第90話 尾行失敗

 結局、生徒会長の協力もありビルの隙間からは脱出することができた。

 僕達は事情聴取を受ける被疑者の気分で生徒会長に連れられてファミレスにやってきた。高校生の味方サイネリアである。

 さっき喫茶店でパフェ食べたばかりなんだけどなぁ。


「お水どうぞ」

「白君、ありがとう……何か私に聞きたいことがあったから尾行してたんじゃないかしら?」


 持ってきた三人分の水を置きながら席に着くと、開口一番に生徒会長はそう告げる。

 どうやら僕達の尾行はバレバレだったようだ。


「聞きたいことというか……」


 英さんがノリノリで探偵ごっこしてただけとは言いづらい。

 視線を向けてみると、英さんは素知らぬ顔で水をちびちび飲んでいた。


「その、あまり聞くべきことではないとは思うんですが、今日は妹さんのプレゼントを探していたんですか?」

「あら、よくわかったわね」


 やっぱりそうだったみたいだ。

 まったく、英さんもこのくらいのこと気づかないはずがないだろうに、何で尾行なんてしようって提案したのだろうか。

 当の本人はサイネリアの間違い探しを始めている始末である。


「でも、私から何をあげたところであの子は喜ばないのよね」


 生徒会長は水の入ったコップをテーブルに置くと、小さくため息をついた。

 その仕草がやけに大人びて見えるのは、彼女のおっとりとした性格故だろう。決して未来じゃセクシー女優であることを知っているからではない。


「あの子にとって私は呪いみたいなものだから」

「そんなこと……」


 ないとは言えなかった。

 事実、幼少期から優秀すぎる姉と比べられ続けたことで越後さんは歪んでしまった。

 周囲から名前でいじめられ、母親は話を聞かずに怒鳴り散らしてくる。


 その結果、自分を守るために横暴な性格を演じるようになり、自身のトラウマを刺激してくる英さんを排除しようとした。

 誰が悪いかと聞かれれば間違いなく母親といじめっ子達だ。

 だけど、越後さんがああなった原因の一つに生徒会長も含まれていることは確かだった。


「私は妹一人守れないダメな姉なの」


 疲れたように笑うと、生徒会長はメニューを眺め始める。


「ダメなんてことないと思いますよ」


 そこでいつの間にか間違い探しを終えた英さんが口を開いた。

 あの超高難易度のサイネの間違い探しをこの短時間で終わらせた、だと……?


「リラの使ってるヘアゴム。だいぶボロボロになっててかなり昔から使っているなぁとは思ってたんです」


 越後さんといえばポニーテールだ。

 ヘアゴムなんて気にしたことなかったけど、さすが英さん。前髪二ミリだけ切っても気づくだけのことはある。


「前に新しいのあげようかって提案したら断られたんですよ」

「それって……」


 心当たりがあるのか、生徒会長は驚いたようにメニューを落とした。


「デザインも子供っぽいなって思ってたんですけど、生徒会長があげたものだったんですね」

「小学校のときに、ね……」


 どこか昔を懐かしむような表情を生徒会長は浮かべる。

 それから彼女は遠い目をして越後さんとの思い出を語ろうとした。


「ご注文を伺います」

「あっ、はい」


 店員さんが伝票を持ってやってきた。

 いつの間に注文ボタンを押したんだと思ったら、英さんがバツの悪そうな顔になっていた。


「いや、水だけで長話するわけにはいかないでしょ」

「それはそう」


 ひとまず、その場で僕達は安いメニューを適当に注文することにした。

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