半霊的なフォルスフッド・テラー

柿月籠野(カキヅキコモノ)

第1話 半人半霊の占い師

さずくくん、あそぼー!」

 歩美あゆみは、教科書の詰まった赤いランドセルを腰にばこばことぶつけながら疾走しっそうし、近隣住民の視線もはばからず怒鳴どなりながら手を振る。

 手を振る先にあるのは、住宅街の真ん中、ごく普通の一軒家の駐車場の中に不釣り合いに存在している、小さな屋台やたい。その中にいる人物には、歩美の姿は見えないが――。

「お客さんいらしてるから、ちょっと待っててねー」

 少年のような幼さがありながらもやけに落ち着いた声が、すぐに歩美に応える。

 想定内だ。

 ならば、暇潰ひまつぶしをするのみ。

 歩美は「はーい!」と返事をして、走ってきた勢いをそのままに向きを変えてまた走り、交差点では急停止して左右の安全を確認しながら、近くの公園に駆け込む。

 子供たちの元気な声が聞こえる公園で、いているのは――。

 ブランコだ。

 歩美は走りながらランドセルを肩から外して茂みの脇に放り、低い柵に片手を付いて飛び越え、両足で踏み切って青いブランコに立ち乗り、そのまま大空へとす。

 ブランコが空いているとは幸運だ。これは一人で遊んでいても、なかなかさまになる。

 歩美は、ブランコが一回転しないようには注意しつつ、好きなだけ漕ぎ続ける。

 前に行けば、景色は下に。

 後ろに行けば、景色は上に。

 その景色の中では、男の子たちが、芝生の広場で缶蹴りをしている。

 女の子たちが、ジャングルジムにのぼっている。

 と――。

 いつの間にかジャングルジムを下りた女の子たちが、こちらを見てひそひそと話し始めている。

 ――使いたいのか。

 歩美は大きく前に振れたブランコが一番高くなった所で手を離し、同時に思い切り踏み切って、大空へ、飛ぶ。

 女の子たちの悲鳴を聞きながら歩美は芝生に軟着陸なんちゃくりくし、ブランコをぐるりと囲む柵の周りを走ってランドセルを取る。

 バイバイ、公園。

 心の中で手を振って、歩美は走り続ける。

 ――そろそろ、終わっただろう。

「授くーん!」

 さっきの道に出ると、ちょうど、民家の駐車場の屋台――うらなTruthトゥルース Tellerテラー さずく』のカーテンの中から一人の女性が出てくるところだった。

「あ、ごめんなさいね……」

 長い髪に泣き顔を隠す女性が立ち去ろうとする前に、歩美は彼女の進路を塞いでいた。

「占い、終わったんですか?」

 不躾ぶしつけに顔を覗き込んでくる歩美に、彼女は笑って涙を拭い、「ええ。マオくん、遠くで幸せにしてるって」と答えた。

「ああ、そうなんですね! 良かった! じゃあ、気を付けて!」

 歩美が道を空けて手を振ると、彼女も手を振り、静かに歩いていなくなった。

「歩美ちゃん」

 その声に、歩美はきびすを返して屋台に駆け寄り、カーテンの中に飛び込む。

「今日は、早かったね」

 そう言って黒いフードを脱ぐ授の肌は、とおるように白い。

 ――否、彼の肌は、透き通っている。

 フードを脱ぐと分かりやすいが、授の肌は本当に半透明で、なめらかな頬の向こうには、屋台の骨組みがうっすらと透けて見えている。

 歩美は授を見るたびに、自分の、きずや過度な日焼けで荒れた肌のことが気になるが、歩美は授と同じような肌になろうとは思わないし、そもそもなれない。

 何故なぜなら授は、幽霊と人間のあいだの子だからだ。

 授の父、とおるの妻、海羽みわは、徹との間の子供を身ごもっていた時、急病に倒れて亡くなった。その際お腹の子供は、海羽が亡くなっても数時間は生きていたそうだが、母親の身体の外で生きるにはあまりにも小さかったため、医師たちの必死の救命もむなしく亡くなった。しかしそれから数か月後、子供の誕生予定日だった日の朝、悲しみに暮れる徹が目を覚ますと、その腕の中で、半透明の肌をした赤ん坊が産声うぶごえを上げていた――。

 徹はその赤ん坊――授について、海羽が亡くなったあの時、彼女が幽霊になって授を迎えに来た、そしてわずかに残っていた授の命が彼女のお腹に戻り、そこで元気に育ったのだと言う。

 この話だけを聞いて、だから授は幽霊と人間の間の子だ、と断言できる訳ではないのだが、授はどう考えても、歩美のような人間とは違う。

「今日はさ、帰りの会、早く終わったんだ」

 歩美が言うと授は、「それは良かったね」と微笑んでフード付きのローブを畳み、椅子の上に置いて立ち上がる。

 彼のローブの下は、この暑いというのに長ズボンで、シャツは長袖、しかもえりだ。それでも大丈夫なのは、授の不思議な力のせいだろうか。

 そしてこの屋台にも、不思議なところがある。屋台の中には授の椅子と、客用の椅子と、その間に置かれた机しかない。

 だがここは、占い屋。普通なら、不思議なカードやら石やらが置いてあるはずだ。

 しかし授には、道具は必要ないのである。

 椅子や机も、占いには必要ない。

 ただ、半人半霊はんじんはんれいの授は気を抜くと服が肌を滑ってずり落ちてしまうので、万が一の時に個人的な部分が見えないよう、椅子と机を使って、客人の視線を塞いでいるのである。

 ――実は、授がこの仕事をしているのにも、この事情が関係している。

 授と同い年の洋博よしひろ大雅たいがは、今年から大学へ通っている。一方授は、今の歩美と同じ小学五年生の頃から、学校へは通っていない。

 授が学校へ行かなくなったきっかけは、授業中にふっと居眠りをした時に、服が全て落ちてしまったことだという。授の不思議な体質を理解している友達が多かったおかげで、からかわれることは無かったが、なんとなく学校に行きづらくなり、それ以来、家に閉じこもるようになったそうだ。

 しかし、授が十五歳になった時、父親の徹から、自分の力を人のためにかしてはどうかと勧められ、自宅の駐車場でこの占い屋を始めた――。

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