03-17 失策
*
浅かった……! ステラは内心で舌打ちをしながら、大きく後方へ飛び、侵入者との距離をとった。ステラの〈ステータスチェッカー〉は敵の現在位置だけでなく、生死を判別することもできる。先ほど斬り伏せた赤いコートの男は倒れて動かなくなったが命を奪うには至らなかった。
たび重なる戦闘で刀の切れ味が落ちたのか、それともステラの手元が狂ったのかはわからない。
『何をやっとんや! せっかくのチャンスを……』
ジンリンの声に内心で(うるさい!)と反駁し着地。ちらりと周りを見回せばそこは焼け野原と化していた。階層を埋め尽くしていた植物型魔物の群れは、きれいさっぱり蒸発してしまった。
あらためて侵入者の魔法の威力の凄さを思い知る。
本当に――。
ステラは、ほ、と短くため息を吐き、
――助かったんだ。
生き残った幸運――いや奇跡に感謝する。良く見ればステラの体からは焼け焦げたバターの匂いが漂っている。このバターはバター男爵と戦った際に全身に浴びたものであった。結界犬の〈結界〉の特性を備えたこのバターは、魔法攻撃を反射する。ステラはそれで神滅超撃激流波をしのいだ……のだろうか?
ステラの浴びたバターの量はほんのわずか。常識的に考えれば神滅超撃激流波の破壊力に耐えられるはずもなかった。だと言うのに……。
こうして生き残ることが出来たのは、やはり奇跡としか言いようがない。しかし、ステラは内心で確信していた。あの男のモザイクが脳裏を蘇る。口の中にはまだあの男のバターの味が残っている。つい8時間前に死闘を繰り広げた敵、しかし何かの縁でバターをくれたあの変態。
――あいつのバターに助けられたのかもしれない。
そんなバカな、という思いもあるが、しかしそうでなければ、生き残ったこの現実を説明できない気がした。
『何をぼさっとしとるんや!』
ジンリンの声にはっ、とする。侵入者の1人、女の放った矢がすぐそこに迫っていた。ステラはとっさに体をひねり、躱す。ひゅん、と背中の皮一枚離れたところを矢が通り過ぎて行く感覚。ジンリンの声が無ければ被弾していたかもしれない。
そうまだ戦闘は終わっていない。残る2人の侵入者を倒せなければ、せっかく助かった幸運も無駄になってしまう。
「あぶな……。ありがとうおばあちゃん。私は女の方を倒す。おばあちゃんは鎧の男をお願い」
『まかせな! うちの体を台無しにしてくれたお礼……たっぷりとしてやるわ!』
威勢のよい返事と共に、ステラの胸の谷間から石ころが飛び出し、コロコロと地面を転がった。第2形態となったジンリンである。ジンリンは
おばあちゃん、あの体で魔術を極めるのが夢とか言ってたっけ……。どんまい。
ステラは内心でジンリンを慰めると、小さな〈魔弾〉を機関銃のように速射、牽制しながら、女の方へ向かって跳んだ。女の得物は弓。距離を取られれば、やっかいだ。 丹精こめて育てた植物型魔物を全滅させられた恨み、絶対に晴らす。
ステラは女の体を左から右へ薙ぐように〈魔弾〉を連射していた。そうしたのは、女の回避する方向を左へと誘導するため。予想通り、女は殺到する〈魔弾〉を素早い動きで右方向へ大きく移動することで回避。すかさずステラは地を蹴り、女の元へと迫る。
〈魔弾〉を躱すため咄嗟に移動した女の態勢は、わずかに崩れている。そこを、捕らえる……!
魔術と剣術のコンビネーション。〈魔弾〉で敵の動きを制限・誘導し、逃げ場を失くしたところで不可避の剣閃を喰らわせる。ステラの長所は、〈天魔の才〉、〈天武の才〉のスキルそのものではなく、それらのスキルを組み合わせ、使いこなすことが出来る器用さなのかもしれない。
「しゃりん」
鍔鳴りと共に抜き放った白刃が、女の胴を横薙ぎに両断。真っ二つになった女の体から、鮮血が噴き――。
「!?」
――出さない。手ごたえもない。それどころか斬り伏せたはずの女の姿が、ぬるりと風景に溶けるように消えてしまった。
唖然、と開いてしまった口を閉じる暇もなく、ひゅん、とステラに向かって矢が飛んでくる。その数3本。そのうち2本は刀で弾いたが、最後の1本は防ぐことができなかった。顔面に向かって飛んでくる最後の1本は、弾いた2本の矢の影に隠されていた。
ガリッ。
ステラは開いた口を閉じて女の矢を歯で止めた。
「あふふぁー。ふぃりふぃり……いふぁっ! (あぶなー。ギリギリ……痛!)」
矢を咥えたままモゴモゴと話したせいで、ステラは口の中を切ってしまった。
「あは!」
矢が飛んできた方向から、女の笑い声。ステラはバカにされた気がし、ムっとした表情で睨みつける。
視線の先に女はいた。その距離10メートル。刀の間合いまで接近したはずなのに。女は一瞬であんなに遠くまで移動していたのだ。
ぺっ。
舌打ちがわりに咥えた矢を吐きだすと、矢と一緒に少量の血が地面に落ちた。口の中の傷は浅いが、精神的なダメージは大きい。女の技量はステラが思っていたよりも遥かに高い。目にも止まらぬ移動速度、2本の矢の影に本命の1本を混ぜる弓の腕。ステラの虚を衝く技の使い手……。
少女のようなみためだが中身は熟練の達人だ。女の技の熟練度は、バター男爵よりも上。
手強い……!
ステラは女に対する評価を格上に改め慎重に次の一手を考える。
〈魔弾〉を使って、中~遠距離で戦おうか?
いやその距離は女の土俵だ。得策ではない。それに覚えたばかりの〈魔弾〉を連発すれば、きっと女を捕らえるよりも早くステラの魔力が切れてしまうだろう。
ならば接近戦……。しかないか。逃げる相手に近づき、斬る。うん。シンプルでいい。ただしあの女もスピードには自信があるようだから、少しばかり頭を使わねばならない。幸い地の利はこちらにある。あの女は知らない。第2階層には無数の罠が仕掛けられていることを。
ステラは一瞬のうちに次なる作戦を脳裏に描くと右手で“L”の字を作り、すぐさま〈魔弾〉を発射した。先ほど放った速射タイプの〈魔弾〉を機関銃と例えたが、それに倣えば今度の〈魔弾〉は散弾銃だ。同時に放った無数の炎の弾が放射状に広がりながら女の元へ殺到する。逃げ場はない。ただ1つの方向を除いて……。
女は後方へ跳ぶはずだ。ステラはそう確信していた。後方へ跳べば、放射状に広がる散弾の間隔は広くなる。つまり、弾を避けるスペースが出来る。しかし、女の後方には、ブービートラップ〈ニードルマイン〉が仕掛けられている。女がのトラップの上に乗った瞬間、〈ニードルマイン〉が発動。地面から飛び出す無数の鋭利な針が、女の足を穴だらけにするだろう。そこを捕らえる。今度こそ、しとめて見せる。
さあ、跳びなさい!
しかしステラの思惑に反して、女は〈魔弾〉を避けなかった。それどころか「あはは!」と笑ったまま微動だにしない。そうしている間に〈魔弾〉が女の元へ到達、そして炸裂。着弾した瞬間、〈魔弾〉が小規模な爆発を起こす。爆発に巻き込まれた〈魔弾〉が次々に誘爆していき、女の辺りが爆煙で包まれていく。つまり直撃だった。
にも関わらず、「あははは!」と女の笑い声が煙の中から聞こえてくる。どうやら女は無事だったらしい。女はきっと、煙に紛れて矢を放ってくるに違いない。とりあえずステラは煙を注視しながらバックステップ。距離をとって様子を見ることにした。
あれ……?
瞬間ステラの脳裏に浮かんだのは、疑念。ステラが放った〈魔弾〉はあくまで目くらまし。出来るだけ魔力を抑えた〈魔弾〉が爆発などするはずがないのだ。女の体を包んだ煙が、モクモクと立ち上り続けているのもおかしい。まるで煙幕みたいな……。
まさか。
ステラは慌てて、〈ステータスチェッカー〉を使い、女の現在位置を探る。そして驚愕した。
「しまった!!」
女はいつの間にか第2階層を抜け、第3階層へと移動していた。罠も仕掛けもない第3階層を凄まじいスピードで駆け抜けて行く。女はステラと戦う気など、なかったのだ。女の狙いは……。
(マスター……!)
ダンジョンマスターを倒せば、ダンジョンは消滅する。だから当然、侵入者はダンジョンマスターを狙う。魔物など相手にする必要はないのだ。 第1階層で数多の魔物を相手にした経験が徒となった。あの戦いでステラはいつの間にか敵は自分を襲ってくるものだと、自分さえ倒されなければダンジョンを守ることができると思い違いをしてしまっていた。
「……っ」
後悔の念が押し寄せてくるが、自戒している暇はない。ステラは即座に大地を蹴って女の後を追う。
しかし女の速さは尋常ではない。ステラが第2階層の階段に辿りつく頃には、女は第3階層を抜け、第4階層に続く階段に到達していた。
(マスター! ごめんなさい! 侵入者がもうすぐ第4階層に到達します!!)
祈るような気持ちで、念話を送る。しかしヘルメスの返答はない。まさか、戦おうなんて考えているのでは……?
ステラの背筋にぞくりと冷たいものが這った。今のヘルメスがあの女を相手にして勝てるはずがない。
(マスター! 私が行くまで隠れて! 決して戦わないで!)
ステラの脳裏に、全身を矢で貫かれたヘルメスの姿が浮かぶ。それを振り払うようにステラは全力で階段を駆け下りた。
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