第57話 ブザービート

 ゴムが擦れる甲高い音とボールが床に叩きつけられる鈍い音がコートに響き渡る。


「いっけー! リラ!」

「頑張れ、越後さん!」

「リラち、やっちゃえー!」


 ボールが一瞬でコートの端から端へと移り、猛烈なスピードで選手達がコートの中を駆け回る。

 その中でも一際目立つのは越後さんだ。

 敵のディフェンスをかいくぐり、マークをものともせずに越後さんはシュートを放つ。

 越後さんの手から放たれたボールは吸い込まれるようにリングを潜り抜けていく。


「シャァ!」


 荒々しいガッツポーズと共に越後さんがチームメイトとハイタッチを交わす。何だかんだで部活メンバーとはうまくやっているようだ。


「何よ、あいつ。あんな化け物がいるなんて聞いてないわよ!」

「背ぇ高! フィジカルもスピードも化け物クラスかよ」

「名前はえちごりら……マジでゴリラじゃん!」


 一方、対戦相手の応援席は越後さんの桁外れの強さに戦慄していた。しかも顔も知らない相手にゴリラ呼ばわりされる始末である。

 越後さんが名前だけでも相当苦労していたことが察せられる。顔だけは生徒会長に似て綺麗な方だと思うんだけどなぁ。


「グルルァ!」


 あっ、ダメだ。猛獣みたいな顔してる。あれじゃゴリラというよりライオンだ。

 試合中で興奮しているとはいえ、人の言語は忘れないでほしい。


「チッ、鬱陶しい……」


 試合後半、いくら越後さんが化け物染みたフィジカルを持っているとはいえ、徹底的にマークされてしまえば大幅に動きが制限される。

 無理に動けばファールを取られてしまうことは越後さんも理解しているのか、苦々しい表情を浮かべている。


「なんつって」


 それも一瞬のこと。

 ニヤリと笑うと越後さんはフリーになっていた先輩選手にパスを回す。

 見た目や性格の圧から勘違いされがちだが、越後さんは本来臆病で慎重な性格である。

 普段は周囲に強気な発言をしているが、心の中では誰にも弱みを見せないよう怯えている。


 つまり、周囲をよく見ているということだ。


「ナイスよ、リラ!」

「うすっ!」


 先輩は絶妙なパスを受け取り、そのままシュートを放つ。

 ボールは綺麗な曲線を描きながらゴールの中へと吸い込まれていった。


「さっすがリラ! チームプレイだってそりゃ得意よね!」


 英さんは鼻息を荒くして越後さんを応援している。いろいろあったけど、僕以外で心を許せる越後さんとは想像以上に仲良くなっていた。


「強豪だか何だか知らないけど、ぶっ飛ばしちゃえ!」


 いや、素が出てる。だいぶ出てるから。もう零れ落ちちゃってるから。


「……くゆちゃんもだいぶ素が出てきたねぇ」

「え……」


 隣にいた吉祥院さんがぼそりと呟いた言葉。それはこの熱狂の中でもハッキリと聞こえた。思えば、彼女は入学以来ずっと英さんと越後さんの傍にいた。

 関りなんてほとんどなかったから気にしたことなんてなかったけど、この人意外と周りを見ているのか。


「んふふー、シロ君は気づいてたっしょ」

「っ!」


 何この人怖っ!


 吉祥院さんとは、英さんか越後さん越しにしか話していなかったはずだ。

 それなのに、僕の心まで見透かしたような視線に背中を冷や汗が伝う。


「ま、今はリラちの応援しよっか」

「そ、そうだね……」


 彼女が追求してこないことに安堵しつつ、今は目の前の試合を楽しむことにしよう。


 越後さんをマークしすぎれば、実力のある先輩達がフリーになる。

 逆に少しでもマークを緩めれば越後さんは止められない。


 はっきり言ってこんなのどうしようもない。


「ガルァ!」


 獣のような唸り声と共に越後さんがコートを駆ける。その姿は荒々しくもどこか美しさすら感じた。


 そして、越後さんがボールをゴールに叩き込んだのと同時にブザーが鳴り、コート上には一瞬の静寂が訪れる。


「ブザービートって、かっこよすぎだろ」


 コート上で大きくガッツポーズをする越後さんを見て、素直にかっこいいと思ってしまった。


 前の未来じゃどうなったか知らないけど、未来が変わった今ならきっと越後さんの未来は明るいだろう。

 そんなことを考えなら、僕は英さんや吉祥院さんと共に応援席を立つのであった。

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