第136話 都合の良い関係

 気がつけば紅百合と過ごす時間が俺の中で大きなものになっていた。

 俺の部屋でゴロゴロしながらゲームをしたり、気の向くままにどこかへ遊びに行ったり、一緒に温泉旅行に行ったりすることもあった。

 周囲の人間からはすっかり付き合っているものだと思われはじめ、俺自身も悪い気はしなかった。


 ただ忘れてはならない。俺と紅百合はただの肉体関係でしかなく、そこに恋愛感情は存在しないのだ。

 お互いに都合の良い異性。俺達はどこまで行ってもそれ以上の関係にはなれない。


「おえっ……気持ち悪い……」


 感傷的な気分に浸っていたら、汚い嗚咽で現実に引き戻される。


「バカみたいなペースで飲むからだろ」


 紅百合の背中を擦りながら自然と苦笑が漏れる。

 こんなどうしようもない姿ですら可愛く思えてしまうのだから俺も重症である。


「さ、今日はお開きにするぞ」


 紅百合も限界みたいだし、さっさと会計を済ませて店を出ることにした。

 適当に駅前でタクシーを捕まえると、俺は紅百合の家の場所を伝える。

 こうして紅百合を家に送るのも一度や二度ではない。

 家の中に入ったことはないが、外から見てもそれなりに裕福な家庭で育ったことが窺える。

 うちも昔はこんな感じだったなぁ。


「おい、紅百合。家に着いたぞ」

「んむぅ……」


 タクシーの支払いを済ませて紅百合に降りるように促してみと、紅百合の奴は寝ていやがった。


「すみません、すぐに降ります」


 タクシー運転手が迷惑そうな表情を浮かべていたため、慌てて紅百合を連れて降りる。

 いつもは実家に帰る予定があるときにここまで酔うことはない。何かあったのかと勘ぐってしまう。


 だが、それは俺達の間ではタブーともいえる行為だ。

 必要以上にお互いの事情に踏み込まない。

 それが俺達の関係を続けるための暗黙の了解だった。


「夜分遅くに失礼いたします。紅百合の――娘さんの友人の白純という者ですが、紅百合さんが酔って寝てしまったので連れて帰ってきました」


 インターホンを鳴らして繋がったことを確認すると、俺はできるだけ丁寧にそう告げた。


『あら、ごめんなさい! すぐに開けますね!』


 すると、紅百合の母親らしき人がインターホン越しにそう告げ、数分と待たずに玄関の扉が開いた。

 出てきたのは紅百合の面影を感じる女性だった。アラサーの娘がいる歳にしてはそれなりに若く見える。


「うちの娘がご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「いえ、いいんですよ。もう慣れましたから」

「そういえば、何度か遅い時間にフラフラの状態で紅百合が帰ってきたことがあったけど……」

「たぶん、俺が家の前まで送ったときですね……」


 俺のその一言で全てを察したのか、紅百合の母親は深いため息をついた。


「なるほど、あなたが例の彼氏君だったのね」

「えっ」


 予想外の言葉につい固まってしまう。


「最近、やけに楽しそうだと思ってたから彼氏でもできたんじゃないかって主人とずっと話してたのよ」


 本当に何気ない感じで、紅百合の母親は俺にそう告げてきた。

 いつの間にか、俺は紅百合の彼氏として認識されていたらしい。


「えっと……」


 正直、心臓が止まるかと思った。

 あくまで俺達はただの肉体関係であり、付き合うなんてことはあり得なかった。


「ははは……」


 素直にそれを言うわけにいかず、俺はただ誤魔化すように笑うことしかできなかった。

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