第四話 のろい主
「てめえ!! 何ヘラヘラしてんだ!!」
森部高等学校――、その校舎裏にまさしくチンピラそのものの罵声が響く。それを発しているのは、髪を茶色に染めたいかにもの不良生徒である。
「ははは……いや、なんていうか……」
その不良生徒を含む数人に囲まれ――、それでもにこやかに笑っているのは、誰あろう”いじめられっ子”である羽村誠である。その笑顔はひきつった笑いというわけでもなく、とても穏やかに――しいて言うなら孫を見る祖父のような穏やかな笑顔であった。
「てめえ……、本気で俺を怒らせると……」
罵声を発している不良生徒はその手にナイフを握り、それを羽村誠にちらつかせて威嚇している。それを見ても羽村の穏やかな笑顔は変わらず――、しかし、楽し気な口調で言葉を発した。
「あのさ――」
「あ?」
「
「は? 何言って……」
「当時の
「は……あ?」
「おかげで母ちゃんには、情けないって言われてさ――。……わかるか?」
羽村はにこやかに笑いながら、こともなげに不良生徒からナイフを取り上げる。
「あ!! てめえ!!」
「人に向ける刃物は殺しの道具だ――、人を殺すっていうのは、お前らがガキどもが考えてるほど簡単じゃなく――、とてもキツイものさ。――それに、後戻りが出来ない」
「てめえ!! 返せ!!」
羽村はイキる不良生徒の喉にナイフを押し当てて言う。
「喧嘩がしたいなら拳を使いな……。刃物はダメだ――、少なくとも
「う……ぐ」
「かつてのトラウマでな――、切り殺された瞬間が思い出せるのさ……。三木合戦――”
「あう……」
あまりの事態に不良生徒はその場に座り込む。羽村はそれを見て、いたってにこやかに笑いながらため息をついた。
羽村が手にしたナイフを不良生徒に返すと、その不良生徒を含む全員が、羽村を気味の悪いものを見るような目で見ながら退散していく。――そこに近藤が走ってきた。
「おい!! 羽村!! 大丈夫――か?」
「遅かったな近藤――、集会は終わりだぜ?」
「むう……、どうやら追い返したようだな」
「ははは……当然だぜ? いくら軟弱ボウヤな今の
「……、お前、本当に羽村なのか?」
近藤はジト目で羽村を見る。羽村はにこやかに答えた。
「ははは……本当に羽村誠だって。前世の記憶があるから、その経験が
「まあ……、アイツらを撃退できるようになったのは良いことではあるが」
「つまらんか?」
「そんなんじゃねえ」
近藤の困惑顔に羽村は笑顔で返す。ここ数日、こんな調子で羽村はいじめっ子をあしらい続けている。それは、近藤にとっては良いことではあるが――。
「まだ……
「そうなら――、俺は」
「ふ……、お前は本当に
「でも……」
「お互い様って言ったろ? 俺は――、かつてお前を殺そうとしたんだ」
「……」
近藤はここ数日の会話で、羽村にかつての自宅の火事が羽村の仕業であることを聞いていた。それは驚くべき事実であったが――。
「俺は恨まれて当然のことをしていて……」
「だから殺されていいってか? 本気で言うなよ?」
「……」
「いくら心を入れ替えたからって、今のお前は自罰が過ぎるぜ?」
「でも――」
それは近藤にとって大切な誓いからくること。だから辞めるつもりはなかった。
「なんとも……、生きづらい奴だな」
呆れた顔で羽村は近藤を見つめた。
「で? ――あの堀尾は今何してるんだ?」
不意に羽村が話題を変える。数日前に呪詛を受けて暴走したいじめっ子の話題である。
「ああ……、アイツは今病院に入院している。全身の靱帯や筋肉がボロボロになってて、数か月――下手をすると一生起き上がれなくなるって」
「そうか――、もうちょっと早く解呪できてればな……」
「……”解呪”か――、お前本当に妙な力が使えるのか?」
近藤が困惑の表情で羽村を見つめる。羽村は真面目な表情になってこたえた。
「本来は――、お前みたいな一般人には話したらダメなんだが……、お前にはこれから
羽村はそう言って近藤の肩に手を置いてさらに話を続ける。
「
「蘆屋流――陰陽道……」
「俗にいう呪術――、呪法と言ったモノだ」
その羽村の言葉に近藤は息をのむ。本来なら信じられない荒唐無稽な話であるが――、彼は身をもって経験している。
「そして――、今回堀尾をあんなふうにした外道も――」
「呪術を扱える者?」
「その通りだ――」
羽村は難しい顔になって言う。
「いいか? 今この森部市には……呪詛を扱う、呪詛師が暗躍している――。その犠牲者こそ堀尾だ」
「そうか――ならば」
「そいつを探し出して何とかしないと――堀尾の件は解決したことにはならない」
――だから、と羽村は近藤に手の平をむける。
「
「……」
「
羽村は今度は笑顔になって近藤に目を向ける。
「いいか? これからお前には――、
「……わかった。俺も堀尾をあんなにしたやつを許すことはできない」
「うむ――、で、その堀尾はその呪詛師の顔を……」
「フードが深くて顔が見えなかったそうだが――、奴はとりあえずの名を名乗っていたらしい」
「ほう……」
その次の近藤の言葉に……、羽村は深く頷いて決意の表情を見せた。
――その名を”のろい主”、と――。
◆◇◆
――奔れ、奔れ、その命の絶えるまで。
奔れ、走れ、思うさま――。
お前の望みは叶えられる――、その命尽きるまで、その想いを遂げるがいい。
――「
その
それこそが、お前の心からの望みであろう?
――
さあ――喜びのまま、闇を奔れ――。
――そして、……。
――その想いを――、喜びを我に捧げよ――。
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