04 ガレキの城漂流編(全70話くらい+お知らせ)

04-1 別れと祈りと変な草




 地平線の先まで続く広大な樹海が宵闇に沈んでいる。夜空には紅い月が浮かび夜の闇を不気味に照らしていた。


 樹海の中央には高台があり、その上にはガレキやガラクタを寄せ集めて積み重ねて作った歪で巨大な城がそびえている。


 50年間もの間、人間たちが目指し続け、そして到達できなかった魔性の要塞にして、強力な魔物を生み出し続ける悪の巣窟。


 7つの大罪と呼ばれる大ダンジョンの1つ――「ガレキの城」である。


 ガレキの城の最上階、広々とした部屋の中央には巨大なソファーがある。そこに腰をおろしバアルはワイングラスに酒を注いだ。とてもアルコール度数の高い酒だ。


  バアルはそれを一気に飲み干した。


「……まさか失敗するとはね。ゲェーップ。ドッペルデビルはこの僕を模倣していたというのに……ゲェーップ」


 銀色に輝く長髪を優雅にたなびかせ、しかし目には怒気を迸らせながらバアルは呟いた。部屋にはバアルしかいない。


「えーっといくら損したんだ。ゲェーップ。グリフォノイド・ロードが700,000ポイントだろ? クラッキング費用が100,000ポイント。まだ死んでいないようだが、ドッペルデビルは1,000,000ポイントだ。合計1,800,000ポイントの損失!!!」


 バアルは手にしたワイングラスを放り投げると、狂ったように笑い始めた。


「アハハハッハハ! なんだこれは!! 出来たばかりのダンジョンにひゃ、ひゃくはちじゅうまんポイントもつぎ込んで失敗したっていうのか? アハッハハハ! アナト! 僕はまたしても醜態を晒してしまった! アハハッハ……ハア」


 しばらく笑い続けたバアルであったが、ひとしきり笑うと虚しくなったのか、すっと真顔に戻った。


「うん。舐めすぎたってことだよね。認めようじゃないか。僕は愚かだった……!」


 その時である。


「バアル様」


 部屋のどこかからバアルを呼ぶ声がした。バアルは新たな酒をグラス注ぎながら、姿なき声の主に尋ねた。


「なんだい?」

「お客様が参られました。地獄の一丁目銀行のオネスト様です。お会いになられますか?」


 オネストの名前が出たと瞬間、バアルの顔に緊張が走った。


「そうかい。まったく厄介なやつが来たね……すぐに行くと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 バアルは酒を飲み干し、のろのろと立ち上がった。


「銀行からの使者か……。大方僕のポイントが減ったのを知って融資を持ちかけにきたのだろうな。僕も落ちぶれたもんだ。ゲェーップ」


 千鳥足で部屋を出るすがらに、


「ま、借金でもすれば、僕もちょっとはやる気がでるかもしれないしな……案外悪い話ではないのか」


 と呟いて、羽織ったコートをさっと翻し颯爽と歩いてゆく。


 ――地獄の一丁目銀行の介入。それによってヘルメスとバアルの戦いは新たな局面を迎えようとしていた。


(まだ初日なのに)








 ジンリンの葬儀はその夜のうちに行った。


 焼け野原となった第2階層。その真ん中辺りに砕魔の槌を突き刺し、それを墓標の代わりとした。ジンリンはその下に埋めた。


 穴はラビリスとマッドが掘ってくれた。二人が作業をしている間、ヘルメスとステラは割れたジンリンの体を小さな木箱の中におさめ、二人の作業と動かなくなったジンリンを交互に見つめながら黙っていた。


 言葉を発するものはだれもいなかった。沈黙そのものがジンリンへの祈りだった。土を掘り返す音だけが第2階層に響いていた。


 掘った穴の中にジンリンの入った箱を収め、上から土をかぶせていく。箱が土の中に埋まり見えなくなると、ヘルメス、ステラ、メイ、ラビリス、マッドの5名はジンリンの墓標の前で横一列に並んだ。


「黙祷」


 メイが言うと各々心の中でジンリンの魂の安寧を祈った。


 正しいやり方かどうかはわからないけれど。と、ジンリンが安らかに眠れるよう、メイが教えてくれた鎮魂の儀式だった。


 ジンリンが安らかに眠れるよう……魂の安寧を祈る。そうするとヘルメスの心に表れていたドス黒い燃えるような感情も鎮まり心の奥底へと沈んでいく……そんな気がした。


「さようなら、おばあちゃん……」


 ステラがぽつんと呟いた。ひゅう、と風が吹いた気がして、ヘルメスは頭を上げる。他の4人もそれに続いて頭を上げた。


 ヘルメスとステラは今度はメイたちの方に向き直った。


「ジンリンのこと弔ってくれてありがとうございます。みんなはジンリンと出会ったばかりで、あまり話す機会もなかったのに」


 ヘルメスとステラは、メイたちに向き直って軽く頭を下げた。顔を上げるとメイがいたわるような眼差しをヘルメスに注いでいた。再び悲しい沈黙が訪れた。


「いいのよ。その、残念だったわ……」


 しばらくしてメイがぽつんと言った。


「ねえヘルメス。あたくしの国の鎮魂の儀式には続きがあって……このあと踊りを踊るのよ。ちんちんかもかもの舞いと言うんだけど……ジンリンさんのために踊らせてもらっていいかしら?」


 はて。ちんちんかもかも、とは……たしか男女の仲が睦まじいことを表す言葉だったはず。葬儀とは関係なさそうな言葉だ。


 そんな名前の踊りを踊るのは不謹慎じゃないか、と一瞬疑問に思ったヘルメスだったが、せっかくメイが気を使ってくれたのだからと思い直し、お願いすることにした。


「ああ、頼む。きっとジンリンは喜んでくれると思うよ」


 メイはこくりと頷き、さっと踊りの準備に入った。「はァ~、」と節を口ずさみながら、


「ちんちん! かもかも!」


 叫び声とともに、パンパンと胸の前で叩いた両手を、頭のでひらひら左右に振る。右足を前に。


「ちんちん! かもかも!」


 先ほどと同様にパンパン叩いてひらひら振って、今度は左足を前に。


「ちんちん! かもかも!」


 叫び、叩き、振って、足。それを延々と繰り返す。


 あまりにユーモラスな踊りにヘルメスは絶句した。「お前の国、バカじゃねえの?」と言いたくなったが、ジンリンを弔おうとしてくれるメイの気持ちを無碍にはできない。ただ、メイの変な踊りを眺めているしかできなかった。


 しばらく眺めていると、隣のステラが「よし覚えた……」とつぶやいた。そして、


「ちんちん! かもかも!」


 と叫びながら、メイの踊りに加わった。ヘルメスのダンジョンを彩る可憐な花二輪が、奇声とともにくりひろげる変な舞い。その光景は奇妙でしかなかった。しかし、


「しょうがないな……」


 彼女らはジンリンを弔おうと頑張ってくれているのだ。だから――


「ちんちん! かもかも!」


 ヘルメスも踊りに加わることにした。ヘルメスが加わったのをみてラビリスとマッドは、こくこくと頷き合い、そして踊りに加わった。


「ちんちん! かもかも!」


 5人は1時間ほど踊り続け、そしてある異変に気が付いた。


「見ろッ! ジンリンさんを埋めた辺りから、『変な草』が生えてるぞッ」


 ラビリスが指を指した先――ジンリンの墓標のそばに、確かに変な草が生えてきていた。その瞬間、「おお!」と歓声が上がった。


「ジンリンさんの魂が『変な草』となって蘇ったのだわ!」


「さすが魔術士だ!」


 ヘルメスからすればちゃんちゃらおかしな話だった。ジンリンは死んだ。それは間違いない。ダンジョンでは説明がつかない不思議な現象がたびたび起こるのはたしかだ。だが死んだものが蘇ることなどありはしない。死体が動き出すことはあってもそれは別の生命体。ジンリンではない。


「あの草、ジンリンじゃないだろ」


「ええ……ただ……あれダンジョン目録には登録されていない草ですね……新種かもしれません」


「へえ。なんでそんな草が生えてきたんだ?」


「ええと、たぶん、おばあちゃんを埋めたこととちんちんかもかもの踊りが合わさることで何らかの召喚の儀式が成立したんでしょうね……それにここはもともと植物型魔物が植わっていた場所ですし、死んだ魔物たちの魂やおばあちゃんの死霊魔術も影響したのかも」


「ふうん。よくわからんが、ジンリンがおれたちの気持ちに応えてくれた、そんな気もしないでもないな」


 ヘルメスとステラの口元に、ふ、と笑みがこぼれる。が、


「そんなわけないけどな」

「ええ」


 一瞬で冷たい表情に戻った。 変な草の成長は驚くほど早く、あっという間に育っていく。砕魔の槌にツルを絡ませながら伸びてゆき、やがて槌全体をそのツルで覆った。


 ヘルメスたちの想いにジンリンが応えてくれた。そんなわけはない……それはわかっているのだが。


 その光景を眺めながら、ヘルメスは、二度と戻らないジンリンのことを考え、ぎゅっと拳を握りしめた。


 さようなら、ジンリン。お前のカタキはきっととるぞ……


 口には出さずにつぶやいた。涙はもう枯れていた。





****



ここまで読んでいただきありがとうございます。

4章始まりました。遅れて申し訳ありませんでした。

よければ引き続き読んでください!

ただ4章めっちゃ長いです。20万文字以上あります。

けっこう削ったんですけど……

でもビックリな展開になるのでぜひ……!

最後まで書けてないんですけど公開しながら書きます! 公開が追い付く前に最後まで書きます!!

がんばります!!



 


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