04-5 ドッペルデビルふたたび その③




「ステラ……、タフガイさんって生きてるのか?」


 部屋の外で、ラビリスたちの様子を見守っていたヘルメスは、隣のステラに尋ねた。ステラの〈ステータスチェッカー〉ならば、敵の状態を把握できているかもしれない、と思ったからだ。


 タフガイの生死が確認できれば、この膠着状態は終わる。タフガイが死んでいるのならば迷うことなく〈ドッペルデビル〉を倒すという決断が下すことができる。


 が、


「タフガイさんは生きています。そして〈ドッペルデビル〉も」


 ステラの答えにヘルメスは「むう」と唸るしかなかった。タフガイが生きていて、なおかつ〈ドッペルデビル〉が生きている。この場合どんな決断を下したらいいのかヘルメスにはわからない。


「そうか……だったらメイたちは手出し出来ないだろうな」


「でしょうね。でも大丈夫、私に任せてください!」


 ステラがどん、と胸を叩いて言う。嫌な予感がしたので、ヘルメスは一応確認することにした。


「もしかしてお前が攻撃する気か?」


「はい♪  メイちゃんたちが仲間を倒せないなら私がやってあげようと思います! おばあちゃん仕込みの炎属性魔術攻撃で消し炭にしちゃいます! 〈ドッペルデビル〉は手負いですからきっと倒せるはずです」


 気持ちいいくらいの笑顔でステラが恐ろしいことを言ったので、ヘルメスは即座に、「ダメだ」とツッこんだ。


「あのさあ。お前、なんにもわかってないんだな」

「なにがわかっていないんですか? ダンジョンの危機を速やかに排除することのなにがいけないんですか?」


 即座に反駁したステラに対して、ヘルメスは諭すように言う。


「ステラ。タフガイさんの体が〈ドッペルデビル〉に乗っ取られた時点で、この戦いはおれたちのものじゃなくなってるんだよ」


 ステラが「どういうことですか?」 とヘルメスをねめつける。やれやれと肩をすくめてヘルメスは言葉を続けた。  


「あの戦いは、メイたちのものってことだよ。おれたちは手を出すべきじゃない。おれたちが手を出せば、その瞬間にメイたちとの関係に軋轢が生まれちまうんだ」


「はあ? 何言ってるんですか。この場合しょうがないことでしょう?」


「あのさあ。例えば、ステラがタフガイさんの体ごとドッペルデビルを倒したとするだろ? おれたちの危機はとりあえず去るけど、その代わりにまたメイたちをまた敵にまわしてしまうことになるぜ」


「どういうことですか?」


「つまりさ。メイたち気持ちを考えろってことだよ。蘇生の可能性があるタフガイさんをおれたちが勝手に倒しちゃったらさ、仕方のないこととはいえどうしたってわだかまりは残る。なんでタフガイさんを殺したんだってな」


「そういうものですか」


「そうさ。そう簡単に割り切れるもんじゃないんだよ。そして、一度生じたわだかまりは疑惑になり不信になり、最終的には敵意に変わる。所詮、人間とダンジョンはわかりあえない、ならば戦うしかないってな。 今、おれたちとメイ達の関係は微妙なバランスの上に成り立っている。1度崩れれば、たぶん2度と直せない。だからおれたちは手を出しちゃだめなんだ。メイが決断を下すのを待つしかないんだ」


「はあ」


 ステラはため息だか相槌だかよくわからない返事をすると、俯き、しばらく考え込む素振りを見せた後で、


「人間って、めんどうな生き物ですね」


 と言った。ヘルメスはその一言で、ステラが魔物だと強く実感した。ステラは、人の気持ちがわからないのだ。


「お前にもわからないことはあるんだな」


 ちょっと意地悪で言ってやると、ステラは顔を赤らめた。


「そうですね……ちょっと反省します。人間と手を組むって、私が思ってたよりも難しいのかも」


「そうさ。おれたちとメイたちが手を組めたのだって、奇跡みたいなもんなんだと思うぞ」


 そう言うとヘルメスは再び孵化室内を注視した。ステラと話しているうちにも、タフガイの体は変化し続けている。どうするんだ? メイ。ヘルメスは固唾を呑んで室内の様子を見守った。






 均衡が崩れた。


 タフガイの体が右腕を膨張させメイのロープを引きちぎったのだ。その瞬間、場の空気が凍りついた。凄まじく冷たい殺気が怒涛のように押し寄せ、対峙するメイの体を震わせる。


「……ッ」


 無意識の恐怖で震える体を、気合でなんとか止めたメイは、後方へ跳びタフガイの体――もとい〈ドッペルデビル〉と距離を取った。


 一方ラビリスは、その場に留まりタフガイとの距離を保っている。その距離3メートル。ラビリスが一歩踏み込めば〈ドッペルデビルに〉剣戟が届く。ひとたびメイが決断を下せば、ラビリスは即座に攻撃に移ることができる。が、


「どうするんだ、メイッ」


 メイは決断を下せないでいる。もっと考える時間がほしい。切実にそう思ったメイは、


「もう一度、拘束する!」


 先ほどと同じようにロープをくくりつけた矢を弓につがえ、


「リコシェット・リターン・アロー!」


 放った。タフガイの体に向かって矢が飛んでゆく、が、その矢はメイが意図した軌道――すなわちタフガイの横をすり抜ける軌道――を描くことが出来なかった。


「……」


 丸太ほどの太さにまで膨張した〈ドッペルデビル〉の右腕が、その大きさに似合わぬ俊敏な動きで、メイの放った矢を叩き落とした。地面に叩きつけられ速度を失った矢がカランと虚しい音を響かせる。もう拘束はできない、なら攻撃するしか……、だが!


「メイッ」


 ラビリスが叫び、メイに決断を迫る。同時にタフガイの右腕がうねり、振り上がった。関節の概念から逸脱したその動きは、もはや人間の腕の動きではない。例えるなら、首をもたげたヘビの頭。振りかざした腕を鞭のようにしならせラビリスに向かって振り下ろす。


 パンッ。


 空気を切り裂く鞭撃音。


 がきん。


 直後に金属音。〈ドッペルデビル〉の攻撃を、手にした大剣でかろうじて受け止めたラビリス。だが、


「……!?」


 〈ドッペルデビル〉の攻撃を完全に受け切ることはできなかった。ラビリスの怪我、疲労は完全に回復していない。それよりなにより〈ドッペルデビル〉の力が強力だったのだ。


 〈ドッペルデビル〉からの攻撃、その衝撃を受け切れなかった分だけ、ラビリスの巨体が踏ん張った姿勢のまま後ろへ“ずれる”。ラビリスの具足と孵化室の床が擦れ合い、ラビリスの足元で火花が舞う。


「う、ぐ……!」


 火花の尾を引きながら、ラビリスの体は5メートルもの距離を後退。崩れそうになった体勢を、両足に渾身の力を込めて立て直し、〈ドッペルデビル〉の右腕を「えぇいッ」の掛け声とともに弾き飛ばした……ように見えたが、それは〈ドッペルデビル〉の次なる攻撃の予備動作に過ぎない。


 ラビリスに弾き飛ばされた反動を利用し、再び腕を思い切り振りかぶった〈ドッペルデビル〉は、初弾よりも禍々しい殺気を込めた一撃をラビリスに向かって射出する。鞭のようにしなる初弾の軌道と違い、直線的な軌道を描くその一撃。速度も、重さも、そして破壊力も初弾とはケタ違い……。


 ギュン。


 音より速く空気の壁を突き破り、衝撃波を纏った〈ドッペルデビル〉の右腕がラビリスに迫る。


「持ってくれよ……相棒ッ」


 瞬き程の刹那の間にそうひとりごちたラビリスは、体軸に対して垂直に構えた相棒――魔剣フルンティング――の刀身に手を添えると、胸の前に突き出し、衝撃に備えた。不動のラビリスに〈ドッペルデビル〉の右腕が接近、交錯する――寸前のところで、突然、〈ドッペルデビル〉の右腕が爆ぜた。


「……バーニング・ファイアー・アロー」


 メイが放った矢が、次々に〈ドッペルデビル〉の右腕に突き刺さり、突き刺さった矢が津次に爆発。眩い閃光と爆風がラビリスの目の前で炸裂し、その衝撃によって強制的に軌道を変えた。爆発に弾かれたドッペルデビルの右腕が孵化室の壁に衝突した。


 ズン……


 と部屋全体が震えるような衝撃音が、ビリビリとメイの肌を激しく揺さぶる。気を抜けば一瞬で恐慌状態に陥りそうな、そんな気分でメイはのたうちまわる悪魔の右腕の持ち主、タフガイだった存在――〈ドッペルデビル〉を見据えていた。


 メイは腹を決めた。


 眼帯と顔の隙間に右手の指を差し込むと広がった隙間から青い光が漏れ出した。


「タフガイ……殺したくはなかったけど」


 心から――残念そうにつぶやくと、メイは右目の眼帯を引きちぎるように外した。いまだ胸の内で渦巻く迷いを無理やり振り払うように……

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