03-11 全員が最強、全員が人問(にんとい)




 ヘルメスは指令室に戻ると、すぐさま水晶玉の元へと駆け寄り、球体に映し出されている映像を覗きこむ。


 そして侵入者4体の現在位置を確認した。


 侵入者たちは第1階層に入ってすぐの入口の広間に留まっていた。動きはない。様子見でもしているのかそれとも後続の仲間と合流する予定なのか。わからないがすぐに侵入しないあたり敵の慎重さが伺える。


「ふむ」


 ヘルメスは顎に手をあて考える。敵が慎重なのは第一陣を殲滅したからだろう。むやみやたらに雑魚を送り込んでポイントを進呈してくれれば楽だったのだが……


「敵の様子を映してくれ」


 水晶玉に向かって呟くと、即座に画面が切り替わる。第1階層の平面図が一変、暗闇で佇む4人の侵入者が映し出された。侵入者たちは床にへたりこんで動かない。休憩でもしているのか。ヘルメスは画面をつぶさに観察する。人問にんといがどのような姿をしているのかも気になる。


「なに!」


 4人の侵入者たちの1人を見て、ヘルメスは驚いた。


「結構かわいいじゃないか……」


 まず目についたのは、背の低い青髪の女。短く揃った髪が揺れ、いかにも元気そうだ。歳は……ううむ。よくわからない。たぶんステラよりは年下だろう。もしこのダンジョンにロリコン男爵がいたなら瞬殺できたかもしれない。子供と間違われてもおかしくないほどの背丈だった。惜しむらくは、


「……眼帯か」


 眼帯である。右目の眼帯のせいで多少厳つい印象になっているが、まあそれを差し引いてもかわいらしい外見だ。


 しかしヘルメスはさきほどみた侵入者のステータスと女の外見を照合し、ため息をついた。


「こんな女の子でも人問にんといなんだよな……」


 こんな外見をしていても敵なのだ。撃破せねばならないバアルの手先なのだ。と、ちょっと浮かれていた気分を自戒し、ヘルメスはじっと画面を凝視、外見から敵の戦闘スタイルを推測する。


 ぱっと見で明らかに武器とわかるものは、背中に背負った弓だった。しかし、女の体躯に比して不釣り合いに長い。こんな弓引けるのか?  そんな疑問が残ったが、この女も人問にんといである。引けると考えた方がよさそうだ。


 この女の得意技はなんだろう? ヘルメスはふと考え、そして至る。


「弓が得意ってことか……!」


 と見たまんまの評価を下ししたヘルメスは、ステラに(女の弓に気をつけろ!)と念話を送る。その直後に(そんなことわかってます)とステラのつれない返事が返ってきて、ヘルメスは軽くへこんだ。


 気を取り直して次。 残り3人の侵入者を観察して見よう。


 1人は全身を白銀の甲冑で身を包んだ大男。2メートルはある巨体が手に携えるは、男の身の丈ほどの大剣。


(巨大な武器が流行っているのだろうか?)


 フルフェイスの兜を被っているため、顔は見えないが、甲冑のデザインがなんというかスタイリッシュでかっこよく悪い印象はない。戦いに赴く正義の騎士って感じだ。


「こいつが剣士だな。ゲッシュエフェクターとか言う異能の持ち主」


 はて、そういえば。ゲッシュエフェクターとは一体どんな異能なのか? 念話でステラに尋ねると、


人間・【呪】ゲッシュエフェクターとは、『呪いゲッシュ』の影響下にある人間を指します。この場合の『呪い』とは、魔術的な呪いではなく、自分自身への“制約”あるいは“誓い”と捉えてください。自分自身に何らかの『呪い』――例えば“肉を食べない”とか“女性を攻撃しない”とか──を設け自分自身を縛ることで、その見返りに力を得ることができる人間。自分自身を律すれば律するほど強くなる異能を人間・【呪】ゲッシュエフェクターと呼ぶのです。ゲッシュエフェクターの特徴は自らに科した『呪いゲッシュ』が強いほど得られる力も大きくなること、そのかわり『呪い(ゲッシュ)』を破ってしまった際に受ける反動も……)


(うおぉ、わかったよ。要は呪われてるってことだろ)


 長くなりそうなステラの説明を遮り、次。


 2人目。白い長髪をなびかせ、着込んだ赤いロングコートを着込んだ男。手には杖。先端には鷲の羽を象った飾りがくっついている。いかにも魔術士に見えるが、侵入者のステータスに魔術士なんて文字はなかった。だからおそらく、


「こいつが誤魔化士チーターか」


 チーター。なんだか脚が速そうだな。そう思ったヘルメスは、


(赤いコートの男がチーターだ。脚が速いから気をつけろ!)


 とステラに念話を送る。するとステラは、


(いえ、誤魔化士チーターって言うのは、人間・【転】トランスミギュレーター――すなわち≪転生者≫の固有階級のことです。≪転生者≫というのは、前世の記憶を引き継いでこの世に生まれた人間のこと。10億人に1人くらいの確率でに生まれるそうです。人間・【転】トランスミギュレーターはすでに失われてしまった古代の魔術式や、異世界技術の知識を生まれながらに持っていて、【第六世界】の常識では考えられない――それこそ反則みたいな不可思議な技を使うそうです)


 すぐさまヘルメスの勘違いを正し、すらすらと説明するのだった。


(へええ、なんだか強そうだな……)


 感心しながらヘルメスは思う。 ≪転生者≫。二度目の人生を生きる者。おそらく前世で得た教訓をフルに動員して、この世界では充実した人生を送っているのだろう。そんな人間はもはや存在自体が“チート”じゃないか。 そして気がつく。


(おれのダンジョン目録にゲッシュエフェクターやら、トランスミギュレーターなんて項目あったっけ?)


(いえ、マスターのダンジョン目録にはゲッシュエフェクターもトランスミギュレーターも記載されていません。しかし、マスターの目録はページを奪われ、空白になっている箇所も多い。おそらく敵ダンジョンマスターは未知の存在を送り込んで、私たちに対策を練らせない算段なのでしょう)


 なるほど。バアルめ。


 そしてヘルメスは残る最後の男を凝視した。 最後の男は明らかに異形だった。まず、首がなかった。右腕も肩から切断されていて、切断面からは大量の血が噴き出している。 というか、どう見ても死んでいた。


「いや、さすが人問にんとい。死んでもダンジョンに侵入してくるとはあっぱれな根性だぜ! ……ってバカ!」


 久々のノリツッコミである。


(侵入者の1人はすでに死んでた。よって侵入者は3人だ)


 ステラに念話を送ると、 (え? おかしいな。たしかに4人と知覚したんですが)


(お前のスキル調子悪いんだろ? 誤作動だよ誤作動)


(むー。誤字脱字はあっても敵の数は間違えたことないんだけど……おかしいなあ??)


 この男はなぜ死んでいるのだろうか? 仲間割れか? 疑問は浮かんだが、それはさておき。


「よっしゃ戦闘開始だ! バアルの手先をコテンパンにしてやろうぜ!」


 完成度6割の第2階層、新戦力ジンリン、成長著しいステラ。不確定要素に不安を覚えながらも、これから始まる戦いに心が躍らないでもない。水上玉の画面を第2階層に切り替える。


 第2階層の植物型魔物は1メートルほどの大きさに成長していた。それらが群をなし、室内に作った草原とも言える風景を作り出している。草の影に身を屈め隠れているステラとジンリンは、緊張した面持ちで敵を待っていた。 命のやりとりの最前線。敵の実力は未知数。果たして彼女らはどのように敵を迎え撃つのだろうか。


 勝て! そしてポイントを稼いでバアルの鼻を明かしてやれ!


 ヘルメスは水晶玉をじっと見る。侵入者たちは、まだ動かない。


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