことを言うなよ。生きろっていうのか……おれひとりで……ステラを犠牲にして!」
「犠牲になんかなりません! 私がリコリスちゃんを倒します! 倒すったら倒します! マスターは私を信じてくれるんでしょ!?」
「信じるとは言ったけど!」
「だったら行ってください! マスターはさっさと転移魔方陣の部屋に行って、わたしたちのダンジョンに帰れるようにしてください!」
強い剣幕で言われて、ヘルメスはようやくステラの言いたいことを悟った。ステラにここまで言わせてしまった。ヘルメスにはステラと一緒だったらここで死んでもいいかも……という甘えがあった。ステラを、生きることをあきらめる言い訳にしようとしていた。しかしそんな甘えは許されるはずもなかった。ステラだけでなく、メイ、クー、ヘビ男に植物型魔物……ヘルメスはたくさんの命を背負っている。ダンジョンマスターとして背負った命に対する責任がヘルメスにはある。例えステラを犠牲にしようとも、ヘルメスには最後まで諦めずに生き抜く義務がある。ステラはそう言いたかったのか。
「ステラ……わかったよ……そこまで言わせて悪かったな……でも、お前が大事なのは本当だから」
「謝らないでください……その……上手に言えないけど私……魔物の義務だからこうするんじゃないんです……マスターだから……マスターのためにこうしてあげたいんです」
ステラは少し顔を赤らめて続けた。
「わたし頑張ります……リコリスちゃんに勝ちます! マ、マスターと一緒にっ……か、帰れるように! だからここはわたしに任せて先へ行ってください」
「……あ、ああ!」
ステラは口元にニコリと笑みを浮かべた。目には少し涙が浮かんでいた。リコリスという難敵を弱った体で相手取る恐怖を懸命に堪えて・ステラはヘルメスを𠮟りつけた。そんなステラをひとりにしたくはなかった。しかしヘルメスは行かなければならない。ステラの気持ちに応えるために。
「マスター、あとの手順はわかりますね?」
「ああ。土砂で先の部屋の敵を倒しながら先へ進む……転送魔方陣の部屋に着いたら敵の技術者を脅したりしてイエカエルを使えるようにがんばるんだろ」
「上出来です! マスター、いままであなたのことをバカだの弱いだのってバカにしてすいませんでした。あなたは〈
「バカではあるのか……」
おれを褒めるなんて……ひとりでもやれるなんてらしくないことを言うのはやめろ……もう会えないみたいじゃないか……と言いかけたセリフをヘルメスは飲み込み、代わりにこう答えた。
「よし任せとけ! リコリスの相手は任せたぞ! いいかステラ! おれはお前が大好きだ。絶対に生きてふたり一緒に帰るぞ!」
「もちろんです!」と答えながら、ステラは左手の甲をヘルメスに見せた。
薬指にはヘルメスとおそろいのリンクの指輪がはまっている。
「わたしたち、離れていても繋がっています! だから頑張ってマスター! 帰ったら……返事をさせてください」
「ああ! きっとだぞ! じゃあ行ってくる!!」
ヘルメスは駆け出し、次の部屋へと進んでいった。視界がにじんでぼやけていた。ドアを閉めるとヘルメスは「承認」と唱えた。光の球体が壁をすり抜け、直後「ズウン」と重低音が響いた。ヘルメスが作り出した土砂が部屋を埋め尽くしたのだ。
これでリコリスは追ってこられなくなった。そしてステラと合流することも。ステラにもう一度会うにはヘルメスが転送魔方陣の部屋に到達して、帰れるようにどうにかがんばるしかない。どうがんばったらいいかはわからないが……
「やるしか……ねェよなッ」
そうだよなステラ。左手の薬指に嵌めたリンクの指輪を眺めながらヘルメスは内心でつぶやいた。絶対に二人で帰るんだと改めて決意した。転送魔方陣の部屋まであと2部屋。この先いかなる敵が立ちふさがっていようともやり遂げてみせる。
「承認」
ヘルメスは次の部屋に向けて光の球体を放った。
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つづく
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あとがき
ここまで読んでくれてありがとうございます。次回、お知らせを挟みます。お知らせしたい事情があるのです。めっちゃ個人的な事情が……詳しくは次の話で。
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