第108話 本当の未練

 口に手を当てて固まるモモを前に僕は慎重に言葉を選ぶ。


「どうして越後さんと筑間先輩の恋愛事情をどうにかする必要があるんだ」

『そりゃ親友の恋を応援したいからよ』


 親友として彼女の恋を応援したいという理由はわかる。


「嘘だね」


 だが、その理由で納得できるのはだ。

 僕と恋愛できずに後悔しているような余裕のないモモがそんな殊勝なことを考えるだろうか。いや、考えるわけがない。


『そんな性格の悪い女に見える?』

「そんな性格の悪い女が僕は好きなわけだけど」


 モモがクロの残したノートを隠したのは何故か?

 モモが色仕掛けをしてでも僕と紅百合を高校生の内にくっつけようとしたのは何故か?

 モモが越後さんと筑間先輩を見ては悲しそうな表情を浮かべていたのは何故か?

 モモが越後さんと筑間先輩をくっつけたいと思っているのは何故か?


 覚悟を決めて、僕は尋ねた。


「越後さんって筑間先輩相手に失恋して僕に惚れるんじゃない?」

『未来が絡んでなけりゃとんでもない自惚れ発言よね』

「あり得ないとは思うけど、他の可能性を排除してった結果だよ」


 僕は誰かに好きになってもらえるような人間じゃないと思っていた。相も変わらずそんな自信はない。

 だけど、紅百合がそうだったように、越後さんもそうだったんじゃないかと考えてしまったのだ。


 越後さんの素を知っていて、バスケで切磋琢磨できる高校時代からの友人。

 僕が疎遠になった紅百合のことをどれだけ引きずっていたかわからないが、闇落ちせずに努力し続けている未来の僕と、家庭の事情にも負けずに夢に向かって努力し続けている越後さんはさぞや気が合ったことだろう。

 モモの行動や未来の情報をそこに加えてみれば、越後さんとそういう関係になっていることも考えられなくはない。


「少なくとも疎遠になった人気配信者とくっつく未来よりは現実的じゃない?」

『はぁ…………』


 モモは言葉を探すように視線を動かし、それから諦めたように口を開いた。


『白君は高校時代あたしに探偵やればって言ってたけど、その言葉そのまま返すわ』


 それは思ってたけど、まだ言ってなかったような気がする。


『わかった。全部話すわ』


 モモは諦めたようにため息をつくと、未来で起きた出来事の詳細を語りだした。


 僕が筑間先輩の事情をノートで知り、バスケ部に入って筑間先輩のバスケへの情熱を取り戻させようと必死になること。

 自分が配信者として人気が出始めた頃から距離を置かれ始めたということ。

 生徒会長がセクシー女優になったのは母親への復讐のためということ。

 筑間先輩と企業して僕が動画投稿者として人気者になるということ。

 越後さんの母親が廃人同然となった後、越後さんは父方の性を名乗っているということ。


 そして、越後さんから紅百合が好きな人である僕を好きになってしまったと謝罪を受けたこと。


 そこから先は疎遠になってしまったからわからないとのことだった。


「じゃあ、モモの未練って……僕と付き合えなかったことじゃないのか」

『ふん、どんなにこっちのあたしが白君とイチャイチャしたところであたしは脳破壊されるだけよ。それに告白自体はこっちのあたしに憑依したあの日にしてるもの』


 確かに僕に告白できなかったことは未練の一つだった。

 でも、それに関してはモモの中で既に解決済みだったのだ。


『高校時代に白君とこっちのあたしが付き合えば、リラは友達を裏切ることに心を痛めなくて済んだのよ。だから無理矢理でも構わなかった。あたしはリラが苦しむ可能性を潰したかったのよ』


 母親からは出来損ないだと罵られ、姉とは確執があり、憧れの先輩には失恋する。

 それに加えてやっとできた親友の好きな人を好きになってしまった越後さんに対してモモは罪悪感を抱いていたのだ。


『あたしさえ、ちゃんとしていれば結果は変わった。結局、どうあがいてもあたしはリラを苦しませる存在だってわからされたわ』


 自嘲するように呟くと、これ以上話すことはないとばかりにモモはそのままその場から立ち去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る