第89話 尾行開始

 僕と英さんは生徒会長の動向を観察し始めた。

 生徒会長は他にも何冊かパラパラと参考書を確認しては本棚に戻していく。

 それからため息をつくとそのまま何も買わずに立ち去っていく。


「よし、参考書を確認するわよ」

「はいはい……」


 ノリノリの英さんに呆れつつも生徒会長が見ていた参考書を確認する。


「これ高一の内容じゃない」

「あー、そういうことね」


 生徒会長はただ越後さんのために参考書を探していたようだ。

 あっさり謎も解明されてしまい早くも探偵ごっこは終わりを告げたかに思えた。


「さ、追うわよ」

「えぇ?」

「生徒会長の向かった方角は確認済みよ」

「行動力と観察力の無駄遣い」


 まあ、探偵ごっこでウキウキしている英さんは可愛いし見ていて飽きないからいいけど。

 素早くミステリーの新刊の会計を済ませた英さんは速足で生徒会長を追いかける。

 時折看板に隠れながら、英さんは考えるように顎に手を当てて、それから小さくため息をついた。


「……ただリラの参考書を選んでいたってわけでもなさそうなのよね」


 ずっと目を輝かせているものだと思っていたが、一瞬表情を曇らせた英さんを見て不安が過ぎる。完璧美少女同士にしかわからない何かがあるのだろうか。

 それから僕達は生徒会長の跡を付けた。

 生徒会長はスポーツ用品店や服屋を巡っては何も買わずに出てくる。

 そして、浮かべている表情はずっと曇っていた。


「あの感じだと越後さんへのプレゼントが決められないとかそんなところかな」

「いや、あれはたぶん――」


 英さんが何かを言おうとしたとき、その言葉が途切れる。

 ふと、生徒会長の方を見てみれば、回れ右をしてこちらの方へと向かってくるのが見えた。


「やっば……こっち来て!」

「ぐえっ」


 英さんは僕のネクタイを引っ張り慌ててビルとビルの間に入り込む。

 狭い空間で密着する形となったことで、柔らかい感触が伝わってくる。

 それに加えて顔が近い。吐息が掛かり心臓が跳ね上がる。

 幸い生徒会長はこちらの様子に気がづかず、そのまま通り過ぎていく。


「英さん、生徒会長もう行ったよ」

「え、ええ、そうね……あれ?」


 顔を赤らめた英さんは慌てたように僕から距離を取ろうとして身動きが取れないことに気づき、顔を青ざめさせた。


「挟まっちゃったみたい……」

「さすがに、これは怒っていいよね?」


 そう思いつつも、ラッキーと思っている自分がいる。好きな子と密着状態で挟まるなんて男子高校生にとってはただのご褒美である。もちろん、僕も例外ではない。


「ごめんなさい。隠れなきゃと思ったら……」

「吾輩はおこである。許す気はまだない」

「ふっ……雑に漱石使わないで……くくっ」

「雑目漱石」

「くくっ……もうやめてぇ……!」


 どうやら漱石がツボに入ったらしい。恥ずかしがったり青ざめたり笑ったり忙しいな。

 さて、英さんを笑わせたところで事態は好転しない。どう脱出したものか。


「そうだ。モモに協力を――」

『あ……あうぁ……』

「ダメだ。脳破壊されてて使い物にならない……!」


 モモが憑依したところで英さんの体の位置は変わらないから、そもそも役に立たなかったのを失念していた。クロだったら何とかしてくれそうな気がしたからついモモを頼ろうとしてしまった。


「あらあら、こんなところで偶然ね」


 そして、そんなバカなことをしている内に尾行対象である生徒会長に見つかってしまった。


 さては、この人わかってて素通りした振りしたな?

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