第67話 一緒に登校(霊体)

 目が覚めると、目の前に美少女がいた。

 長い睫毛に色っぽさを引き立てる泣きボクロ、艶やかな唇。

 そう英さんである。


 そうだった。モモが英さんの肉体に入って変えちゃったから魂を一晩預かることになったんだった。

 そんな彼女の顔が目の前にあるのだ。距離で言えば池袋の公園で抱きしめられていたときよりも近いのではないだろうか。

 何なら顔の一部というか唇が重なってしまっている近さだった。

 もちろん、すり抜けてしまうので感触は何も感じない。


「っ……!」


 とりあえず起き上がって英さんから離れた方がいいのはわかるのだが、どうにも彼女の寝顔から目が離せなかった。

 こうして眠っている(気絶している)英さんのを見てみるとものすごく整った顔をしている。恵莉花さんから受け継いだものもあるのだろうが、ここまで美少女になっているのは英さんの弛まぬ努力の結果だろう。


 そのまま英さんの寝顔に見とれていると、不意に英さんの瞼が空いた。相も変わらず、吸い込まれそうなきれいな瞳である。

 それから見つめ合うこと数秒。


『ちょわぁぁぁぁぁ!?』


 英さんが悲鳴を上げながら飛び起きる。ベッドには寝れるのに布団は貫通するのか。


「あっ、おはよう」

『おはよう、じゃないわよ! 何で私が白君と一緒に寝てるのよ! てか、あたしの寝顔見てたわよね!?』


 流れで誤魔化そうと思ったのだが、ダメだったみたいだ。ここは奥の手を使わせてもらおう。


「気絶したあとから一回も目を覚まさないから心配だっただけだよ」

『ぐっ、そう言われると何も言えないじゃない……!』

「あと、モモが肉体を持ち帰ってくれたから学校で返してもらいなよ」


 何でもない風を装って状況を改めて説明すると、英さんは不満げに唇を尖らせていた。


『せめて、動揺くらいしなさいよ……』


 動揺はしている。事故とはいえ、霊体とはいえ、僕と英さんの唇は重なっていたのだから。

 冷静な振りをできたのは、今の英さんが霊体で感触がなかっただろう。

 それから朝食を済ませて学校へと向かう。


「…………」

『…………』


 気まずい。ハメ撮り事件の後より気まずい。

 どうしてこうもうまくいかないのだろうか。

 モモが好意を伝えてきたのが悪い。と思いたいが、好きな女の子に告白していない自分が一番悪いのだろう。


『そういえば、一緒に登校するのは初めてね!』


 英さんが努めて明るい声音で告げる。

 僕は携帯を開くと耳に当てて、通話中を装って英さんと会話する。


「入学したときは英さんとこんな関係になるなんて思ってなかったよ」

『あたしもよ。ま、未来じゃあたしが死んでて、それを変えるために時を越えてきた人がいるなんて思いもしなかったもの』

「普通に超常現象だしね」


 僕の言葉に英さんは楽し気に笑った。ようやくいつもの空気が戻ってきた。

 これだよこれ、こういうのでいいんだよ。


『それにしても、モモはうまくやれてるかしら』

「腐っても英さんだよ? その辺は抜かりないんじゃない」

『腐った上に抜かりがあったからこうなってるんだと思うけどね……』


 英さんは深いため息をつく。


『それに、未来の自分ほど信用できない存在もいないでしょ』

「それは本当にそう」


 かつてクロに振り回された経験から、英さんの言葉には頷くしかない。


「でも、まあ、確かにクズだったけど、クロは英さんを救いたい一心だったんだし、今回の闇落ちする僕を救いたいってモモの想いは信頼していいと思うよ」

『そりゃクロは長年一緒にいたんだから信頼できるのもわかるけど……』


 英さんは僕の言葉に理解を示したものの、どこか納得がいっていないような表情を浮かべていた。


『どうにもあの女からは嘘の臭いを感じるのよね』

「未来の自分だけど大丈夫そ? 特大ブーメランになってるよ」


 それを言ったら猫を被っている英さんだってかなり嘘つきである。

 思ってもないことをそれらしく発言することにおいて、英さんの右に出る者はいないだろう。


「まあ、大人だからこそ情報の取捨選択をしてるっていう見方もできるよ。未来の情報って下手に伝えると悪い方にも転がったりするし」

『そういうものかしらねぇ』


 未来の自分と遭遇するという稀有な経験こそしているが、僕たちはまだ高校生。世間から見ればまだまだ子供だ。

 クロのような苦労も経験もしていない僕達から見える世界はまだまだ狭いのだろう。


 だからこそ、クロも僕に伝える情報を制限していた。

 きっとモモが何か隠し事をしているというのなら、それは僕達のことを思ってのことだろう。


 何せモモは英さんなのだ。性根の優しい彼女が未来の情報を悪用するなんて考えづらいからな。

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