第四話 〜アンジュside〜

「きゃーっ! 遅刻遅刻ーっ!」

 新しい通学路、新しい制服、そして……全速力で走るワタシ。


 ああ、もおーう!

 お母さん、なんで朝起こしてくれなかったのよー⁉ せっかくの転校初日なのに、遅刻なんてしたら、最悪すぎるわーっ!


 見通しの悪い曲がり角を、直角に曲がろうとして……、

「ギャッ⁉」

 ちょうどその角を反対側から向かってきた誰かにぶつかって、勢い良く弾き飛ばされちゃった⁉

「……う、うう」

 あまりの衝撃に、一瞬意識が朦朧もうろうになったけど……すぐに覚醒。

「ちょ、ちょっとーっ⁉ どこ見てるのよーっ! ……って」

 あ、あれ? よく見たら、あるのはただの電柱……? え? じゃ、じゃあ、一人で勝手に電柱にぶつかっただけ……?

 「転校生のお決まりのやつ」かと思ったら、ただのドジっ子やっちゃってたの……?

 ……恥ずかしっ!


 ま、まあ、何はともかく。

 気を取り直して、そこからも学校まで全力ダッシュしたお陰で、なんとか登校時間には間に合うことが出来た。ふう。



 朝のホームルーム。

「え、えっと……トラウバート高校から来ました、アンジュ・ダイアースです。向こうの友だちからは名前で呼ばれてたんで……ここでも、アンジュちゃん、って呼んでもらえると嬉しいです」

「きゃー、アンジュちゃんかわいいー! アイドルみたーい!」

「趣味は何ですかー?」

「家族構成はー?」

「好きなタイプはー?」

「恋人はいるんですかー?」

「ちょ、ちょっと男子⁉ いきなり、変なこと聞かないでよっ! アンジュさんが、困ってるでしょ!」

 ……うふふ。

 走ってきたせいで髪は乱れて、電柱にぶつけたオデコはちょっと腫れて黒くなっちゃってるんだけど……とりあえずは、「転校デビュー」成功って感じかしら?



「アンジュちゃん! 次、体育の授業が情報に変更になったんだって! パソコン室まで案内してあげるから、一緒に行こっ⁉」

 ホームルームが終わって、早速出来た友だちに手を引かれて廊下に出る。

 ああ……昨日の夜は、みんなに馴染めるかあんなに不安だったのに。バカみたいだわ。全然大丈夫だったじゃない。

 理想通りの好調な新学校生活のスタートが切れたことに、ワタシの胸は高鳴って…………え?


 昨日の……不安……? そんなのワタシ、感じてたかしら……?

 そ、そもそもワタシって、昨日はどこかのホテルに泊まってたんじゃなかった……? だったら、「起こしてくれるお母さん」なんて、いるはずがないような……。


 っていうか……。

 電柱……? ホームルーム……? パソコンって……何だったかしら?


「ほらほら、アンジュちゃん! なにボーっとしてるの⁉ 早く行こっ!」

「……う、うん」

 そ、そうね?

 変なこと考えてても、仕方ないわね?

 だ、だって……だってここは、「楽しいことしか起こらない世界」なんだから。


 まるで、「絶対に正しい真理」のように頭の中に横たわっていたその言葉に、ワタシの違和感は簡単にかき消されてしまった。だから、全然気付くことが出来なかった。

 この「世界」のおかしさに。

 そして……。


「コラーッ! アンジュさんたちー! 廊下を走るんじゃないわよー!」

 ワタシがさっき友だちと一緒に出てきた教室から、メガネをかけた真面目そうな学級委員長が出てきたことも。

「わ、やっば! ご、ごめんなさーいっ!」

「もーうっ! 次に校則を破ったら、反省文だからねーっ⁉」

 その委員長がそう言って……。


「……なーんてね」

 メガネを外して……。


「ようこそ、アンジュちゃん……あーしちゃんの世界へ。……もう、逃さないからねー?」

 なんてつぶやいていたことにも。


 ワタシは、全然気付くことができなかった。

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