02-11 侵入者 その⑤
あっと言う間に、10体の敵を撃破したステラであったが、その顔は険しい。敵はまだまだ残っている。ヘビ男の卵が
あと何体いるのやら……と思いながら、ステラは眼前の魔物たちを見た。1、2、3、4、5。ステラに見える範囲には5体の結界犬が身を屈め、今にも飛び出しそうな体勢でステラを睨みつけていた。その後ろには残り35体の結界犬とバター男爵が控えている。
続々と襲ってくる、と予想していた結界犬は、予想とは裏腹に飛びかかって来ることはなかった。身を低く屈めた戦闘態勢を取っているものの、ステラの間合いの中に入ってこない。 10体の結界犬を撃破したことで、敵に、迂闊に飛び込んではいけない、という意識が生まれたのだろう。
(『結界犬を9体撃破しました。9,000ポイントを獲得しました。私のレベルが5に上がりました。私のスキル〈四次元刀剣術【初】〉の習熟度が上がり、〈四次元刀剣術〉になりました。死体を270ポイントに変換できます。変換しますか?』)
これ幸いとばかりに、ステラはヘルメスに念話を送る。すぐさま(“承認”)の声が聞こえ、9体の結界犬の死体が光の粒子となって消えて行った。同時にステラに付着した敵の返り血も、血なまぐさい匂いも消えて行く。
敵にとってはそれが合図だった。地に伏せるように構えていた5体は、その強靭でしなやかな四肢で思い切り地面を蹴った。
飛び出した5体の牙がステラに向かって次々に飛びかかって来る。
しかし。
「しゃりん」
と鍔鳴りと共に鋭い突風のような見えない斬撃が吹きつけ、その5体は5体とも真っ二つに斬り裂かれた。5体の断面からドバっと花火のような血飛沫が飛び散り、迷宮の壁を生臭くてドス黒い赤で汚す。
「四次元刀剣術――〈千華道〉……もどき」
瞬殺であった。
〈四次元刀剣術〉の習熟度が上がり1度の〈千華道もどき〉で5発の斬撃を放つことができるようになったのだ。こうなるともう、ステラは結界犬には負ける気がしなかった。
(『結界犬を5体撃破しました。5,000ポイントを獲得しました。私のレベルが6に上がりました。死体を150ポイントに変換できます。変換しますか?』っと)
ヘルメスに念話を送りながら、頭の中で先ほど思いついた必勝パターンを復唱する。
※間合いに入った敵を〈千華道もどき〉で斬りつける。第1階層の通路はせまいから、1度に飛びかかれるのは5体が限度。今の〈千華道もどき〉なら、1回で5体の敵をもれなく斬れる。斬り終わったら、次の5体が飛びかかるまでの時間差を利用して、次の〈千華道もどき〉の準備をする。敵が間合いに入るのを待つ。
※繰り返し。
これで勝てる。とステラは確信する。自分から攻めないのがポイントだ。敵が間合いに入るのを怖がって攻めて来ないなら、それでいい。ステラの目的は時間を稼ぐことなのだから、
(“承認”)
とヘルメスの返事が聞こえ、敵の死体が光の粒子になった消える。またこのタイミングで襲ってくるか? とステラは思ったが、すっかり臆した結界犬は飛びかかる気配を見せない。低く構えた戦闘態勢のまま、グルルルと
このままじっと見ている気? それとも家に逃げ帰る? 眼前の結界犬に話しかけるつもりになってステラは口の中で呟いた。
ヘルメスのダンジョンに侵入してきた結界犬の数は51体。そのうち16体を倒したから、残り35体。全体の3割弱を倒したことになる。
これだけの損害を与えたのだ。敵が退却したとしてもおかしくはない。むしろ退却して欲しいというのがステラの本音だが、それは敵指揮官の判断次第といったところか。
敵指揮官と思わしきバター男爵は、敵隊列の最後尾に貼りついたまま動いていないようだ。(無論、ステラがバター男爵の姿を見ているわけではない。スキル〈ステータスチェッカー〉による、敵の現在位置把握と頭に入っている第1階層の地図を照合した結果である)
いったい敵の指揮官は何がしたいのやら。さっさと引いてもっと強い魔物を連れて来るなりすればいいのに。とまだ見ぬ指揮官に胸の内で毒づく。
ひょっとしたらあれかしら。敵の指揮官さんは、出来たてホヤホヤのダンジョンなんか、簡単に捻り潰してくれましょう。援軍? 必要ありません。私の兵だけで十分です。とか言って出てきちゃった有能ぶってる無能さんなのかな? 兵の命とプライドを天秤にかけちゃうタイプの。それでいてプライドの方に皿が傾いちゃうタイプの。
こうなったら
って命令をいつ下そうか悩んでるのかも。
ふふ。そうしてくれると助かるな。今は全滅させる気はなかったけれど、これからもっと強い魔物が来るなら、経験値は出来るだけ稼いでおいたほうがいいに決まっている。
ステラはくすりと口元を歪め、眼前の結界犬に殺気を孕んだ冷たい視線を注いだ。
ステラの視線を浴びた結界犬はビクリと全身を震わせ、「み、見てんじゃねえぞ、お前なんかこわくねえ!」とでも言いたげにキャンキャン吠えた。
その様子を見てステラは断定する。敵の士気はすでに地に落ちた、負ける要素はない、と。
*
なんやかんやで、ステラが16体もの敵を撃破した。敵の群れはそれにビビってしまったようで戦況は、
ステラの方は少し余裕がでてきたようだ。残り36体近い敵がダンジョン内に残っているが、増援部隊が来るわけでもない。ステラに襲いかかるでもない。現状維持のにらみ合いが続いている。ちょっとしたきっかけでこの膠着は崩れるのだろうが、とりあえず今は小休止のようだ。
正直。あんなにステラが強いとは思っていなかった。いや、強いとは思ってはいたのだがここまでとは。あんなにも躊躇なく、敵の命を奪うとは。他になにか方法はなかったものか……。とヘルメスは考えたが、殺害以外の選択肢を思いつくことはできなかった。
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