03-12 バアル? VS 諸国連合攻略隊

* 





「タフガイ……! タフガイィィィ!」


 暗闇の第1階層にマッド・チュウニィの慟哭が響いた。驚異的な再生能力を持つタフガイ・ヤマト。しかしそんな彼も首を落とされてはさすがに……。


「……」


「……う、ぅ」


 ラビリスとメイは言葉を失っていた。ラビリスはきっと兜の下でいているだろう。メイは滂沱の涙を流し嗚咽している。 タフガイがやられる。それは厨二病だって冒険がし隊にとってはおなじみの光景だった。いつだって真っ先にやられるのはタフガイなのだ。彼はどんなひどい怪我からも復活を果たしてきた。しかしさすがに死んでしまってはもう再生はできないだろう。


 なんだかんだで破竹の勢いで死の音がする森の魔物を葬ってきた4人(といってもほとんどラビリスが倒したのだが)だった。この勢いでガレキの城も攻略してみせる!


 と意気込んでいた矢先に、タフガイを失ってしまい、残った3名は途方に暮れていた。







 ほんの15分前の出来事だった。突如現れた小山の麓に到着した諸国連合攻略隊一行は、小山の頂上まで登った。小山の頂からは夕焼けの空が覗いて、どこまでも広がる死の音がする森の光景を赤い光で染めていた。


 さらに森の魔物はどういうわけか、小山には近づいてこないのだ。これ幸いとばかりに4人は休憩をとることにした。メイが持参した保存の利くパンをほうばり、楽しく雑談していたその時。


 空を飛ぶグリフォンの背にまたがってその男は現れた。穏やかな空気が一変、緊張に包まれる。


「敵だ!」


 4人はとっさに武器を構えた。ラビリスは大剣を、マッドは杖を、メイは弓を、タフガイは拳を。それぞれの得物の切っ先と鋭い視線を向ける。


 その男は美しかった。夕日をバックに白銀の長い髪をなびかせ、肌の色は透き通るような白。歳は20歳くらいだろうか。身にまとう服は黒。左手には物凄く分厚い一冊の本。男の表情は笑顔。何を考えているのかわからない不気味な男だった。今まで倒してきた魔物とは一線を画す存在感だ。


「あはははは! 傑作! 新米のダンジョンをからかいに来たら侵入者がピクニックなんかしているよ!」


「!」


 瞬間、その男はグリフォンの背から降下。すとんと軽やかに地面に着地。


 同時に鮮血が舞った。夕日の色よりずっと赤い、血のアーチが夕空に描かれる。


「ぐあああ」


 叫んだのはタフガイだった。咄嗟にタフガイを見る。膝から崩れ落ちるタフガイの右腕が切断されていた。


「やあ侵入者諸君、僕だよ」


 誰だよ!? とツッコむ間もなく、男はタフガイの首筋にとん、と手刀一閃。切り離されたタフガイの首が宙を舞う。


「あ……ッ」


 と言う間にタフガイは撃破されてしまった。ころんと首が地面に落ち、残った3人が戦慄が走る。


「タフガイィィィィーッ!」


疾風はしれ! スピーディー・ウィンド・アロー!」


ぜろ! ≪爆・剣閃【絶】スラッシュエクスプローョン・アブソリュート!!」


 マッドが叫ぶ。同時にメイが矢を放つ。ラビリスが突進する。有らん限りの敵意が男に向かって殺到する。 しかし。


「遅い、遅い、遅い」


 男は素早く右手を動かし、メイの矢を弾き落とす。そして左手に持つ本の表紙でラビリスの剣戟を止める。


「な!?」


 総重量50kgの剣がピタリ、張り付いたように動かない。男はニヤニヤと笑いながら、


「剣撃が重い……。良い腕をしているね。ところで鎧通し……って知っているかい?」


 ラビリスの腹に右掌を叩きこんだ。瞬間、打撃の衝撃がラビリスの鎧を貫通し、ボコンと音を立てて炸裂。ラビリスの鎧の“背中側”が“内側から”弾け飛ぶ。


「ぐああああァァーッ!」


「ラビリスゥゥゥーッ!」


 ドリームチーム、諸国連合攻略隊の中で最も強いラビリスがやられた!


 こうなっては、手段は1つ!



「みんなを連れて逃げるわよッ、マッドッ! ノイジー・フラッシュ・アロー!」


 眩い閃光と耳をつんざく轟音がその場を包む。男がのけぞり、片腕で目を覆う。


「――む!?」


 閃光が収まり、騒音が止んだ時には4人の姿は山頂から消えていた。


「逃げられちゃったよ……あははは! この僕はまたしても失態を晒してしまった!!」


 額に手を当て自嘲する男。自嘲しているというのに、その男は嬉しそうでもあった。


「バアル様! どうやら侵入者は新米のダンジョンに逃げ込んだようです!」


 空中で待機していたグリフォンがそう告げると(もっともグリフォンはグリフォーンと鳴いただけであったが男は魔物の言語を理解することができた)、男――バアルはふと考え、


「うーん。そんなことはわかっている。追ってもいいけど、新米のダンジョンで殺しても僕にはポイントが入らないだろう? さてどうしたものか……」


「グリフォーン!(では手練の魔物を新米のダンジョンに送り込んで、逃げた侵入者を捕らえ、バアル様のダンジョンの敷地まで連れ去ってから殺してはどうでしょうか)」


「なるほど。僕のダンションで殺せば問題なくポイントが獲得できるというわけか。ふむ。そうしようか。アイデアを出した君にはご褒美をあげよう。“承認”」


 バアルが承認した瞬間、グリフォンの体が光の球に包まれる。眩く輝く光の球は空中で変形。球形から星型へ。星型から人型へ。


 そして、ふわりと地面に降下し、光がふ……と消えた。 光の跡から現れたのは、全裸の少女だった。普通の少女と違う点と言えば、背中に鷲の翼が生えている点。手の形が猫っぽい点。尻にはヘビの形の尾が生えている点。要するに、グリフォンは、グリフォンの特徴を受け継いだ人型の魔物――グリフォン少女へと変化したのだった。


「こ、これは……?」


 少女が戸惑いながら言った。ほんの10秒前までグリフォンだったというのに、少女は人の言葉をしゃべることが出来た。


「君を15段階進化させて“グリフォノイド・ロード”にしたのさ。体は小さくなったが、能力パラメーターは格段に上がったはずだ。さらに人の言葉もしゃべれるようになったし、防具も装備できるようになり魔法も使えるようになったはずだ」


「え、はあ……??」


 まさに驚異。ポイントさえあれば不可能はない。それがダンジョンマスターである。しかし、当のグリフォンが強制進化を望んでいたかと言うと、どうやらそうではないらしい。


 こんなご褒美いらないよ……! 


 とでも言いたげな表情でグリフォン少女はバアルを見つめていたが、バアルはそれに気がつかない。うっとりとした表情で、新たに生まれた魔物を観察していた。


「それにしてもその格好では恥ずかしいだろう。羞恥心も生じているはずだからね。どれ、君に似合う服を作ってあげよう。“承認”」


 すぐさまグリフォン少女の体が光に包まれ消える。すると、グリフォン少女の体に装備アイテムが装着されていた。


「え、えぇぇ???」


 胸元“のみ”を覆う胸当て。股間部“のみ”を覆う、なんというか、パンツ。どちらもショッキングピンクの金属で出来ていて、夕日を反射しギラギラと輝いている。俗に言うビキニアーマーであった。 グリフォン少女は、まじかよ。なんでこんな恥ずかしい恰好をしなきゃいけないの!? とでも言いたげな表情でバアルを見つめていた。


「ふむ、もとが獣なだけあって野性味あふれるファッションがよく似合う」


 しかし、バアルは満足そうだ。


「え、あ、はあ??」


 少女が顔を赤らめ戸惑っていると、バアルはむっとした表情に変わり、


「お礼は?」


「え?」


「君を素敵な姿にしてあげた僕に対するお礼は?」


「え、あ、ありがとうございます!! こんな素敵な姿にしていただき感謝感激雨アラレの極みです! ……こんな感じでよろしいですか……」


 うつむきがちにグリフォン少女が言うと、む、っとしていたバアルの表情が一変。ふっと微笑みを浮かべる。


「ふむ。ナイスお礼だ。しかしそれでは個性が弱いな。君はこれから語尾に“グリ”をつけて喋ること」


「は、はい! わかりました……グリ」


「素晴らしい。ナイスグリだ。さて、僕はこれから新米のダンジョンに潜る。君は僕に同行して、侵入者とそれから新米を捕らえる手伝いをして欲しいんだ」


「は、はい! 精一杯務めさせていただきます! ……グリ」


「よし、じゃあ行くよ」


 言うや、さっとコートを翻し、バアルがすたすたと歩いて行く。グリフォン少女もそれに続こうとするが。 グウウウウ。 グリフォン少女の腹が大きな音を立てた。きっ! と睨むようなバアルの視線が突き刺さる。


「ご、ごめんなさい……グリ。まだ夕飯を食べていなかったので、空腹なのグリ」


「ふむ。グリの使い方が上手くなってきたね。空腹なら先ほど落とした男の頭がその辺に転がっているはずだから、それを食べるといい」


「はいグリ!」



  グリフォン少女は笑顔で頷くと、四つん這いの姿勢でくんくんと匂いを探り、俊敏な動きでタフガイの頭に近づき、ガブリとかぶりついた。バリバリと骨ごと噛み砕き、クチャクチャと咀嚼し、ゴクンと嚥下すると、


「美味グリ!」


 バアルはガツガツと美味そうにタフガイの頭部を食べるグリフォン少女を、やれやれと言った表情で眺め、


「そうだ。 君の名はまだグリフォン348号だったな。これからは“グリコ”と名乗るがいい。一人称も、“グリコ”だ。いいね?」


「わかりましたグリ! グリコに素敵な名前をつけてくれてありがとうグリ!」


「ふむ。早速順応したね。食べ終わり次第ダンジョンに潜る準備をしよう。実は驚きの仕込みを用意しているのさ」


「さすがバアル様グリ! びっくりさせてやりましょうグリ」


 はきはきと返事をすると、グリコはすぐさま食事に戻る。バアルはその隣に腰をおろし、沈んでいく夕陽を眺めていた。


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