CURSE+HOLIC 〜呪われフェチ子とおせっかい聖女〜
紙月三角
第1章 Curse the day she was born
第1話
シュエルドラード。
それは、この世界の北半球に位置する、一つの大陸の名前だ。
この世界では海洋交通がまだ充分に発達していないため、周囲の島々との貿易は盛んではなく、人や物の出入りも多くない。
だからその大陸には古くから続く特有の生態系が出来上がり、そこに住んでいた人間や亜人、動物や魔物たちも、ときおり小さな衝突はありつつも、お互いの領分を守ってそれなりに平穏に暮らしていた。
そんな生物のバランスに変化が現れたのが、今からおよそ一年ほど前。
大陸の南に位置するフォーレッド平原に、突如、異世界から約二十人ほどの若者たちが現れたのだ。
この世界とはまるで違う文化をもった「日本」という国からやってきた彼ら彼女らは、なぜかこの世界の言葉を完璧に使うことができた。さらには、その全員が「スキル」と呼ばれる、それぞれ異なる強大な特殊能力を持っていた。
それを知ったシュエルドラード人たちは……当初、大いに歓喜した。
この世界の常識を超えた異世界人たちの力は、当時シュエルドラードで深刻化しつつあった資源不足や民族紛争といった複雑な問題を解決できるのではないか? 自分たちとは全く異なる文化を知ることで、この大陸はより発展できるのではないか?
そう期待し、異世界からやってきた彼ら彼女らを、異なる地からきた友人――
……しかし。
あまりに強大な力というものは、えてして、それを手に入れた人間の心を狂わせる。
その異世界人たちはやがて、自らの「スキル」のチートさに気づき、暴走を始めた。抵抗のできない人々に対して「スキル」を乱用し、彼らを支配するようになったのだ。
当初は希望の象徴とさえ思えた異世界人たちは、シュエルドラードにとっての最大の脅威となった。先住民たちは、どんな獰猛な動物よりも、どんな凶悪な魔物たちよりも、その異世界人たちを恐れるようになった。
そしてそんな彼らのことを、以前とは違う呼び方で呼ぶようになっていた。
地異人、ではなく……。
自分たちとは根本的に分かり合うことのできない者。自分たちにはとてもマネのできない残虐非道な行為を平気で行う、流れる血からして違っている魔人――
*
大陸南西部の大都市ルフトクランから南に十日ほど歩いたところにある、小さな農村。周囲を山と森に囲まれ、視界に入るものは人工物よりも自然物のほうがずっと多い。歴史博物館でしか見ることのできないようなわらぶき屋根の住居が、今も現役で使われている。
そんな典型的象徴的究極的なド田舎の村の通りに、とても似つかわしくないような、金銀のきらびやかな装飾が施された馬車が止まっていた。
「へっへっへっ……」
馬車の前には、やはり高価そうな武具に身を包んだ数人の戦士たち。その超一級の装備品だけなら王国騎士団と比べても遜色ないが……品性のカケラもない顔で笑っている様子を見ると、ゴロツキと言ったほうが正確なのだろう。
そんな彼らの視線の先には、
「う……うぅ……」
地面に尻もちをついて震えている、十六、七歳ほどの少女――こちらは周囲の風景とも違和感のないボロボロの布の服を着ていて、この辺りに住む村娘のように見える。
それから、
「よってたかってこんな女の子一人をいじめて……アンタたち、恥ずかしくないのっ⁉」
その村娘をかばうように男たちの間に立ちふさがる、純白なローブに身を包んだ同じくらいの歳の少女がいた。
手入れの行き届いた、腰まである長い金髪。新雪のようにシミ一つない白い肌。ゴロツキたちに向ける凛々しい表情には、宝石のような青い瞳が輝いている。
彼女の名前は、アンジュ・ダイアース。
大陸中央部の巨大宗教国家トラウバートの、女性司教の一人娘だ。
若い頃から大陸中を渡り歩き、多くの迷える人を導いて「聖女」とまで呼ばれるようになった母にちなみ、その子供のアンジュも、同じように聖女の肩書で呼ばれることも多かったが……そこは年相応に、彼女は神の奇蹟を顕現させる神聖魔法も、聖職者としての知識や技術もまだまだ未熟な、いわば「見習い聖女」だ。
そのため、かつての母の偉業をなぞるように、彼女もまた各地を旅しながら一人前になるための聖女修行の途中だった。
「おい、ねーちゃん⁉ 怪我したくなきゃ、そこをどきなっ! お前がかばってるその女は、さっきこの馬車の前に飛び出してきて、道を進むのを邪魔しやがったんだ! 俺たちのリーダーの……血異人のミナト様が乗ってる馬車の前になっ!」
「ひ、ひぎゅぅっ⁉」
ゴロツキの一人の怒号に、怯えるように体を震わせる村娘。口から泡立つヨダレをこぼし、目にはボロボロと涙を流している。
そんな惨めな姿に心を痛めたアンジュは、彼女を励ますようにつぶやく。
「大丈夫よ……アナタのことは、必ずこのワタシが守ってあげるから」
しかしその言葉とは裏腹に、彼女の脚も震えていた。
無理もない。
ただの「見習い聖女」にすぎないアンジュには、この場を収められるような能力はない。まして、相手にはただのゴロツキだけでなく……あの悪名高い、血異人もいるのだから。
「い、いいから早く、そこをどかねーかっ⁉ そ、そうしねぇと、俺たちの方がミナト様に始末されちまうだろーがっ⁉」
ザコっぽいセリフを言いながら、ゴロツキたちが過剰に装飾された剣を振りあげた……そのとき。
「待て」
そんな声とともに、
「ミ、ミナト様⁉」
馬車の中から、目つきの悪い茶髪の男が現れた。
彼こそは、この周辺を牛耳っている異世界人――血異人のミナトだった。
「その女の服、なんかヤケに上等だと思って出してみたら、Sレアアイテムの『聖女のローブ』だとさ。たぶんそいつ、結構な家柄のお嬢様だ。……
そう言う彼の手には、今アンジュが着ているのと全く同じローブがあった。十五歳の誕生日に聖女の母親がオーダーメイドでプレゼントしてくれた、この世に二つと無いはずのものが。
「え……?」
「へっ」
戸惑うアンジュを、あざ笑うミナト。
「俺がこの世界にきたときに手に入れたスキルは、『アイテム創造』。この世界にあるどんなレアアイテムでも自由に作り出すことができて、しかも、作ったアイテムの詳細も分かるんだ。このスキルがある限り、俺は死ぬまで金には困らねえ。マジで、最高だろ? だけどよ。権力とか地位とかは、金だけじゃなかなか手に入らねえんだよ。ったく、日本と違って、意外とちゃんとしてる世界だよな?」
「な、何を……」
ほとんど独り言のように、アンジュの言葉を待たずにミナトは勝手に話を進めてしまう。
「他の血異人の中には、とっくにどっかの国王とかになってるやつもいるっつうのに。俺だけこんなゴロツキどものリーダー止まりじゃあ、カッコつかねえだろ? 仕方ねえから、これから近くの国の一つも攻め落としてやろうかと思ってたんだけどよお……。あんたみてえな、イイトコのお嬢様を人質にすりゃあ、もっと楽に目的が果たせそうだよな?」
そこで一旦言葉を止めたミナトは、アンジュの体を上から下まで舐め回すように見る。特に、裕福な家庭で不自由なく育った彼女の健康的な胸元に、下卑た視線を向けてくる。吐き気をもよおすような嫌悪感が、アンジュを襲う。
彼はそれから、自分のスキルで創造したローブをビリビリと引き裂きながら、
「それに……他にもいろいろと、楽しめそうだしな」
と言って、舌なめずりをした。
「……!」
アンジュの嫌悪感は、すぐに怒りへと変わった。
聖女の母親から送られた大事な服を、たとえコピーとはいえ、引き裂いたこと。
使い方次第では世界中の貧困問題を解決できそうな強力なスキルを、自分の私利私欲にしか使おうとしないこと。
そして、そんな非道な血異人に対して、自分たちが完全に無力だということ。なすすべなく、その力の前に蹂躙されるしかないということに、我慢ならなかったのだ。
「くっ……」
しかしアンジュは、怒りに任せて後先考えずに暴れたり、その場から逃げ出したりはしなかった。
「お前ら、さっさとその『聖女さま』を捕まえろ。俺が楽しむまで、キズモノにするんじゃねえぞ?」
「で、でも……」
「ああん? ……へっ。最初に馬車の前に出てきた女のことか? そんな貧乏くせえやつなんか知らねえよ。ほっとけ!」
「は、はいっ!」
自分がおとなしくしていれば、少なくとも一人は助かるから。最初に狙われていた村娘は、無事に解放されるのだから。
「ア、アナタ……アイツの気が変わらないうちに、早く逃げなさい……」
未だに震えている体を押さえながら、背後の彼女に対して、なんとかそれだけ言う。
「そ、そんなの……だめデスよぉ⁉ だ、だって、だって、このままだと……あなたが……!」
少女が悲痛な表情で首を振っても、アンジュの心は変わらない。
「ワタシなら、大丈夫だから……。アナタが無事でいてくれれば、それで……」
やはり、聖女と呼ばれる母を持つだけのことはある。
これから血異人の男にどんなひどい目にあわされるのか、想像できないはずもないのに。それでもその一人の村娘を守るために、アンジュは自己犠牲の道を選んだのだ。
そんなアンジュの熱い優しさに、その少女も応え…………たりはせず。
「だ、だ、だからぁ……だめデスってばぁーっ! だってそれじゃあ、私じゃなくてあなたが血異人さんに痛めつけられちゃうじゃないデスかぁ⁉ そ、そんなのズルいデスよぉ⁉ せっかく私が、わざと血異人さんの乗ってる馬車の前に飛び出して、怒られてたのにぃぃぃ!」
「……は?」
その言葉の意味が理解できず、目が点になってしまうアンジュ。
そんな彼女を置いて、立ち上がった少女は、フラフラと馬車のほうに向かっていく。
「う、うふ……うふふふふふふ…………うひゅひゅひゅひゅひゅ……」
口が裂けたかと思うほどに口角を上げ、相変わらずヨダレを垂らしながら。
「ま、まさか……この子……」
アンジュはそこで、ようやく気づいた。
さっきまで、その少女が自分の背後で体を震わせていたこと。それは、恐怖が理由なんかではなかったのだと。
その少女――マウシィ・オズボーン――は、今までずっと、興奮していたのだ。
自分が複数の男たちに責められている状況に興奮して、歓喜の涙やヨダレを流していたのだ……と。
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