第134話 最悪なパブロフの犬
不測の事態に一周回って冷静になった。
タバコを吸いながら記憶の糸を手繰り寄せるが、気持ち良かったことばかりが頭を過ぎる。
気が合うとは思っていたが、体の相性まで良かったとは思わなかった。
「どうすっかな……」
肺にニコチンを流し込みながら考える。
女性不信とはまでいかないものの、俺は女関係で碌な目に遭っていない。
ヤッちまったもんは仕方ないが、今後の対応を間違えれば俺は地獄を見ることになるだろう。
「ん、頭痛い……てか、ここどこ?」
「ほれ、水」
「ありがと……」
ひとまず、紅百合が目を覚ましたため水をタンブラーに入れて渡す。紅百合はすんなり水を受け取ると、のそのそとタンブラーを口に運んだ。
乱れた前髪が目にかかり、少し色っぽい。
「それで、どこまで覚えてる?」
「あー、何かめっちゃ気持ち良かったことは覚えてる」
「そこまでお揃いかよ」
どこまでも気の合う奴である。
「純って彼女いるの?」
「いたら昨日会ったばかりの奴を部屋に連れ込んだりしない」
「だよね。良かった。彼女持ちとヤッたら最悪刺されるからね」
さらっと怖いことを紅百合は口にした。この一言でこいつがどんな世界で生きてきたが透けて見える。
「とりあえず、どうする? 二日酔いが酷いならしばらく休んでても構わないぞ」
「そうさせてもらおうかな。できれば、仙豆が欲しい」
「ヘパリーゼの粒を仙豆って呼ぶ奴、俺以外に初めて見たぞ」
それとヘパリーゼは飲酒三十分前くらいに飲むものだ。
「まあ、常備してあるからいいんだけど」
「わーい、ありがとー! 純、大好き」
「やっすい大好きだな」
ため息をつきながら、俺は着替えを始める。今日は午後から出勤なのだ。
「あれ、今日もしかして仕事?」
「ああ、ヘアサロンだ」
正治さんに紹介してもらった店だ。穴を空けるわけにはいかない。
「二日酔いで仕事なんてできるの?」
「生憎、俺は親父譲りで酒に強いんだ。ヘパリーゼも事前に飲んでたし、もう体に酒は残ってないぞ」
正治さんに拾われたあの日以来、俺が酷い酔い方をすることはなくなった。
あのときは常人なら急性アルコール中毒でそのまま逝ってもおかしくない飲み方をしてたからああなっただけで、普段の俺は滅法酒に強い身体を持っていた。
紅百合も割と強い方ではあるが、俺の足元にも及ばない。別に誇れるようなことでもないが。
「とりあえず、シャワー浴びてくる」
「昨日会ったばっかの人間を信用しすぎじゃない?」
「安心しろ、俺が女を信用することはない」
テーブルに置いてあったスマホを取り出すと、俺は録画しておいた動画を紅百合へと見せつける。
「えっ」
「ハメ撮り流されたくなきゃ大人しくしてな」
気の合う男だと思ったか? 残念、こう見えてもそれなりに女を転がして生きてきたんでね。
「おー……よく撮れてるね」
「は?」
しかし、紅百合は予想に反して頬を紅潮させて動画に見入っていた。
「何かハメ撮り見てたらムラムラしてきた」
「最悪なパブロフの犬やめろ」
ダメだ。性癖に刺さってしまった。
想像以上に、紅百合は強敵だったようだ。
「ね、ね、今日も空いてる? また撮りながらヤろ」
「イカレてんのか」
まったく、とんでもない女と一夜を共にしてしまった。
今日はとんだ厄日だ。
こんな女と長く付き合えば碌なことにならないのは目に見えている。
ここは固い意志で跳ねのけなければいけない。
「ん……どうしたの?」
紅百合は首を傾げ、上目遣いで俺を見つめてくる。
裸のままシーツだけで体を隠すその姿は非常に煽情的だ。
「……そのまま家にいていいぞ。夕飯のリクエストがあれば買ってくる」
「本当!? 純、愛してる!」
見た目と性格と身体が好みの女には逆らなかったよ。
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