第3章 Bless those who curse you, Pray for those who meddle in you

第1話

「はぁ……はぁ……」

 岩がゴロゴロと転がり、無数の大木が生い茂る険しい山道を、息を切らしながら慎重に進んでいるアンジュ。服装は、いつも着ていた純白のローブではなく、動きやすい冒険者服。長い金髪は左右のみつあみでまとめ、テントや野営道具を詰めた大きなバッグを背負い、両手には木製のステッキも持っていた。

 急ぎの旅ならば、馬車や、テイマーによる魔物輸送を利用するのが一般的だろう。だが、それらが使えるのは進む先が砂利などで舗装されていて、安全が保証されている場合だけ。今回のように獣や魔物さえも滅多に通らないような、道なき道を進む場合は、少女のか細い脚でも一歩一歩歩くのが一番早い。

 それは、目的地の町エリーデ・ネルアが、それだけ人里離れた辺境の町ということを意味していた。



 レディアベルで、「マウシィはエリーデ・ネルアに向かった」という話を聞いたとき。

 正直なところ……アンジュは、ショックだった。


 ラブリに幻覚を見せられたことで、彼女は自分の気持ちと向き合うことになった。

 自分の中に、マウシィに対する強くて、個人的で、よく分からない気持ちがあることを気付かされた。その正体は……まだ上手く言語化できなかったが。

 しかし、彼女とまた行動を共にしていれば、そのうちきっとその正体は分かる。そのためにも、自分は彼女と一緒にいなければならない。というよりも、単純に彼女と一緒にいたい。きっと彼女のほうにも、少しは、そんな自分と同じような気持ちが……。

 そう思って、アンジュは「楽しいことだけの世界」から戻ってきた。


 だが実際には、マウシィは自分を置いて行ってしまった。相変わらず呪いが大好きな彼女は、アンジュの気持ちなんてお構いなしで、新しい呪いを求めて先へ進んでしまった。

 呪いを解いてしまうアンジュなんて、自分には必要ない。

 彼女のその言葉が、改めて、鋭利な刃として心臓に突き刺さったような気分だった。


 ただ、アンジュがそのショックに膝から崩れ落ち、打ちひしがれていたのは、ほんの短い間だけだった。

 それが、ショックであればあるほど。自分にとって、彼女の存在が大きくなっているということを思い知らされた。「このままではいけない」という思いが、体の奥から沸き上がるのを感じた。

 結局、その得体のしれない強い感情に、突き動かされるように。気づけばアンジュは、マウシィを追ってエリーデ・ネルアに向かっていたのだった。



 そこは、深い深い山奥にある、百人ほどの住人がほそぼそと暮らすだけの小さな町――むしろ、孤立集落のような場所らしい。周囲の森の針葉樹を使った林業と、町中央の湖で採れる魚を使った郷土料理が有名だ。

「はぁ……」

 アンジュの吐く息が白い。暦の上ではもう夏と言っていいはずだが、このあたりは標高が高く、魔力が滞留しやすい地形も関係して気温は低い。周囲の山は、今も雪に覆われているくらいだ。

 マウシィも、この道を通ったのだろう。

 呪い以外には、すべてに無頓着な彼女のことだ。きっと、山歩きに必要な装備なんて何も持たず、いつも通りのボロボロの布の服で、無理やり進んでいったに違いない。テントも無いだろうし、夜はその辺の草むらで眠ったりしていたのかもしれない。「自分には両親の呪いがあるから、どんな無茶をしても死なないから」なんて言って……。

「……もおう、バカな子」

 気がつけば、彼女のことばかり考えてしまっている。堂々巡りのような、答えの出ない気持ちで、頭がいっぱいになっている。


 本当は、とっくに気づいているのかもしれない。自分の気持ちの、正体を。それを、何と呼ぶべきなのかを……。



 山の中腹にやってきた。

 それまでずっと山道を覆っていた木々が突然途絶えて、切り立った崖が、自然の展望台のようになっている。そこから見下ろす山のふもとには、縦に細長い湖と、その周囲に点々と散らばる民家。あれが、目的地のエリーデ・ネルアだ。もう、あと一時間も歩けば到着するだろう。


 ここまでの道中で出会った他の冒険者や、立ち寄った集落の住人たちから、現在のその町についての話を聞くことができた。


 数年前、自然保護を教義に掲げる過激な宗教団体が町に現れ、つつましく林業を続けていた町民たちを「自然を破壊する罪人」と言って、妨害活動をするようになった。最初はそれも、道具を隠したり、家に落書きをするなどのただの嫌がらせレベルだったのだが。数ヶ月前に現れたハルマという血異人が、教主となってその団体を乗っ取ったことで、それまでのただの嫌がらせが、凶悪な「呪い」になってしまったらしい。

 その「呪い」の詳細は、町の外にまで出てこないらしく、分からなかった。だが、「呪い」という強大な力を得た教団によって町は完全に支配され、もともとの住人は町を出ることもできず、きつく、血反吐を吐くような生活を強いられている、とのことだった。



 町中央のエリーデ湖西側に、かつて、トラウバートから派遣された宣教師たちが作ったという教会が建っている。そのあたりに今、数十人の白い頭の人影がある。はっきりとは分からないが、ニワトリの頭の形をしているようだ。おそらく、例の宗教団体の教徒たちだろう。

 その集団の中に、ひときわ小柄な人影も見える。距離が離れているので、やはりその顔までは分からないが……アンジュには、それがマウシィだという確信のようなものがあった。


 ここで少し休憩していこうかとも思っていたが、それをやめて、アンジュは先を急いだ。

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