第9話「呪われし娘」
いつの間にか気を失っていたようで、伽耶が目を覚ますとそこは小屋の中だった。
簡素な狭い造りで、部屋の中には生活用品といえるようなものはなかった。起き上がろうとすると、手に何か痛みを感じた。両手が固いもので縛られていた。結束バンドであろうか? 固く両手の自由を拒んでいた。部屋は明るく、目を凝らすと部屋の一角にひとりの男性の姿が見えた。
それは黒須だった。白い道着を着て椅子に座っていた。
「く……黒須さん!?」
「伽耶様……」
黒須は伽耶から目を逸らした。
「ど、どうして!? 何で黒須さんが!?」
伽耶が声を上げると、小屋のドアが、ガチャリと開いた。
「おっと、ようやくお目覚めかな? お嬢様」
ドアを開けて入ってきたのは、黒須と同じ白い道着を着ている男だった。ただ違うのは黒須より若く、髪も茶色で水商売の男のようだった。
「さあて」
茶髪の男は、床に座り込んでいる伽耶に近づいてきた。
「これが、例の娘か……なるほど、伝承通りキレイな顔をしてるぜ」
そう言うと、伽耶の顎を指でクイッと上げた。
「堂島! 伽耶様に触れるな!」
黒須が怒鳴った。この茶髪の男は「堂島」という名前らしかった。
「おお、怖い怖い」
堂島は両手を軽く上げて、おどけたポーズを取った。
「でも黒須さん、惑わされるなよ。コイツは魔を超える極上の上級魔だ」
(え? 魔?)
伽耶はこの前、麟が化け物に変貌した犬井のことを『魔』と呼んでいたことを思い出した。
「く、黒須さん……」
伽耶は黒須と堂島に目を向けた。
「何なの? 一体、『魔』って何なの……?」
その言葉を聞いた堂島は黒須に、話してやれよ、という顔をした。
「伽耶様、魔とは……」
黒須は言いにくそうに言葉を紡いだ。
「人の邪悪な心が生み出した存在……昔から鬼とか悪霊と言われています」
「鬼……悪霊?」
「はい、魔は人を食ったり、悪事を重ねたりして魔力を高めていきます。そして強大な力を持った魔は上級魔に成長し、そうなるともう手が付けられません」
「そう、そこで俺たち『陰陽師』の出番なのサ」
堂島が笑いながら口を挟んできた。
「陰陽師は霊力が備わった呪詛や呪符を使って魔を退治する。でも中には、それだけでは退治できない強力な魔が存在する。そんな時、陰陽師はとっておきの切り札『式神』を使うんだよ。キミも見たでしょ? 中国から来た小僧が呼び出した『朱雀』っていう式神を」
伽耶は土屋に襲われた時に現れた赤髪の女性を思い出した。
「アレは凄かったねえ! 『四神獣』の一匹を呼び出すなんて、超レアな式神だよ!」
堂島が軽い口調で話す。
「し、四神獣?」
「そう、四神獣とは古代中国に伝わる天を守護する『朱雀』、『青龍』、『白虎』、『玄武』の四匹の獣……かなり強力な神獣で、一匹で百匹の式神に匹敵する力を持つと言われている」
堂島の話を聞きながら伽耶は疑問を感じていた。
(麟も恐らく陰陽師なのだろう。でも、なぜこの人たちは私を襲い、一方で麟は私を守ってくれたのか? 同じ陰陽師なのに?)
「あの小僧、若いくせにかなりの使い手のようだな」
黒須がボソリと呟いた。次いで、堂島が口を開く。
「さあ、もういいだろう黒須さん。長年の付き合いだ。アンタの手で、このお嬢ちゃんの最後を看取ってやれ」
堂島の言葉を聞いた伽耶は背筋が凍った。
「な、何それ? 何でそんなことを……?」
「さっきも言っただろうが。お前は魔を超える極上の『上級魔』なんだよ。この世にいたら、皆に災いをもたらすという危険な存在なんだ」
「え……?」
「黒須さん、説明してやれよ」
堂島が面倒くさそうに黒須の方を向いた。黒須は苦しそうに言葉を発した。
「伽耶様、堂島の言うことは本当なのです。あなたは人間ではない。いや、正確に言えば、人間と魔との間に生まれた存在なのです……」
「そ、それってどういうこと!? お父さんとお母さん……どちらかが人間じゃないってこと!?」
その問いかけに黒須は沈黙し、代わりに堂島が答えを口にした。
「ははっ、何をためらっているんだ黒須さん、はっきり言ってやれよ、お前の両親はどちらも本当の親ではない、単なる育ての親だってな」
「え!?」
あまりの衝撃的な発言に、伽耶は身体が固まった。
(ほ、本当の親じゃない? そ、それなら、私の本当の親は一体……?)
呆然とする伽耶を堂島が担ぎ上げた。
「キャア!」
「な、何をする気だ! 堂島!?」
「もういいだろう。粛清の時間だ」
あまりの衝撃的な出来事に混乱している伽耶を担いで、堂島は小屋の外に出た。
外に出た伽耶は、自分たちが湖の小島にいることに気付いた。四方八方が水に囲まれており、霧が出ているので大きさは分からないが、どうやら岸まではかなり距離がある大きな湖の沖にいるようだった。
また、島自体もそう大きくなく、小屋だけがぽつんと建っていた。時刻は朝だろうか? 冷たい空気がひやりと伽耶の頬を撫でた。
「よっと」
堂島は伽耶を地面に立たせた。裸足の伽耶は地面が濡れていることに気付いた。足元はコケや藻のようなものでぬるぬるしており、固い岩の上に立っているみたいだった。
すると突然地面が揺れた。両手を縛られている伽耶はバランスを失い、思わずその場にしゃがみ込んだ。そして見た。霧の向こうに不気味に光る赤いふたつの目を。
「キ、キャアアア!」
霧を切り裂いて、蛇のような巨大な顔が現れると、伽耶をぎろりと睨んだ。
「ははは、もう少し待て。美味しい朝ごはんが待ってるぞ」
堂島がその巨大な顔に向かい、嬉しそうに話しかけた。
しゃがみ込んでいる伽耶は手で地面を触り、その地面の感触が何であるかを思い出した。
(この地面は岩ではない。遥か昔に触った記憶がある。これは……?)
伽耶はゾッとした。幼い頃、庭の池で飼っていた亀の甲羅と同じ感触だったからだ。
そして、自分がどこにいるのかも理解した。信じがたいことだが亀の甲羅の上だった。間違いない、自分たちは今、想像を絶する巨大な亀の背中の上にいるのだ。
「亀の式神「霊亀」(れいき)だ。式神を使役できるのは、あの小僧だけじゃないぜ」
霧の中、堂島の言葉が響く。
「あ、ああっ!」
今度は大きく地面が揺れた。両手を縛られていてバランスが取れない伽耶は、甲羅から滑り落ちて水の中に落ちた。
冷たい水の中、伽耶は必死で身体を動かした。両手が縛られているので自由がきかない。
「ガ……ガハッ!」
伽耶は何とか水面に顔を出すが、その目の前には巨大な亀の顔があった。耳まで裂けた口を大きく開いている。
「あ……あ……!」
「霊亀のエサになれ。魔の少女よ」
亀が伽耶に大口を開けて襲い掛かってきた。抵抗しようにも伽耶は身動きが取れない。水ごと亀の口に飲み込まれようとしていた。伽耶は恐怖のあまり目を閉じた。
大きな水しぶきがあがり、亀が水中に顔を突っ込んだ。伽耶は自分が亀に飲み込まれたと思ったが、次の瞬間、何者かに身体を抱かれて上空に舞い上がっているのを感じた。
伽耶は恐る恐る目を開け、そして見た。自分の真下に巨大な亀の姿があることに。堂島が口を開けて唖然としている姿も見えた。
伽耶を抱きかかえていたのは、赤い髪をなびかせ、空に浮かぶ朱雀だった。
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