と、決意をあたらにしたのだが。


「え、篠森来てないんですか?」


 設営作業中の生徒会室に、彼女の姿はなかった。神楽坂会長が、使い捨てのコーヒーカップと紙皿を運び込みながら言う。


「ていうか、あくまで有志の手伝いだからさ。今日はクラス展示を手伝うように伝えたんだよ。麺の下ごしらえのやり方は、しっかり教わったからな」


「それは……そうですね」


 沈んだ気持ちが表情に滲んでいたのだろう。会長はすっと目を細めて、見透かすように私の肩を叩いた。


「こっちの手は足りてるから、行ってきなよ。向こうも桜ちゃんのこと、探してたぜ」


 会長の言葉に甘えて、私は1Bへと向かった。けれど、結論から言えば、篠森とは会えなかった。

 門前払いを食らったからだ。篠森の、クラスメイトによって。


「楓ちゃんに何の用ですか、蘇芳センパイ」


 教室前の廊下で、敵愾心丸出しで睨みつけてくるのは、昨日、篠森と一緒に下校していたショートボブの女の子だった。


「今、明日の準備で忙しいんですけど。生徒会の手伝いは任意ですよね。楓ちゃん、役員じゃないし」


「えっと、そうじゃなくて……ちょっと、昨日のことで話があるんだ。呼んできてもらいたいな。えっと、」


「嫌です」


 取り付く島もないとはこのことだ。がるる、という擬音が聞こえてきそうだった。


「あと、明日も手伝いにはいきませんから。楓ちゃん、お化け屋敷のキャストなので」


「えっ!? それは……こっちの厨房と半分ずつ参加するって聞いてたけど」


「知りません。そっちでなんとかしてください」


 ふいっと顔をそむける。子供っぽい仕草だけど、その奥には本物の憤りがあるように見えた。

 この子は、友達のために怒る子なのだ。

 とおせんぼされた先の教室から、「なでしこー、ちょっと来て」と声がした。私の前に立ち塞がっている少女が、「わかった」と返事をする。


「とにかく、楓ちゃんはクラスの仕事があるので。失礼します。センパイ」


 もう一度ぎろりと私をにらみつけた後、撫子と呼ばれた少女は教室内へ戻っていた。

 どうやら、昨日の一幕ですっかり嫌われてしまったらしい。

 ここで篠森が出てくるのを待つという手もある。けれど、いつまでも生徒会の手伝いをサボっているわけにもいかないだろう。会長はああいっていたけれど、絶対に手は足りていないはずだ。

 引き返しながら、アプリのチャットルームを開く。昨日から変化はない。何かメッセージを送るべきだろうか。でも、なにを?

 結局、篠森とは何も話せないまま、その日は翌日の準備に追われて終わった。

 最後まで、彼女は生徒会室へ姿を現さなかった。


  †


 海浜祭が始まる。私はホール担当で、シフトは午前中まで。お昼のピークを過ぎたあたりで交代して、後は自由時間になる。

 昨日の撫子さんに足止めされているのか何なのか、篠森は時間になっても姿を現さなかった。

私が「クラス展示の関係で、もしかしたら篠森は来れないかもしれない」と伝えると、一瞬ざわっとしたものの、すぐに青葉先輩が前に出た。


「もともと生徒会じゃないヘルプだもの。あとは私たちでなんとかしましょう」


 調理担当メンバーと話しながら、すみやかにシフトを調整していく。さすがの統率力という他にない。

 予定外のトラブルから始まったものの、合同生徒会による純喫茶『ダブルビーチ』は好調な滑り出しを見せた。

 いくつか理由はあるけれど、一番は青葉会長がホールスタッフに回ったせいではないかと私は踏んでいる。お嬢様然としながらどこか親しみやすい先輩の接客は、瞬く間に海浜の生徒たちを虜にしていった。魔性すぎる。

 それだけではなくて、美浜の生徒──おそらく先輩のファンの子たちも、チラホラと『ダブルビーチ』を訪れていた。自分の高校のどの出店より、青葉先輩を優先したということだ。正直この企画、美浜の先輩ファンに恨まれていそうでちょっと怖い。

 来客の多くは生徒たちだけど、純喫茶というコンセプトのせいか、父兄やOBらしき人の来客も少なくなかった。

 その中に、一人、見知った顔があった。

料理教室で同じ班になった、ミツバさんだ。


「ミツバさん!」


 入り口のあたりで戸惑っている彼女に声を掛ける。ミツバさんのタレ気味の目が私を見つけて、ホッとしたようにゆるんだ。


「サクラさん」


「はい。あ、ポニーちゃんさんこと、青葉先輩もいますよ」


 苦笑しながら近づいてきた青葉先輩が、「来てくださったんですね」とミツバさんに挨拶をした。


「改めて、鶴ケ谷青葉です。ええと、ここでもミツバさんとお呼びしたほうが?」


「あそこ以外でそう呼ばれると、ちょっと不思議な感じね。私も本名で呼んでもらっていいかしら」


 こほん、と咳払いをして、ミツバさんは続けた。


「篠森双葉といいます。いつも娘がお世話になっております」

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