やわらかい月

ころっぷ

やわらかい月

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先ず始めに目を疑った。次に何かのドッキリかと思った。

直ぐに思い直して何が起きているのかを必死に考えた。

初台にある小さなギャラリーで偶然目に止まった1枚の絵を前にして、

三崎巧は立ち尽くしてしまった。

以前一緒に仕事をした事のある装丁家の企画展の為に午前中からそのギャラリーを訪れていて、ふと隣の展示室で名前も知らない画家の展示をしているのが気になって覗いてみたのだった。

いくつかの風景画の前を特に気に留めるでもなく通り過ぎた。

他に客の姿は無く、薄暗い照明に浮かび上がる額の中の風景はどれも寂しい様に感じた。少し退屈を感じて早々に切り上げようかと思い、

足早に進んだ最後の展示スペースの正面の壁でその絵は巧を待っていた。


【やわらかい月】2017年 油彩 キャンバス


画面の両側には稲刈り後の田園が描かれていて、

その真ん中を真っすぐ畦道が伸びている。

そこらに点在する灌木は弱々しく冬枯れていて、何とも寂しい風景だ。

日は落ちかけ、画面は全体的に暗い。 

真っすぐ伸びる畦道の先に、

怖い位に大きな満月が赤黒く光って浮かんでいる。

その道の中程に一人の少年の姿が認められた。

後ろ姿だが先を急いでいる様で危なっかしく、

今にも悪路に足を取られて転びそうだ。

巧はこの絵を見た事があると思った。

いや、絵を見たのではなくてこの風景を見た事があるのだ。

絵の前で必死に思い返す。ここはどこだったか。

いつ見た風景なのか。

思い出せそうで、中々要領を得ない。

キャプションに書かれた絵のタイトルを目にして、突然思い立った。

これは子供の頃に何度も繰り返し見続けていた夢のシーンだ。

夢の中では何か恐ろしい事が起った後で、

暗い畦道を月明りだけを頼りに必死に何かから逃げている。

この後ろ姿の少年は巧自身だ。

絵を見ていると何から何まで夢と同じだった。

画面の右奥に描かれた小さなお堂。ボンヤリと淡く光って見えるのは、

正月を迎える準備でお堂に子供等が集まってお囃子の稽古をしているからだ。

遠くに描かれている雪化粧の山の峯も、郷里で毎日眺め見た懐かしい姿だった。

夢の中の巧は、どうしてか赤黒い月に救いを求めている。

しかし悲しい気持ちと、恐ろしい思いで必死に月に向かって歩を進めていると、

突然目の前の大きな満月がぐにゃりと歪んでしまうのだ。

酷く裏切られた様な、絶望的な気持ちで何時も巧は目覚める。

巧はもう一度この絵を書いた画家の名前を確かめる。

それは通路の壁に赤い字で大きく書かれていた。


【内田凛 絵画展】 ~記憶の源泉~


その画家の名前は聞いたことがなかった。

巧は美術雑誌の編集の仕事を経て、今はフリーの美術ライターをしている。

当然、国内外問わず画家の名前には詳しかったが、初めて聞く名前だった。

一体何が起きているのだろうか。偶然などというレベルの出来事では無い。

こんな事は絶対に起るはずが無いのだ。

巧は鞄から手帳を取り出し、画家の名前と絵のタイトルを急いでメモした。

それまで特に気に留める事のなかった他の絵も確認する為に順路を逆走した。

あの月の絵以外に見覚えのある景色は無かった。

どれも油彩の風景画だったが、入口付近に掛けられた小振りの額には画家の自画像があった。長い黒髪の伏目の少女だった。

学生服を着た少女は真っ暗で何も映っていない不思議な鏡の脇に立っている。

全体的に暗いトーンの絵だが、何故か印象に残る作品だと巧は思った。

暫くその絵に見入っていたが、午後は人と会う約束があったので巧は後ろ髪を引かれる思いで展示室を後にした。


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去年の今頃には、こんな状況を予想していた人間など一人もいなかった。

聞き慣れない感染病の猛威は瞬く間に日常を変えてしまった。

巧が妻の病気を知らされた時、既に病院の面会は家族であっても難しい状況になっていた。病床数が逼迫する中、何とか自宅から車で30分の国立病院に妻が入院する事になって、一息付いたと思ったタイミングで今度は妻の妊娠を知らされた。

先の見通せない状況だけに巧は思い悩んだが、妻は断固として子供を出産すると言い張った。幸いにも妻の病気は命に関わるものでは無く、出産においても支障は無いという事だったが、巧は度重なる心労に疲れ果てていた。

「こんな時だからこそ、私は産みたいの。このタイミングにはきっと大きな意味があると私は思うの」

妻はその日も病室で強い決心の表情を見せて言った。

巧は妻のその表情を前に、何も言い返す事が出来なかった。

妻が自分に負けず劣らず意思の強い人間である事を知っている。

引く事も押すことも常に真剣な人だった。

巧が大手の出版社から独立を決めた時も、妻は何も言わずに付いてきてくれた。

何事にも曖昧を嫌い、打算を避け、信念に基づく人間だった。

「君が産むと決めたのなら、俺は全力で君を支えるよ」

巧はそう言い残し、追い立てられる様に病室を後にした。結婚して3年半。

妻は美大出の彫刻家で、巧とは取材する側とされる側として出会った。

初めて会った時の事をよく覚えている。

互いに自己紹介をした時、

彼女の名前が美咲だと聞いて自分の苗字と同じ読みだと反射的に思った。

彼女も巧の三崎という苗字を聞いて少し微笑んだ。

「もし、私があなたと結婚したら三崎美咲。中々面白いですね」

そう言っていた美咲の予言は現実のものとなったのだ。

何事にも前向きで、常に周囲を明るく照らす様な人柄に強く惹かれた。

彼女の作る彫刻は、動物と植物を融合させた独特なスタイルで注目を集めていた。

牡鹿の角が樹木の枝になり、樹木の根が無数の蛇になった。

海外の収集家からも作品のオファーが届く様な彼女の活躍が、

巧の独立にも強い刺激となっていたのだった。

病院のタクシー乗り場から、美咲の病室の辺りの窓を振り返って仰ぎ見る。

あの細く小さな体のどこからあんなエネルギーが湧いてくるのだろうかと巧は思った。

巧にとって美咲は、どこまでも不思議で捉え所の無い存在のままだった。


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師走の気忙しさに押し流される様な思いで、巧は錦糸町の街でタクシーを降りた。

午後6時を少し過ぎていたが、クリスマスのイルミネーションと色とりどりの看板が、街を真昼の様に明るくしていた。裏通りの一角に、階段で地下に降りる馴染みのバーがある。

巧は出版社時代の同僚である立井優とそこで待ち合わせをしていた。

重い鋼鉄の扉を押し開け、店内を見廻すとカウンター席の一番奥に、

立井は既に腰を下ろしていた。

「悪い、道が混んでて。待たせたな」

既に中身が半分になっている立井のグラスを見て巧が言った。

「おお、久し振り。俺もさっき来た所だよ。お前、少し瘦せたんじゃないか?」

立井は巧の2歳年上だったが出版社では同期で、

同じ雑誌の編集を担当していた事もあってよく飲み歩いていた仲だ。

カウンターとテーブル席が3つだけの小さな店は、

ほぼ満席状態で熱気に満ちている。

「仕事はどうだ?食っていけてんのか?この間のウェブの記事読んだよ。良く書けてたけど、写真がひでーなぁ。あれお前が撮ってんの?」

立井は何事も裏表なくハッキリと物を言うタイプだ。

自分とは正反対とも言えるそんな性格の立井とは、

何故か最初から馬が合ったのだった。

「写真じゃなくて文章で勝負してんだよ。写真は補足だ、あくまでも。お前の方は?最近どうなの?」

巧が煙草に火を点けながら言った。

徹底的に迫害を受けている昨今の嫌煙風潮の、

最後の砦として愛煙家に有名なこのバーの店内には、

今日も紫煙が深く垂れ込めていた。

「相変わらずだよ、うちの雑誌は。有名評論家様方の顔色窺って、右に倣え左に背けだ。お前の記事読んで羨ましがってるのは俺だけじゃないぜ」

立井も煙草に火を点ける。

溜息と共に吐き出された煙は懐かしい赤ラークの香りだった。

「フリーのライターなんて吹けば飛ぶ様な存在だよ。やってみて分かったけど、返って身動き取れないもんだ」

巧は新卒で入った出版社に6年間務めた。独立したのが2年前。

旧態依然とした雑誌の風潮から自由になりたくて辞めたのだったが、

大手の食い残しを拾って仕事をしている様な現状に閉塞感を持っていた。

「理想を追うのも楽じゃねぇって所か。世間は狭いしな。ところで美咲ちゃんはどうなの?入院長くなるのか?」

立井とは美咲も交えてよく飲んでいた。

その昔新進気鋭の彫刻家として売り出し中だった美咲の評価を決定づけた記事を書いたのも立井だった。

「さっきまで病院にいたんだ。本人は至って変わらずだよ。年明けに手術の予定なんだけど・・・・実は、妊娠してるんだ、美咲」

「えっ、そうなのか。でも手術するって事は、その大丈夫なのか?」

立井は何故か急に吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。

こういう所がこの男の良い所だと巧は思った。

「ああ、大丈夫。まだ4か月だから。年明けに手術しても、出産は5月位。医者も問題無いって言ってる」

「そうか。そりゃ良かった。いや、おめでとう。ビックリしたよ。そうか、良かったなぁ。あっ、そうだ。飲み物頼めよ、お祝いに奢るぜ」

「おお、ありがとう。じゃあお前と同じの貰うよ」

「マスター、これ同じの2つね」

立井がカウンター越しにバーテンダーに声を掛けた。

「ああ、そうだ。この前の件、調べたぞ。内田凛だっけ?若い画家の」

立井がまた煙草に火を点けながら言った。

2人の前にグラスが2つ置かれた。

「うん。悪いな、忙しいのに調べて貰って。ネットでは何も出て来なかったんだ。何か分かったか?」

立井が鞄から手帳を取り出す。

「ああ、1998年生まれの24歳。富山県出身で、コンクール等の受賞歴は特に無く、絵は独学。あの初台のギャラリーで過去に3回絵画展をしているらしい。主催は個人収集家だという事で情報が殆ど無い。約30点の風景画は全部その主催者の個人コレクションだそうだ。」

「その主催者の連絡先は分かるか?」

「ギャラリーはその辺の個人情報は教えてくれなかったけど、多分分かると思う。そこは少し時間をくれ。調べてみる」

「すまないな。ありがとう」

「でも本来、絵を売る為にギャラリーで展示する訳なんだから、主催側が表立たない意味が分からない。少なくとも積極的に絵を売る気は無いって事だよな」

立井はグラスの中身を一気に飲み干し大きく息を付いた。

元来酒に強い男だった。

「でも何でその内田凛っていう画家を調べてるんだ?それ程凄い絵だったのか?」

立井に夢の話をする訳にもいかない。

巧は他人を煩わせる様な事を安易に持ち掛けるのは不徳だと考えていた。

長い付き合いの立井に対してでさえ、一線の区切りを持って接している。

「いや、ちょっと気になる絵があってな。若手の画家の特集記事みたいなものを考えてて」

巧は嘘が下手な男だったが、それに気が付いても立井は何も詮索しない。

2人の間では長年の暗黙のルールの様でもあった。

「そうか。とにかく何か分かったら直ぐに連絡するよ」

「ああ、ありがとう。恩に切るよ」


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北風が身を切る様な冷たさだったが、巧は新小岩の南口から20分掛けて自宅のマンションまで歩いた。

久し振りに酒を飲んだので少し酔いを醒ましたかったのと、

その日が丁度満月だったからだ。

自宅のそばには小さな川に沿って緑道が延びている。

その木々の間から大きな月が見えた。空気が澄んでいて雲も無く、

月は光の尾を引いてどこまでも巧の歩みに沿って付いて来ている様だった。

夢で繰り返し見た月は赤く、恐ろしい位に巨大だ。

地平線のすれすれに浮かび、街灯も何も無い畦道をまるでスポットライトの様に煌々と照らし出していた。

何故今頃になってあの夢を思い出させる様な絵と出会ってしまったのか。

もうすっかり忘れてしまっていたのに。

あの日初台のギャラリーに行かなければ。

不意に隣の展示室など覗かなければ。

二度と思い出す事が無かったかも知れないと言うのに。

巧は暫く月を眺め、すっかり冷えてしまった体を震わせながら、

自宅のマンションのエントランスに逃げ込んだ。

  

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病室の窓からは満月が見えた。美咲は眠れずにいた。

病気が分かってからは生活の輪郭がボヤけてしまった様に感じる。

作りかけの彫刻。読みかけの本。

冷蔵庫には食べかけのカステラすらあったはずだ。

一時停止ボタンを急に押された様な状況を前に、

美咲はただただ無力さを感じていた。

昼間の巧の様子は彼女にとっては予想した通りだった。

巧はいつだって自分の意見よりも相手を尊重する。

それは彼の優しさと言える部分であったが、美咲にとっては相手の本心を計り得ない事は不安でもあった。

今頃巧もこの月を見ているだろうか。

多分、見ている。

新小岩のマンションの近くの緑道からはきっと綺麗に見えるはずだ。

巧と初めて会った時、美咲は何故かこの男と結婚すると思った。

そんな事は勿論初めての事だったし、理由も分からなかった。

更に加えて特に好みのタイプと言う訳でも無かった。

最近、やけにその時の事を思い出す。大手出版社の美術雑誌の取材。

互いに緊張していた。

半年程付き合って巧からプロポーズされた時、何の迷いも無く受け入れた。

巧はとても用心深い人間だと思う。

確信の持てない事に不用意に手を出す事は決して無い。

そんな堅実な男から信頼されている事が素直に嬉しかった。

自分の作品が賞を取ったり、買い手が付いたりする度に、

巧は自分の事の様に喜んでくれた。私はとても恵まれている。

美咲はそんな風に思っていた。

そんな中、時折巧の表情に陰りが見える時がある事に気が付いた。

仕事で疲れているのかと思っていたのだが、それが定期的に訪れるのが気になった。

何時もの巧が落ち着いた思慮深い人間だけに、

その夜が来ると人が変わった様にそわそわしているのが目に付くのだ。

そう、それは必ず満月の夜に起るのだ。

何度も理由を尋ねたが、本人には自覚が無いらしい。

いつも通りだよと返されてしまう。

まるで狼男の様だと美咲は思った。

ある時、巧と付き合いの長い編集者の立井優にそれと無く尋ねた事があった。

巧の憂鬱の根拠に心当たりは無いかと。

その頃には美咲は本気で巧の事を心配していたのだった。

立井は美咲の真剣な表情に深く溜息を付き、ある話をしてくれた。

巧が小学校に上がった年の時に、2歳年下だった妹が行方不明になってしまった。

巧と2人で家で留守番をしていた時、

少し目を離した隙に妹がいなくなってしまったらしい。

そこら中を懸命に探したが夜になっても帰ってこないので両親が警察に連絡した。

近所の住民や消防が大勢で捜索したが見つからず、警察は事件と事故の両方の線で大掛かりな捜査を開始した。

当時の全国ニュースでも大きく取り上げられて、巧の家族は悲劇の主人公として大衆の同情と好奇の目に晒された。

小学生の巧には相当なトラウマになったはずだ。立井は美咲にそう言った。

この話は美咲を激しく動揺させたが、巧の用心深い性格や、自分の事よりも他人を尊重する性質が、この出来事に由来しているのかも知れないと思った。

恐らく妹の失踪に責任を感じ続けているのだ。

立井の考えではこの出来事が満月の夜に起ったので、巧の深層心理に本人には無自覚のまま影響を与えているのではないかという事だった。

きっと巧は今日もいなくなった妹の事を考えている。

窓の外の月は一層明るく光り、街をやさしく照らしていた。


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金沢行きの新幹線はくたか553号が東京駅の21番線ホームに入ってきた。

年末だというのに人影はまばらだった。

これも例の感染症で旅行が自粛ムードになっている影響だ。

巧は1週間分の仕事を3日で終わらせ、無理やりスケジュールを明けて旅の人となった。

5日前に立井から連絡が入り、個人収集家との連絡が付いたのだった。

その男の名前は高木保といった。

所謂画商の様なビジネス収集家では無かったので、立井も彼に辿り着くまでに時間が掛かったそうだ。

巧が教えられたメールアドレスに連絡を入れると直ぐに返事が来た。

富山まで来られる様だったら、会っても良いという事だった。

美咲の手術を翌週に控え、仕事も立て込んでいたのだったが、

巧は居ても立っても居られずに旅支度をした。

あの日以来、毎晩赤い満月の夢を見続けていたのだ。

新幹線が東京駅を定刻通りに出発すると、巧はノートパソコンを開いて書き掛けの原稿に取り掛かっていたが、気が付くと眠ってしまっていた。

富山駅に着くのは午前10時半頃の予定だったが、うたた寝から起きる度に新幹線は長いトンネルの中で、巧は混濁した意識の中で今が朝なのか夜なのか分からず混乱してしまった。

もう何年も帰っていない仙台の実家に帰省している様な気にさえなり、

自分の体と心の疲れに驚いてしまった。

窓の外は何時の間にか一面の雪景色に変わっていた。

遠くの山も近くの街並みも雪が眩しく太陽の光を照り返している。

巧は富山で絵の収集家と会って、何を聞きたいのか自分でもよく分かっていなかった。

あの赤い満月の絵は、私の夢の絵だとでも言うのだろうか。

自分でも馬鹿げた事をしていると思っていた。

美咲の事や、これから生まれてくる子供の事を思えばこんな事にかまけている場合では無い。

しかしあの絵と出会ってしまった今、巧はどうしても知らなければならないと感じていた。

遠い過去に起きてしまったあの事件の意味を。

ずっと目を背けてきた事に向き合わなければならないと。

幼いままの妹に呼ばれている気がしたのだ。

巧はあの日、家族や近所の人達が夜通し妹を探している時に、実家の自分の部屋の窓から赤黒く光る大きな満月を見た。

近所のお堂から微かに聞こえてくるお囃子の音色を聞いた。

母親から妹を見ている様に言われて留守番をしていたあの日。

目を離したのはほんの数分だったろう。

家の中を探しても、庭を探しても妹はいなかった。

近所を探し回っている内に日が暮れて辺りが真っ暗になり不安で圧し潰されそうだった。

少し離れた所に住む伯父の家に辿り着いた時、

巧は泣きじゃくりながら妹がいなくなった事を告げた。

全ては自分のせいだと思った。

取り返しの付かない事をしたと思った。

現実は残酷だった。警察や消防の捜索の甲斐も無く妹は見つからなかった。

あれから20年以上の時が経ち、世間が事件の事を忘れても巧にとっては少しも色褪せない景色のままだった。

妹がテレビを見ていた後ろ姿。

その朝お腹を壊して泣いていた妹の顔。2人で育てていた庭の花壇の朝顔。

絵を書くのが好きだった妹が巧のお気に入りのノートに落書きをして喧嘩をした事。一つも忘れる事が出来なかった。

幼くして突然居なくなってしまった妹の記憶は巧にとって忘れる事の許されない風景だった。

富山駅に着いた時、巧は何年もの月日が自分の体内で過ぎ去ってしまった様な疲労を感じていた。

いくつものトンネルを潜り、否応なく進行方向に運ばれた自分の肉体が、

何かあがなう事の出来ない宿命に付き合わされている様な気持ちになっていた。

それは自分で望んだ事だっただけに、引き返せないと悟った瞬間の焦りも堪えがたい苦痛を伴った。

富山駅のロータリーで市電に乗り換え雪景色の市街地を車窓に眺めた時、

自分が如何に遠い場所に来たのかを実感した。

雪国の人々は唇を噛みしめ、じっと足元を見て歩いていた。


           7


黒部川に掛かる新川黒部橋の赤い鉄橋にはもうかなり雪が積もっていた。

凛は薪を取りに勝手口から外に出た。昨日から何かの予感があり、

凛は冬ごもりの準備をする熊の様に感覚を研ぎ澄ましていた。

去年の今頃にもこの家を尋ねる者の気配がして凛は緊張していた。

その時は保が追い返したので、凛は実際に会う事が無かったのだった。

もう何年もそんな事が繰り返されていた。

白装束の立山連峰を彼方に眺める宇奈月の冬は厳しく、

身を切る寒さで全身が毛羽立つ様だった。

凛が宇奈月の山荘に移って既に7年の月日が経つ。

金沢の施設から凛を引き取って宇奈月に連れて来たのが父方の親戚を名乗る高木保だった。

今は高木の所有する別荘の管理人という名目で、ロッジ風の山荘に一人で暮らしていた。

ここの所雪が降り続いていたのだったが、昨晩はピタッと止み、澄み切った高い空に大きな満月が浮かんでいた。

凛は着込めるだけの服を重ね着して、ロッジのバルコニーにイーゼルを立て、

久し振りにデッサンをした。

渓谷に沿う糸杉の並木と、立山連峰を幻想的に照らし出す月の淡い光。

凛にとって、目の前に見える風景を書いている時は無心になる事が出来て好きな瞬間だった。何者も介在しない自分だけの世界を描いている実感を持てた。

しかし時よりやってくる記憶の混濁によるイメージの濁流が起ると、

凛は酷く混乱してしまう。

どこまでが自分の記憶で、どこからが他人の想像するイメージなのか区別が付かなくなってしまう。

凛は7歳の時に交通事故に合い、それまでの記憶の全てと両親を同時に失っていた。何も思い出す事が出来なかった。死んでしまった両親の事も、住んでいた街の事も。悲しいという気持ちも無く、寂しいという感覚も分からなかった。

毎日がただ規律正しく流れていく中で、新たな記憶の蓄積に対する感慨も全く持つ事が出来なかった。

そんな中、施設でのリハビリの一環として絵を書く治療を行う事になり、

凛の描いた絵に医師やスタッフは驚かされる事になる。

そこに描かれていたのは、凛が見た事も行った事も無いはずの風景。

それが信じられない程の正確さで描写されていたのだ。

描いた本人もそこがどこの場所なのか分からなかった。

凛は絵を描いていた間、頭の中に写真を張り付けられた様に景色が留まり、

その景色を画用紙に写し取っただけだと言った。

その絵にはどこかの街の商店街が緻密に描かれていた。

行き交う人々も実に細密に描かれ、画面中央には母親に手を引かれた少年の後ろ姿。少年はぬいぐるみ型のリュックを背負い、母親の手には大きなボストンバックが持たされていた。

遠くのビルの間から夕日が差し込み、親子の長い影を歩道に伸ばしていた。

この絵を見た瞬間、凛を担当していた初老の男性医師の表情が一変した。

「これは、どういう事だ」

何か恐ろしいものを見た様な険しい顔で男は凛に詰め寄った。

普段は温厚で声を荒げる事など決して無かった医師の、

その取り乱し方は異様な程だったらしい。

凛には何を聞かれても分からない事ばかりだった。

頭に張り付いた写真の景色が、自分の記憶なのかそうで無いのか、

分かるはずがなかったからだ。

後に男性医師は凛の絵を見た時の印象を高木保に聞かれてこう答えた。

「あれは私の幼い頃の記憶だった。街の風景もそのままだった。私の手を引いて母はあの日家を出た。そんな筈は無いと何度見返しても、あれは私だった」

そんな不思議な事が何度かあって、凛は絵を描く事が怖くなって止めてしまったのだった。


           8


富山駅から路面電車に揺られ20分程の停留所で巧は電車から降りた。

遠くに海が見える。反対方向を見渡せば信じられない程に存在感のある立山連峰が街を見下ろしている。まるであの山が世界の行き止まりの様だと巧は思った。

高木保が経営する建築事務所がこの近くにあるはずだった。

通りを少し入った所にコンクリート3階建ての洒脱なビルがあった。

高木建築事務所の看板が出ている。間違いなさそうだ。

巧は1階の事務所の扉を開けて中に入り、カウンターの上にあったブザーを押した。間も無く奥のパーテーションの向こう側から初老のスーツ姿の男性が現れた。

「初めまして、ご連絡させていただいた三崎と申します。お忙しい所、お時間を頂きましてありがとうございます」

巧は手早く名刺を取り出し高木に差し出した。

「どうも、はるばるお越し頂きまして。高木と申します」

高木も内ポケットから名刺を取り出し、巧に手渡した。

肩書は高木建築事務所・取締役とある。一見して仕立ての良いスーツだと分かる。

皺一つ無い上着からは微かな香水も漂う。

地方の建築事務所の社長というには妙に垢抜けた雰囲気だった。

「どうぞ、奥に応接室がありますので、こちらです」

事務所は至って普通の会社の様だ。高木以外に人はいなかった。

5つ程のデスクが間隔を開けて並び、

それぞれにデスクトップの端末が置かれている。

壁には大きなホワイトボードがあり、細かく工程表が書き付けられ、

何人かの社員の行動予定も記入されていた。

応接室はかなり豪奢な設えで、

革張りのソファーとアンティークの飾り棚が目を引いた。

「どうぞ、お掛け下さい。コーヒーで宜しいですか?」

「ありがとうございます。頂きます」

高木が応接間を後にした。西側の壁に風景画が掛けられている。

巧にはそれが一見して内田凛の絵だと分かった。

大きな川が中央に流れている市街地の絵だった。夕日が川面に映っている。

堤防に自転車に乗った学生の姿がある。

河川敷には菜の花が一面敷き詰められ、家族連れやカップルの姿などが描かれていた。

「それも凛の絵です。三崎さんが御覧になられた初台のギャラリーにあった絵よりも、もっとずっと以前に書かれたものです」

高木がコーヒーカップを2つ持って部屋に戻ってきた。

「ギャラリーでは主に油彩でしたが、これはデッサンですね。よく書けてる。構図も印象的だし、近景の描き込みも丁寧ですね」

巧は素直に感じたままを言った。

「三崎さんは美術ライターと伺っておりますが、御専門は油絵ですか?」

高木がコーヒーカップをテーブルに並べながら言った。

「元々雑誌の編集をやっていたのでジャンルは様々です。彫刻や現代アートについても書きますし、作品の古今東西にもこだわりません。言ってしまえば広く浅くの何でも屋と言った所です」

特にフリーになってからはこだわりなどと言っていられる立場では無いと、

巧は心の中で続けた。

「凛の絵は三崎さんにはどう映りましたか?わざわざ富山にまで来られるという事は何か感じる所がお有りという事でしょうか」

高木の口振りには内田凛との個人的な関係を匂わせる所があった。

「勿論興味を持ったのですが、ネットでは何も情報が得られませんでした。それで絵の所有者である高木さんにお話を伺いたいと思って今日はお時間を頂きました。失礼ですが、高木さんは画家と直接の面識があるのでしょうか?」

巧は早速本題に入った。巧の目的は画家本人にある。

何の手掛かりも無い状況で無ければ勿論富山になど用は無いのだ。

「凛はとても複雑な事情があって私の保護下にあります」

高木が真っすぐ巧の目を見て言った。

「保護下・・・ですか?」

巧は意味の良く分からない表現だと思った。

「三崎さんもお忙しいと思いますので単刀直入にお話しします。私は凛の父親方の遠い親類に当たります。凛の家族はここから少し離れた高岡市という所に住んでいました。私はずっとここで建築に携わる仕事をしていまして、凛の家族とは特に面識は無かったのです。しかし凛が7歳の時、家族と乗っていた車が大型のトラックに衝突されまして、両親共に亡くなってしまったのです」

高木はゆっくりと落ち着いたトーンで話した。

巧は元より記事の為の取材では無いので、メモなどは取らずに聞いていた。

「そして凛自身も重篤な状態で病院に運ばれました。一命は取り留めたものの、家族を失い祖父母ももう無く、児童養護施設の預かりになったそうなのです。私が凛の存在を知ったのは本当に偶然でした。この絵に出会ったからなのです」

高木は応接間の壁の絵をもう一度眺めて言った。

「この絵ですか?」

「三崎さん、あなたもここまで私を訪ねて来たという事は、凛の絵に何かを感じたのでは無いでしょうか?きっと初台のギャラリーに展示していた絵の中にあなたの絵があったはずです」

高木ははっきりとあなたの絵と言った。

巧はここ数日間、自分の心を捉えている得体の知れない物に急に近付いた気がした。

何かが始まる予感がそこにはあった。

「最後の・・・あの展示室にあった絵を見た瞬間に私は目を疑いました。赤い月が畦道の向こうに大きく描かれているあの絵です。あれは多分、私の絵だと思います」

巧はその時、あの日の自分が体験した衝撃を初めて他人が共有してくれるかも知れないという喜びすら感じて話していた。高木は相変わらずじっと巧を見詰めていた。

「あれは私が小さい頃から繰り返し見ていた夢の景色なんです。私はあの夜、2歳下の妹を必死で探していました。両親が出掛けていて私は妹の事を見ている様に留守番を任されていました」

巧はその時なぜ初対面の人間にこんな事を話しているのだろうかと心では思っていた。

しかし一旦、堰を切ってしまうと自分でもそれを止める事が出来なかった。

「ほんの数分間目を離していた隙に、妹は居なくなってしまいました。夜になっても、次の日の朝が来ても、街中の人が探しても見付からなかった。それからずっと、法律上は死亡と見做され、両親ですら諦めてしまった妹を、私はずっと夢の中で探し続けているんです」

高木が突然、座っていたソファから立ち上がり部屋を後にした。

1人残された巧は茫然としていた。

長年自分でも蓋をしていた感情が一気に吹き出し、全身が高揚していた。

暫くして高木が額を抱えて戻って来た。

「三崎さんの絵はこれですね?」

高木が飾り棚の前に立て掛けた絵は正にあの赤い月の絵だった。

「三崎さん、凛は交通事故の後遺症で記憶を失いました。それまでの自分の人生を失ったんです。何も覚えていない彼女には悲しみも喜びもありませんでした。あらゆる感情に通ずる道が断たれてしまった様な状態でした。そんな彼女が突然、まるで見て来たかの様な細密な風景画を何も見ずに描き始めたらしいのです。それが事故から半年位の事だったそうです」

高木は凛の絵にじっと見入り、遠い記憶を呼び起こすように言葉を絞り出した。

「更に不思議だったのは、その凛が知るはずもない風景が誰かの記憶の風景だった事です。リハビリで描いた最初の絵はその担当医の子供の頃の記憶の風景でした。同じ施設の子供が親に監禁されてたアパートの部屋を描いた事もありました。それは凛と直接関わりがある人間の記憶に限らず、職員の家族や、会った事も無い人の夢の中の風景を描いたりした事もあったそうです。そして私は偶然、その金沢市内の施設の改装工事に携わった時に、凛が描いたこの絵に出会ったのです」

高木は壁に掛けられた河川敷の絵を見た。

「この堤防の自転車の少年は私です。河川敷で戯れているこの家族は私の母と、その不倫相手の親子です。私はある日母の後をそっとつけてこの河川敷で仲良く遊んでいる彼等の姿をずっと見ていました。私には忘れられない光景です。この絵は何から何まで私の記憶通りでした。そしてこの絵を描いた当時12歳の少女が私の遠い親戚に当たる事を知って、彼女を引き取ろうと思いました」

巧は高木の話に引き込まれていた。全く信じられない様な突飛な話だったが、

この赤い月の絵を目の前にすれば納得出来る。

ここまで来た甲斐はあったと強く感じていた。

「凛は結局高校を卒業するまで施設にいて、その後は私の所有する山荘で暮らしています。ここからは電車とバスで2時間と掛からない距離です。しかし凛は誰とも会いたがりません。凛の絵は余りにもその絵に思いを寄せる人間にとって力が強過ぎるのです。それは時に当事者を不幸にしてしまう事にも成り得ます」

「しかしそれなら何故高木さんは凛さんの絵をギャラリーで展示したのですか?少なくとも絵を売る様な目的には思えなかった。何か理由があるんじゃないですか?」

巧は執拗に食い下がった。こんな中途半端な気持ちで帰る訳にはいかないと思った。

「私がやっている事は、全て凛の為です。そしてそれは凛の知らない事でもあるのです。余りにも多くのものを失ったのに、凛は他人の多くのものを背負わされてしまっていた。凛が他人の記憶の受け皿にならずに自分の新しい人生を築いていける様に、絵をその本来の所有者に返す事は出来ないかと思ったのです」

高木はそこまで話終えると深く息を吐き、コーヒーを一息に飲み干した。


           9


夜中に目が醒めて、そこが病院では無く自宅の寝室である事に気が付くと

美咲は何故か落ち着かない気持ちになってしまった。

手術が無事に終わって経過も順調という事で、

一昨日退院して新小岩のマンションに戻って来た。

巧の運転するアウディA3で自宅に着いた時、

美咲は何年も留守にしていた我が家にやっと帰ってきた様な気がした。

実際は2週間の入院だったのだが、

何かが以前と変わってしまった様に感じたのだ。

冷蔵庫のカステラには見事にカビが生えていた。

美咲は隣で眠る巧を起こさない様に気を付けながらベッドから抜け出て

リビングのソファに腰を下ろした。

手術の前日、病院に来た時の巧の顔を見て美咲は心底驚いてしまった。

どんなに締め切りに追われて徹夜続きになろうと、

あんなに疲れ切った巧の顔を美咲は見た事が無かった。

「一体この数日の間に何があったのだろうか」

美咲は自分の病気の事や妊娠の事が分かっても気丈に振舞っていた

巧の身に、何かが起ったのだと確信していた。

静まり返った部屋の中には冷蔵庫のモーター音が低く響いている。

美咲は病室の窓から大きな満月を見たあの日以来、

同じ夢を毎晩の様に見ていた。

痛み止めの薬の影響かとも思っていたのだが、

それはとても奇妙な夢だった。

広葉樹が生い茂った森の窪みに、月の光が真っすぐ落ちてきていて

眩しい位に辺りを照らしている。美咲は1人で森の茂みから、

その窪みの光を眺めている。月の光は流れ落ちる滝の様に窪みに降り注がれ、

その光に押し込まれる様に地面が沈んでいき、光の輪の大きさの穴が深く伸びていく。それはまるで古井戸の様に地面に漆黒の口を開けてしまう。

いつの間にか美咲はその穴の底から遠い夜空を仰ぎ見ている。

自分の身に何が起きたのか理解出来ずに、恐怖すら湧いてこなかった。

ひんやりとした空気と土の匂いが、夢とは思えない程にリアルに感じる。

美咲はこの場所に何度も来ていた事を思い出す。

小さい頃から何度も来ていたのに、

すっかり忘れてしまっていたんだと思う。

懐かしさに包まれて安心してしまう。

その時、足元の土が振動し始め、

見る見るうちに芽が吹き草花が信じられないスピードで伸びていく。

瞬く間に古井戸の中は植物で溢れ返り、

足の踏み場も無い様になってしまった。月の光を養分にした草木は、

穴を這い出て森を突き抜け、夜空にまで達してしまう。

古井戸の中にいたはずの美咲はいつの間にかまた茂みに身を潜めている。

目の前に大きな鏡が置かれていた。真っ黒で何も映していなかったその鏡を美咲が覗き込むと、鏡の中から樹木の枝を頭に生やした牡鹿が美咲を覗き込んできた。

「私は鹿なのか」と美咲は思い、夢はいつもそこで唐突に終わる。

この奇妙な夢が何を暗示しているのか、美咲には見当も付かなかった。

「どうした?眠れないのか?」

いつの間にか巧がリビングの壁に背をもたれ掛けて立っていた。

「ええ、少し寝付けなくて。ごめんね。起こしちゃった?」

美咲はソファから立ち上がってキッチンへと向かう。

「美咲、調子はどうだ?痛みは無いか?」

巧は昨日から同じ事を繰り返し尋ねていた。

「大丈夫。まだ少し体が言う事聞かないけど、痛みは特にないわ」

美咲も昨日から同じ様な返事をしていた。

ここの所お腹の膨らみがはっきりと分かる様になってきていた。

入院中はつわりに苦しんだが、

最近は大分落ち着いてきて楽になってもいた。

事毎に気遣ってくれる巧の優しさは嬉しいのだが、

反対に巧の顔色が優れない方が心配だと美咲は思っていた。

「巧こそ、疲れてる様に見えるけど、大丈夫なの?無理しないでね」

美咲は冷蔵庫からミネラルウォーターを出してグラスに注ぎ、

巧に手渡しながら言った。

「俺は大丈夫だよ。今月は原稿が少し立て込んでるけど目処は付いたから。来週末の検診には一緒に行けるから」

巧はそう言ってからグラスの水を一息に飲み干し、リビングの壁掛け時計を見た。

時刻は夜中の2時半を回った所だった。

「最近、変な夢を見るの。妙にハッキリと覚えていて。去年病院で満月を見た日から、どうも同じ夢を繰り返し見てるみたい」

何気ない話題のつもりで美咲は話し掛けたのだったが、

ふと巧の顔を見ると、何か恐ろしい事を聞いたかの様に目を見開いて硬直してしまっていた。

「巧?どうしたの?」

美咲は慌てて巧に尋ねた。

「いや、やっぱり少し疲れてるみたいだ。美咲もちゃんと休んだ方がいいよ」

巧はそう言うとリビングを出ていってしまった。

少し遅れて寝室の扉が閉まる音がする。

再び冷蔵庫のモーター音しか聞こえなくなったキッチンの椅子に座り、

美咲はあの日の満月をふと思い出していた。


           10


一旦止んでいた雪がまた窓に吹き付けて来た。

玄関の灯りが積もった雪に反射して辺りをぼんやりと明るくしていた。

年明けから峠の道は何度も通行止めになり、陽を感じる事も無くあっという間に1日が過ぎて行ってしまう。山間の冬は耳が痛くなる程の静けさと、

気が遠くなりそうな夜の長さが全てを支配していた。

内田凛は吹き抜けのダイニングでイーゼルに向かっていた。

煉瓦葺きの暖炉で薪が爆ぜ、凛は持っていた筆を床に落としてしまった。

先日見た満月の絵を描いていたつもりが、しばらくすると頭の中のイメージが具現化していくのに気が付いていた。これもどこかの誰かの夢なのだろうか。

キャンバスの中央に月の光を吸い込んでいる様な漆黒の穴が、

まるで忘れられた古井戸の様に口を開けていた。

頭の中に広がっていくイメージは更に奇妙な映像となって浮かんできた。

深い森の奥の、覆い重なる木々に隠される様にひっそりと存在する大きな穴。

茂みの影に、1人の少女の後ろ姿がある。

少女の視線は漆黒の穴の上を通り過ぎて、対岸の茂みの一点をじっと見詰めている様だ。

「何かいる」

そう凛が思った瞬間、玄関のチャイムが空気を切り裂くように響き渡った。

凛は茫然として、しばらく体を動かす事が出来無いでいた。

もう1度チャイムが鳴り、ゆっくりと鍵穴に鍵が入れられる音がする。

凛は目を閉じて意識を集中する。

「凛、私だ。入るぞ」

玄関に続く廊下の方から高木保の声がした。

何やら荷物を運び入れている様な音もした。

黒いダウンコートの肩口に雪を積もらせ、保がダンボールを抱えながら居間に入ってきた。

「凛、凄い雪だよ。明日辺り通行止めがありそうだからね。食料をちょっと持ってきたよ」

保はそう言って、早速ダイニングテーブルの上に缶詰やらビン詰めを並べている。

保はこうやって時折凛の様子を見に寄るのだったが、連絡無しにしかも夜にロッジを訪れるのは初めての事だった。

「絵を描いていたのか」

保がダイニングの中央に立てられたイーゼルを見て言った。

「この前の夜、月が綺麗に見えたから。久し振りに何枚かデッサンを取ったの」

凛は落とした筆を拾い、ソファに腰を下ろした。

「目に見える景色を描こうとしていたんだけど、やっぱりこれも誰かの夢なのかも。何かが私の中に入ってくる」

暖炉の火をじっと見詰めたまま、凛は呟く様に言った。

ソファの上で膝を抱えている凛を見て、保はこの山荘での暮らしが彼女にとってどんなに孤独であるかを改めて感じた。

「凛、ちょっと話があるんだが、いいか?」

保はイーゼルに掛けられた絵が見える位置にダイニングチェアを持ってきて座った。凛はじっとしたまま動かない。

「実はこの前、東京からおまえの絵を見たという男が訪ねてきた。去年の暮れに何点かお前の絵を東京のギャラリーで展示したんだ。私が預かっている風景画を中心にね。その男はある絵について、それが自分の小さい頃繰り返し見ていた夢の景色だと言っていた」

静まり返った部屋の中には、壁掛けの振り子時計の針の音だけが響いている。

凛は後ろで束ねていた長い髪を解き指で何度も梳いている。

気持ちが昂っている時の彼女の癖だった。

「あの赤い月が描かれている絵だ。どこかの田舎道を少年が1人で歩いている。男は小さい頃に突然いなくなってしまった妹を探している自分だと言っていた。夢で何度も見た景色が、寸分違わず描かれている絵を偶然見付けて、その男はとても驚いて動揺したそうだ」

凛は床に視線を落とし黙っている。

自分の描いた絵が他人に強い影響を及ぼす事には、相変わらず恐怖を感じてしまう。

「その絵も月なのね」

凛がイーゼルに掛けられたキャンバスを見て言った。

「最近、月が頭から離れないの。誰かの夢が重なり合ってるみたいに、混沌としていて、とても心細い景色で、それから何かじっと私を見詰めている視線を感じるの。それは暗い闇から出て来ないんだけど」

最後は呟くような声だったので、保には届かなった。

「凛、私はお前から預かっているあの絵をその男に譲ろうと思うんだ。あの絵はその男にとって、とても重要な意味を持っている。もしかしたら凛にとっても何か変化のきっかけになるかも知れないと思ったんだ」

保はゆっくりと、一音一音ハッキリと凛に伝えようと話した。

自分の考えを押し付ける事無く、相手にじっくりと染み込ませていくかの様な声だった。

「描いた絵はもう私のものじゃない。誰に譲ろうと文句は無いわ。その人が欲しいと思うのなら、それが一番良いと思う」

凛は静かにイーゼルの前に立った。

「私の絵がそうやって誰かの物になっていけば、身軽になっていく様な気がするし、売れたりしたらもっと助かるでしょ?」

凛は僅かに微笑んで保の顔を見た。

反対に凛を見る保の目には、微かな哀れみが感じられた。

振り子時計の針の音だけが、静かな夜を満たしていった。


            11


連休の最終日だったので、道が混んでいて少し約束に遅れそうだった。

巧は運転席の窓を少し開けて外の空気を車内に入れた。

一昨日の夜、自宅のマンションに大きな荷物が届いた。

驚いた事にそれは厳重に梱包された内田凛の絵だった。

あの初台のギャラリーで出会った赤い月の絵のキャンバスが、

今はアウディA3のトランクの中にある。車の後部シートには同梱されていたデッサンもケースに入っている。一目見てそれが内田凛によるデッサン画である事が分かった。満月の光が降り注ぐ暗い森の中で、井戸の様な穴を前にして少女が大きな鏡と向かい合う構図に巧は確かに見覚えがあった。

初台のギャラリーで見たんじゃない。

もっと前にこの絵の景色を見ているはずだと。

しかしそれが何時の事で何処でだったかを思い出せなかった。

その2枚の絵には短い手紙が添えられていた。

「2つの月は同じ月。深い穴の底から見上げる月もやわらかい月」

この簡素なメモ用紙の走り書きは、おそらく内田凛本人によるキャプションなのだろう。

何かが自分の周りで動き出しているという予感を巧は感じていた。

まだそれが何を意味するのかは分からないままに。

何故このタイミングで妹の失踪を思い出させる出来事が続くのだろうか。

美咲の病気と妊娠。巧の仕事もやっと軌道に乗り掛けた所だというのに。

毎日忙しく仕事をこなしていく中で、目の前に掛けられた橋を急に外され、

乗っていたエスカレーターが急に逆方向に動き出した様だった。

一昨日の夜も巧は上手く眠れずに、寝室の美咲を気遣いながらキッチンでウイスキーを啜っていた。その時突然、何の前触れも無く記憶がフラッシュバックした。

この森の絵は美咲のデッサンにあった構図に酷似している。

一昨年の春に行った美咲の個展。制作していた彫刻のイメージを固めていく過程で描いていた、何枚かのデッサンの中にこの森の景色があったはずだ。

美咲は彫刻を制作する時には必ずデッサンを描いて対象に近付こうとする。

あの樹木の枝を頭に生やした牡鹿を作る時の絵だ。

間違いない。

内田凛と美咲までもがこれで繋がってしまった。

巧は自分が既に、引き返せない道を随分遠くまで来てしまっている事に気が付いた。そこに不安や恐怖を感じてもいたが、避けては通る事の出来ない道である事も感じていた。

小松川のインターでやっと首都高を降りた時には、既に立井優との約束の時間は過ぎていた。船堀の川沿いに建つ、巨大なマンションの地下駐車場に車を滑り込ませた巧は、エンジンを切ると目を閉じて気持ちを落ち着かせようとした。

自分は一体何をしようとしているのだろうか。

そしてそれは正しい事なのだろうか。

巧は常に冷静に物事に対処してきたつもりだったが、

今は地に足が付いていない事に自分でも気が付いていた。

大きく息を吐き、後部座席のデッサンが入った黒いケースを見る。

そこには美咲のデッサンも一緒に入っていた。


俺はこれを立井に見せて、どう説明するつもりなんだろうか。


巧は確かにこの2枚の絵に決定的な何かを感じていた。

しかしそれは他人と共有出来る類のものでは無い事も分かっていた。

それに巧自身にもそれが何を意味するのかは分からなかった。

巧はポケットから煙草を取り出したが、直ぐにまたそれをしまい、2枚のデッサンとキャンバスを抱えエレベーターに乗り込んだ。

玄関の扉を開けた立井は、巧の顔色に尋常では無いものを感じて驚いた。

顔には出さなかったが、後ずさりしてしまった程だった。

「遅れてすまん。無理行って時間作ってもらったのに」

巧はリビングに通されると、早速キャンバスと凛の描いた方のデッサンを床の上に隣り合わせに並べた。大小2つの赤い月がフローリングに穴を開けてしまった様だった。

「これが、例の画家の絵か?」

立井が絵を覗き込んで尋ねた。

「ああ、一昨日突然この2枚の絵が送られてきたんだ。そもそもは偶然、この絵に出会ってしまった事から始まったんだが、どこから説明していいものか・・・・とても信じられない様な話だし、上手く説明出来るか自信も無いけど・・」

巧は初台のギャラリーで偶然絵を見た日の事から、富山で高木から聞いた内田凛の不思議な能力と不幸な境遇の話、そしてこの赤い月の絵が巧自身にとって何を意味するのかを全て順を追って立井に話した。

冷静に説明するのは骨の折れる作業だったし、立井がどう思うか不安ではあったが、この数週間の出来事を自分でも整理しながら話す事で、随分と気持ちを落ち着かせる事が出来たと感じていた。

1人で抱えている事にも限界が来ていたのかも知れない。

巧が長い話を終えると、ずっと黙って聞いていた立井は大きく息を吐き、2枚の絵を改めて仔細に眺めた。

「話は分かった。確かに不思議な話だし、ただの偶然とも思えない。でもそれでお前は一体何がしたいんだ?画家本人にも何故人の夢を絵に描けるのか分からないみたいだし」

立井は巧以上に現実主義者であったが、巧が確信も無くわざわざこんな話をしに来るとも思えなかった。

2歳年下の巧は出会った時から自分より大人びていて冷静な人物だった。

アートを生業とするにはクール過ぎる人間だとも感じていた。

しかしそれが巧と言う人間の不器用なまでの実直さだと気付くのに、

それ程の時間は必要では無かった。

立井にとって巧は気の合う同僚というよりも、信頼できる友人であった。

巧は黒いケースからもう1枚デッサンを取り出して横に並べた。

「これも・・・同じ画家の絵か?タッチが随分違うけど」

立井が一目見て言った。

「これは一昨年美咲が描いたデッサンなんだ。細かい所には差異があるけど、ほぼ同じ構図で同じモチーフ。この2枚の絵は明らかに同じ景色を描いている。俺はこのいくつもの偶然の正体をどうしても知りたいんだ。お前にも前に話した妹の事も。おれは全て繋がっている様な気がしてならないんだ」

巧が窓の外を眺めやりながら言った。そこからは東京タワーが見えていた。

マンションの傍を流れる荒川に夕日が映り、その上を走る高速道路の車列にはヘッドライトが灯り始めていた。

2人は暫く黙って煙草を吸った。

立井はこの広いマンションに今は独りで暮らしている。

1年半前に立井の妻は娘を連れて出て行ってしまった。

正式に離婚はしていなかったが、互いに身の回りには整理するべき問題が山積していた。

「美咲ちゃん、その後はどうなんだ?順調か?」

立井が深々と煙を吐きながら言った。

「ああ、昨日術後の検診だったんだけど、大丈夫だ。体力も回復してきているし。心配ない。お腹の子供も順調だそうだ」

「そりゃ、良かった。お前も遂に禁煙だな」

「まだ先の話だよ。予定より早くなるかも知れないと言ってたけどな」

巧は座っていた椅子から立ち上がり、並べていた3枚の絵を片付けた。

「今日ここへ来たのはお前に頼みがあったんだ。こんな突拍子も無い話に付き合わせておいて更に申し訳無いんだけど、どうしても確かめたい事があるんだ。今回の事で色々思い出した事があって・・・・・ここから先に進む為に手を貸して欲しいんだ」

巧が真っ直ぐ立井の目を見て言った。


           12


上河内インターを過ぎた辺りから雪がフロントガラスを打ち始めた。

東北自動車道は上下線共に車は少なく、感染病の広がりが全国的に影響を与え始めている様だった。テレビでも新聞でも連日感染者の増加が話題を占めていた。

不穏な空気が日本中、世界中を包み込もうとしていた。

アウディA3のハンドルを握る巧も、助手席で煙草を吹かしている立井も近頃の感染予防の煽りを食って仕事が激減していた。

しかし皮肉にも、そのお陰で思っていたよりも随分早くスケジュールを合わせる事が出来たとも言える。2人は巧の故郷である仙台に向かっていた。

「この分だと予定より大分早く着くな。巧、本当に実家には寄らなくていいのか?随分帰って無いんだろう?」

立井が電波の入りが悪くなったカーラジオのスイッチをおもむろに切って言った。

「いいんだよ。帰っても気まずいだけだから。

親とはあんまり仲良く無いんだ。何年経ってもお互いに妹の事が頭を過ってな。

その事に触れないように気を遣う時間が長くなる分だけ、後から来る疲労も重くなるんだ」

雪は激しさを増し吹雪いてきていた。巧が仙台を訪れるのは美咲との結婚が決まって実家に挨拶に行った時以来の事だった。

その時も随分ぎこちない思いをしたのを覚えている。

人には克服出来る事とそうでない事がどうしてもあると巧は考えていた。

自分の家族にとってこの20年間は、それを互いに確認し合う為の様な長い年月だった。

「巧、この前家に来た時も気になったんだけど、お前体調大丈夫なのか?随分顔色が悪い様に見えるぞ。美咲ちゃんの事もあるし、お前ちゃんと寝れてんのか?」

立井がこうしてここまで付いて来ているのには、巧を1人で行かせるのが不安だったという事も大きな理由の一つだった。立井は巧の顔が会うたびに痩せこけていき、目付きだけが鋭くなっている様に感じていた。

「正直、独立してからは全くゆとりが無いよ。食うので精一杯な感じでここまで来てるからな。美咲の病気も子供の事も、何か全てが同時に襲い掛かって来てるみたいだよ。でも、今このタイミングでしっかりと決着をつけなきゃならないって感じてるんだ。妹の事を、ずっとあの時から止まったままの時間を進めたいんだ」

巧は雪で視界が悪くなったフロントガラスを睨み、手が痛む程に強くハンドルを握り締めて言った。

「そうか、分かった。それじゃあ、色んなもんにケリ付けて、晴れて新しい人生の門出と言った所だな」

立井も視線を真っ直ぐ前に向けて言った。

車はガラガラの東北自動車道を快調に進んでいた。

小松川を朝9時に出発して、昼前には那須高原のサービスエリアに着いた。

簡単に食事を済ませると、また直ぐに出発した。

福島県を抜け、白石に差し掛かった辺りでピタッと雪が止んだ。

午後1時には仙台宮城のインターを降りてバイパスを西に折れ、愛子方面に向かう。巧にとっては懐かしい道だった。

高校卒業と共に逃げるように後にした故郷だったが、10年以上経っていても変わらない所ばかりが目に付く。

仙台の中心地から車で僅かに20分程の距離だったが、この辺りは田畑や山林に囲まれた長閑な地域だった。

自宅に送られてきた内田凛のデッサンと、一昨年の個展の時に美咲が描いたデッサンを見比べていて、巧にはある確信の様な物が芽生えていた。

そもそもの始まりであった初台のギャラリーの最後の展示室で巧を待っていたあの絵も。全て満月の光が溢れんばかりに降り注いでいる絵だった。

そしてギャラリーで見た内田凛の自画像。

何も映さない黒い大きな鏡が強烈な印象を残している絵。

巧は職業柄一度見た絵は細部に至るまで良く覚えている。

何度もそれらの絵を頭の中で反芻している内に突然、幼い頃の記憶がハッキリと蘇ってきたのだった。妹が失踪してしまう数日前。

彼女は巧に不思議な話をしていた。

その時は子供の他愛ない作り話と思って相手にしなかったが、今思うとそれは決定的に重要な意味を持っていたのでは無いかと感じた。

余りに偶然の符号が一致しているのだ。

巧は超常現象やスピリチュアルな物事には否定的な人間だった。

自分の目で見て、手で触れられる物にのみ信頼を置くタイプだった。

しかしそれは、得体の知れない物への恐れが為す反動だったのかも知れない。

妹は森の中で鏡を見たと言っていた。

確かに住んでいた家からは歩いて行ける距離に森があった。

巧達の家は山間の丘陵を切り開いた人工的なニュータウンだった。

そこからは子供の足でも森や川や池や沼にまで比較的簡単に行く事が出来た。

実際妹の行方が分からなくなって捜索隊が重点的に探したのも、

この山間部だったのだ。森の中の鏡。

絵を描くのが好きだった妹が、巧の大事にしていたノートに勝手に書いた絵。

何で今まであの絵の事を忘れていたのだろうか。

伯父のアメリカ土産の革の表紙が付いたそのノートに、色鉛筆で彩られた妹の絵は、頭に樹木の角を携えた牡鹿の絵だった。

月の光が森の一点を明るく照らし出し、大きな黒い鏡の傍らでその鹿はじっと視線を投げ掛けている。

巧は20年という長い年月を掛けて、仙台を離れ、両親から離れ、妹の記憶からも逃げてきた。

しかし結局またこうして戻って来てしまった。

あがなう事の出来ない大きな力が、自分をここに引き寄せたと感じていた。

今度こそ逃げたくは無いと思った。

全てがこの地で明らかになる様な予感がしていたのだった。


            13


午後から気温がぐっと下がってきていた。

美咲は朝早くに巧を送り出し、

少し気分が悪くなってきたのでまたベッドで横になっていた。

思いの外ぐっすりと眠ってしまったらしく、

寒気を感じて目を覚ました時には正午を過ぎていた。

怖い位に辺りは静かだった。いつもならマンションの隣の部屋の赤ちゃんの泣声や、階上の部屋のステレオから流れてくるラジオの音やらで、絵を描く集中力を削がれたりする事もあったのだが、今日は何の音も聞こえなかった。

巧は今朝も顔色が悪かった。

遅くまで仕事をしていた様で、書斎の灯りが朝方まで廊下に漏れていた。

取材で遠くに出掛けるとその度に酷く疲れて帰ってきた。

美咲は自分の病気が分かった時にも、傍にいる巧の方が心配になってしまう位だった。


巧は何か大きなものを無理に抱え続けている。


その半分、いや、10分の1でもいいから一緒に持たせてくれたらと美咲は何時も歯痒い気持ちでいたのだった。

2人の生活には優しさで出来た見えない壁があった。

美咲は窓の外を一瞥し、カーテンを閉めた。

空は厚い雲に覆われていて薄暗かった。

今日は松戸に住む妹が泊りに来る事になっていた。

仕事で家を空ける巧が提案した事でもあった。

美咲は客間のベットを整えようと廊下に足を踏み出した瞬間、腹部に刺す様な痛みを感じた。余りに唐突で強烈な痛みだったので、驚いてその場に倒れ込んでしまった。床を這う事も、声を出す事すら出来なかった。気分が悪くなり意識が朦朧としてきていた。

混濁した頭の中で、美咲は夢とも幻とも覚束ない映像を目にしていた。

暗い森の中で、巧が大きな鏡の前に立っている。

巧は白い息を吐き、鏡面に手を伸ばす。美咲は触っては駄目と叫ぼうとする。

が、声が出ない。

やがて鏡面が波を打った様に湾曲して巧を飲み込む。

美咲はそこで完全に意識を失ってしまった。


           14


止んでいた雪がまた降り出していた。

白い靄が水面を覆った月山池を目の前にした駐車場で、

巧と立井は煙草を吸っていた。時刻は午後2時を少し過ぎていた。

池を周回する道々には雪が積もっていた。

この季節で無ければ釣り人で賑わう場所だったが、今日は全く人影も無い。

分厚い雲が低く垂れ込めていて、辺りは薄暗かった。

「ここがその場所なのか」

立井が分厚いベンチコートを羽織りながら呟いた。

「ああ、妹が居なくなる前に書いた森の絵は、きっとこの森だ。あいつはこの森の中で鏡を見たと言っていた。俺が小学校に上がる時に、伯父が革表紙の付いたノートをくれたんだ。すごい大事にしていて、いつも持ち歩いてた。ある日気が付くとそのノートに見慣れない絵が書かれてたんだ。それは暗い森の中で大きな鏡の傍に鹿が書かれていた。角が木の枝の様になっている鹿だ。それはまるで美咲の彫刻の様だった。俺は大事にしていたノートに妹が勝手に絵を書いた事に腹を立てて、きつく叱った。妹は泣きながら森で見た鹿を書いたと言っていた。大きな鏡を覗き込んだら、その鹿が妹をじっと見詰めてきたそうだ。俺は気を引く為の作り話だと思って相手にしなかった。それから数日後に妹は居なくなったんだ」

巧は長い時間を掛けて記憶から追い出そうとしていたものが、こんなにもはっきりと昨日の事の様に思い出されるのを不思議に感じていた。

「確かに不思議な偶然だな。美咲ちゃんはその話は知らないんだろう?」

「ああ、話した事は無い」

「内田凛のデッサンと、美咲ちゃんのデッサン。鹿の彫刻にそのノートに書かれた20年前の絵。更にお前が繰り返し見ていた夢の景色とあの赤い月の油絵。全部がここに繋がってるって訳か」

立井は煙草を灰皿に押し付け、大きく煙を吐き出した。

「俺は妹の捜索がどんどん縮小されていく中で、居場所が無くて息苦しかった。早くここから出て行きたかった。何もかも忘れたくて。あのノートをこの森に埋めたのも、妹の失踪があの絵のせいなんじゃないかって思って怖かったんだ」

「そうか。よし、じゃあサッサと掘り出して見つけてやろうぜ。きっとお前を待ってるんだよ。妹さんは」

「そうだな。暗くなってこない内に終わらせよう」

巧もベンチコートを着込み、長靴を履いて車を降りた。

トランクから鉄製のシャベルを取り出す。

泥濘んだ道に足を取られそうになるが、辛うじて人が通れそうな周遊路をゆっくりと2人は進んだ。

大袈裟に準備したと思っていた防寒着に身を包んでも、身を切る様な寒さに2人は圧倒されていた。暫く山道を登っていくと、池に沿う道と山に分け入る道とに分岐していた。巧は躊躇なく山道に踏み出した。途中車も通れそうな大きなトンネルが岩を貫通していた。仙台の中心部から然程離れていない場所とは思えない様な、深い山道になってきた。

辺りはブナや樫が群生し、枝に雪を積もらせていた。

2人の息遣いの外、車の走る音すら聞こえてこない。

全くの静寂の世界だった。

更に20分程狭い道を歩くと、一旦池の畔に道が折れて視界が開けた。

先を歩く巧が立ち止まったので、立井はその脇を抜けて前方を眺めた。

遠くに小さな小屋の様な物が見えた。

「多分、あそこだ。何かの道具入れの様な小屋だったんだけど、あの裏にノートを埋めたんだ」

巧は薄っすらと上気した顔を上げ、少し肩で息をしていた。

「随分、奥まで来たんだな。おい、この辺携帯の電波も入らないぞ。こんな所まで1人で埋めに来たのか?」

「ああ、この辺りをよく歩き回ってたんだ。勿論、親には止められてたけどな」

道と呼べる様な物は既に無く、枝木を分け入って進む感じになってきていた。

巧は持っていたシャベルで地面の泥濘を確かめながら慎重に先に進んだ。

高い常緑樹に僅かな陽を遮られると、辺りは夕暮れの様に暗くなった。

小屋の前まで何とか辿り着くと、立井は煙草に火を点けて大きく息を付いた。

「おい、火の元には気を付けろよ。雪でも山火事は起るからな」

巧はLEDランタンのスイッチを入れて小屋の縁に置いた。

「巧、何処に埋めたか覚えてるのか?」

立井が辺りの茂みをシャベルで掻き分けながら言った。

「この木の根元だ。間違いない。ここの所に印を付けておいたんだ」

巧が指し示した樫の木の幹には、十字に削られた様な模様が付いていた。

「こうやってシャベルの先で何度も削ったんだ。俺はいつか掘り返すつもりだったのかな」

巧が幹の傷にシャベルの先を這わせて言った。

こうして同じ場所に20年の年月を経てまた立っているという事に、

巧は信じられない様な気持ちになっていた。

「よし、早速やっつけようぜ。この辺だろ」

立井が勢い良くシャベルを地面に突き刺した。

土は然程固くも無く、比較的楽に掘る事が出来た。

巧も違う場所に当を付けて土を堀り始めた。

シャベルの先が何か堅い物に当たる度に、

ノートを入れたクッキー缶だと思ってしまう。

逸る気持ちを抑えながら、巧はいくつかの穴を地面に空けた。


           15


寺田彩が姉の住むマンションに着いたのは午後1時頃だった。

美咲が入院中には感染病の影響で見舞いが出来ず、

久し振りに会えるという事で約束の時間より早く着いてしまった。

早速インターホンを鳴らしたが反応が無い。

隣の部屋からは今起きたばかりの様な豪快な赤子の泣声が漏れ聞こえていた。

何度鳴らしても一向に返答が無いので、彩はバックからスマートフォンを取り出して美咲に掛けた。電話にも中々出ない。

約束の時間までまだ少しあったので、

どこかに出掛けているのかも知れないと思ったが、ふと耳を澄ますとドアの向こうで微かにスマートフォンの振動音が聞こえた。

電話の呼び出しを切ると部屋の中の振動音も消えた。

彩は再びインターホンを押してドアを軽く叩いた。

「お姉ちゃん、いるの?私だよ。開けて」

彩は途端に心配になって、慌ててバックから以前に渡されていた合鍵を取り出し、

ドアを開けた。玄関の直ぐ先の廊下に美咲が倒れていた。

「お姉ちゃん!」

彩は急いで美咲に駆け寄り、美咲の意識が無いのを確認すると素早く119番に電話を掛けた。その後で何度も巧に電話を掛けたが、どうしても繋がらなかった。

救急車が到着するまでの数分間が彩には永遠にも思えた。

頭を打っているかも知れないので、下手に動かしては駄目だと彩は考え、

美咲に毛布を掛けてそっと抱える恰好で玄関で救急車の到着を待っていた。

彩がふと視線を目の前に置かれた鏡に移すと、鏡面が波打っている様に見えた。


          16


巧と立井が穴を掘り出してからまだ30分程だったが、

厚手の手袋をしていても指先の感覚が無くなってしまう位に辺りは冷え込んできていた。

目印の樫の木の根元には、既に穴が6つ口を開けていた。

雪は一向に止む気配が無かった。

「巧、ちょっと休憩しようぜ」

立井が小屋の土台に腰を下ろして煙草に火を点けた。

巧はリュックから真空ポットを取り出してカップに熱いお茶を注いで立井に手渡した。

「おお、生き返る」

立井は肩や首を回して強張った体をほぐしていた。

巧も手を休めて腕を回していると、ふと視界の端に池の水面が入った。

木々の葉の間に見える、薄靄を纏った池の水は銀色に光っていた。

それはまるで鏡の様だと巧が思った瞬間、足元がぐらっと揺れた様に感じて慌てて立井の方を見た。巧には煙草の煙を勢いよく吐き出している立井がスローモーションの様にゆっくりと倒れていく様に見えた。

しかし実際に地面に勢いよく倒れ込んだのは巧の方であった。

ドシャっという大きな音と共にシャベルが吹っ飛び、樫の木の根元に倒れた巧を見て、立井は持っていたカップを放り捨てて駆け寄った。

「おい!巧!おい!大丈夫か!」

立井は巧を抱えて一先ず小屋の中に運んだ。

隙間だらけの小屋では暖は取れなかったが、雪からは逃れられた。

巧はぐったりとしていて声に反応を見せなかった。

呼吸は落ち着いているが、倒れた時に頭を打っているかも知れないと

立井は思った。

外の気温と降り続く雪、陽が暮れ始めている事を考えると、余り悠長な状況では無いと立井は思った。再度スマートフォンの電波を確認したが、やはり繋がりそうになかった。立井は直ぐに決断した。着ていたベンチコートで巧を包み込み、ランタンを傍らに置いて小屋を出た。

車を止めた辺りまでは急げば30分で着くと考えた。

あの辺りなら電波は入っていたはずだと立井は思い、山道を駆け出した。


           17


気が付くと部屋の中は暗くなっていた。

最近キャンバスを掛けるイーゼルが小刻みに揺れるのは、

ロッジの表の通りを大きなダンプカーが通るからだった。

内田凛は壁の振り子時計に視線を投げた。

時刻は午後3時を過ぎていた。

凛は絵を描いていて集中してしまうと時間の感覚を失ってしまう。

イーゼルには昨日の晩から描き続けていた絵が掛かっていた。

最初に頭に浮かんだのは暗い森の中だった。

デッサンに描いた少女と鏡は姿を消していた。

変わらなかったのは降り注ぐ月の光だった。

淡く辺りを照らしている。

やがて森の茂みに何かいる気配を感じた。

凛は目を閉じてその気配に集中した。

木々の葉を揺らし、微かな息遣いが聞こえてくる。

枯葉を踏み締める足音と共に、茂みから大きな角を持った鹿が現れた。

緑色に苔むした様なその角は、樫の木の枝の様な節があり、微かに発光している様に見えた。

角にはまるで透明なガラスで作られた様に透けて見える部分があって、鹿が歩く度に、その角の中を水泡が昇っていく。

凛は水の底から、自分の吐く空気の粒が水面に立ち昇っていくのを見ている様だと思った。

鹿は茂みの中から遠くを見ていながら、何も見ていない様でもあった。

凛はこの森の静けさと、鹿の超然とした姿を正確に写し取ろうとした。

凛はこの絵が、今までのどんな絵よりも現実離れしていながら、

確かに存在するという確信を持っていた。

もしかしたら私はこの絵を書く為に存在するのかも知れないと凛は思った。

自分が何を持って生まれてきたのかは忘れてしまったが、何をすべきなのかは知る事が出来る様な気がした。

窓からは赤い鉄橋が見える。

今年も雪で何度も通行止めになっていた。

宇奈月に来てから随分長い時間が経ったと凛は思った。

そしてそれがもうすぐ終わるのかも知れないという予感を微かに感じてもいた。


           18


巧は最初、鏡を見ているのだと思った。淡く光って見える、黒い縁取りの鏡には確かに自分が立っていたはずだった。

しかし次の瞬間、鏡面は波打って何も映さなくなった。

巧は部屋の窓から大きな赤い月を見ていた。

祭り囃子が遠くから聞こえてきていた。

そこは実家の自分の部屋だった。

勉強机の上には革表紙のノートが乗っている。

巧は急に不安な気持ちに襲われ部屋から飛び出した

。妹がどこにもいない。

その思いは瞬く間に全身を硬直させ、巧を畦道の冷たい地面に縛り付けてしまった。足がもつれて上手く歩けない。

その場にしゃがみ込んでしまった巧の脇を、ぬいぐるみ型のリュックを背負った少年が、母親に手を引かれて通り過ぎていく。

妹は森にいる。

巧は直感的にそう考えてアウディA3のエンジンを掛けた。

フロントガラスを雪が叩き始め、カーラジオの電波は途切れ途切れになった。

赤い鉄橋の手前で通行止めである事に気が付いた巧は、

路面電車に乗り換えて月山池の畔に辿り着いた。

釣り人の姿は無かったが、河川敷では家族連れが仲良さそうに遊んでいるのが見えた。堤防の上の自転車の少年は、巧と視線が合うと急いで行ってしまった。

巧は遠い月を見上げ、ポケットから煙草を取り出した。

反対のポケットにはずっと振動しているスマートフォンが入っていた。

画面を見ると真っ暗で何も映っていない。

そこは暗い森の中で、目の前には真っ暗な鏡が置かれていた。

「巧!おい!大丈夫か!」

遠くで立井が叫ぶ声がする。

巧がゆっくりと目を開けると、大きな角を持った鹿が巧をじっと見ていた。

苔むした植物の様な角が僅かに発光している。

鹿はゆっくりと巧に近付いてきた。

「もうすぐ会える。やっと会える」

鹿がそう言ったのか、或いは自分が鹿にそう言ったのか、巧には分からなかった。

「私は死んで、また生まれる。空っぽの水瓶に記憶が流れ込む」

巧は頭の中に直接声が響いている事を感じた。

それは妹の声の様にも、美咲の声の様にも、会った事は無いが内田凛の声の様にも感じた。

「沢山の人が死んで、また生まれる。水瓶がいっぱいになったら鏡は割れる」

巧は朦朧とした意識の中で、納得のいく答えだと感じていた。

鹿の言葉は納得がいく。

ずっと聞きたかった事の様に思った。

巧はもう一つ聞きたい事があった事を思い出した。

口が上手く開かない様な感覚があり、巧は鹿に伝わるか不安だったが、

心の中で静かに呟いてみた。

「お前は今、どこにいるんだ?」

巧には目の前の鹿が少し首を傾げた様に見えた。

緑とも青とも見える透き通った目を潤ませて、鹿は歌う様に言った。

「もうすぐ会える」

巧は安心して深い眠りに付いた。


           19


巧が目を覚ましたのは2日後の夜だった。

酷く体が重く感じた。

徐々に記憶が蘇ってきた。手足を這うチューブと指先の包帯が目に入った。

立井は無事だろうか。

巧はゆっくりと上半身を起こしてベットの脇にあった呼び出しのブザーを押した。

暫くして若い男性看護師がベットのカーテンを開けた。

「三崎さん、気が付かれましたか?痛い所は無いですか?」

看護師はチューブの具合やベット脇の計器の数値を見ながら巧に話し掛けた。

「大丈夫です・・・ここは?どこですか?」

巧は声を出すのに喉の奥がヒリヒリすると感じた。

「ここは仙台市立病院です。三崎さんは2日前に救急車で運ばれてきました。月山池の奥で倒られました。覚えてますか?」

看護師がゆっくりと尋ねた。

「立井は、一緒にいた男性は無事ですか?」

「はい、大丈夫です。その方が救急車を呼んで一緒にここへ来られました。三崎さんの意識が戻られたら直ぐに連絡をする事になっていますので、そうしますから。今、先生も呼んでいますのでちょっとそのまま待ってて下さいね」

巧の様子が落ち着いているので、看護師は一旦部屋から出て行った。

巧はあらためて自分の体を確かめて、それからふと傍らに窓があるのに気が付き外を見た。そこには大きな月が見えた。

暗くてよく分からないが、雪は止んでいるみたいだった。

暫くすると部屋の外から誰かが走って近付いてくる音がした。

カーテンを勢いよく開けたのは額に絆創膏を付けた立井だった。

「巧、大丈夫か?俺が分かるか?」

立井は必死の形相だった。巧は立井のこういう所がいい奴だと思った。

「ああ、大丈夫だ。立井、本当にこんな事に巻き込んで申し訳なかった。お前は体大丈夫なのか?」

「巧!生まれたんだ!女の子だよ!!美咲ちゃんも大丈夫だ!安心しろ!」

立井がベットに乗り上がらんばかりの勢いで巧に覆い被さって叫んだ。

巧は何の事か全く合点が行かなかった。

「おい!落ち着けよ!落ち着いて聞けよ!!ああ、俺も落ち着け!」

立井がここまで我を忘れている所を巧は見た事が無かった。

立井は唾を飲み込み一呼吸置いて、それでも抑えられない様子で話した。

「俺達がこっちに来た日に、美咲ちゃんが倒れたんだ。自宅で!それで、美咲ちゃんの妹さんが救急車呼んで病院に行ったんだ。つまりな、早産で、予定より大分早くに産気付いて、それで色々微妙な状況だったらしいんだけど、帝王切開で、生まれたんだ!大丈夫!2人供無事だ!女の子だって!」

立井は話している内にまた興奮して巧のベットに乗り掛かっていた。

涙まで流していた。

本当にこいつはいい奴だと巧は何故か冷静に立井を眺めていた。

「そうか。驚いたな。まさかこんなタイミングでな。早くなるかも知れないとは言われてたんだけどな。そうか」

巧は心底驚いていたのだったが、口からは冷静な言葉が出てきていた。

自分でもなぜこんなに落ち着いて受け止めているのか分からなかった。

大事な時に傍にいてやれなかったことを申し訳無く思い、

目の前の立井を危険な目に合わせてしまった事も取り返しが付かないと思った。

様々な思いで頭も心もいっぱいになってしまった巧はふと窓の外の月を見た。

「満月なのか」

巧がそっと呟くと、頭の中で懐かしい声がした。

「もうすぐ会える」

巧は自分の頬が涙でぐしゃぐしゃに濡れている事にその時始めて気が付いた。

窓の外の月は涙でやわらかく歪んでいた。


           完

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やわらかい月 ころっぷ @korrop

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