第45話 違和感
写真を見ていると、携帯に表示されている時間が十六時を回っていることに気がついた。
「お昼ご飯、最初に食べておけば良かったわね」
「あはは……お粗末なエスコートでごめんね」
本来ならもっと早くに昼食を済ませている予定だったのだが、予想以上に混雑していてなかなか食事を取れず、気づけばこんな時間になってしまっていたのだ。
「ランチタイムは終わってるし、ラッシャイ通りの方のファミレスにでも入ろうか」
「じゃあ、サイネリアとかどう?」
「えっ、サイネでいいの?」
デートでサイネはない。デートについて調べているときに見つけたネットの意見だ。
「バカね。サイネは安いし、おいしいじゃない。文句言うわけないでしょ」
英さんは当たり前のように言った。意外とネットの知識は当てにならないことが判明した瞬間である。
「その前に、ちょっと本屋覗いていかない?」
英さんはモンラボと同じフロアにある書店を指さした。
「欲しい本でもあるの?」
「そういうわけじゃないけど、ぶらぶらと最近の作品どういうのがあるのか見るのが好きなの」
「いいね。そういうの僕も好きだよ」
それから目と鼻の先にある書店に着くと、そこには最近のアニメ化された漫画原作がポップと共に店頭に並べられていた。
「あっ、ニドコイだ」
「確か今やってる映画の原作だっけ」
〝二度と会えない君と、二度とない恋を〟、通称ニドコイ。大人気漫画が映画化されたと最近話題になっている作品だ。
『ニドコイ、か……』
不意に、クロがニドコイを見ながら懐かしむような声で呟いた。その声色に少し違和感を覚える。
ただ懐かしいというだけじゃない。その声音はどこか寂しさを感じさせるものだった。横目でクロの表情を盗み見てみれば、彼は下唇を噛みしめながらじっとその表紙を見つめていた。
クロの様子は気にかかったものの、英さんもいる手前、追及することはできなかった。
「あっ、不動翔子の新作ミステリー出てる!」
英さんはミステリー小説コーナーの前で立ち止まり、興奮気味に叫んだ。
「ミステリー好きなの?」
「うん、小学校のときに読んでて結構ハマっちゃったの」
英さんはその文庫本を手に取ると、タイトルを僕に見せてきた。タイトルは〝凍てつく刃〟。何となく氷で作った凶器で殺してそうなタイトルである。
「ミステリー小説ってトリックに氷使われガチだよねぇ」
「消えた凶器の代名詞よね。あと、癖を使って殺すとかも多いわよね」
「あー、あるある。必ず触る場所に毒を塗っておいてペロってやつね」
僕は漫画やドラマで仕入れた情報だが、概ね小説の方でも同じようなトリックは定番らしい。
そこで英さんは悪戯っぽい笑みを浮かべると、僕の顔を覗き込んできた。
「白君だったら顔にゴミがついてるって言って鼻の頭に毒を付けておけば殺せそうね」
「さらっと怖いこと言わないでよ……って、鼻の頭?」
英さんの言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返す。すると、英さんはしまったというような顔をして目を逸らした。
「……前に言ったでしょ。白君、嘘付くときに癖があるって」
「そういえば、言ってたね」
あのときは癖を教えるとやらなくなるから教えないと言われたけど、英さんの言葉からして〝鼻の頭を触る〟のが僕が嘘を付くときの癖ということだろう。
「ちなみに、不動翔子の前作は被害者の癖が白君と同じで見事に殺されてたわ」
「……嬉しくない情報ありがろう」
なんとも言えない気分になった僕は苦笑いを浮かべた。そこでふと、気がついた。
「そういえば、不動翔子って、もしかして〝君のことが好きだったんだ〟の作者?」
「そうそう! よく知ってるわね」
「昔、読書感想文書くときにで選んだからね」
とはいえ、割と本格ミステリーの部類だったため、当時小学生だった僕には内容が難しかったのはよく覚えている。
「これどんなトリック使うんだっけ」
「確か睡眠薬で眠らせて生きてる状態で海を漂わせたあとに、浮き輪の空気が抜けて沈むようにして溺死させてたわね」
英さんは殺人のトリックの詳細をすらすらと答えてみせた。さすがの記憶力である。
トリックの内容を聞いたその瞬間、僕の後ろで激しい物音がした。
『……ハッ、っはぁ、ぁ……はぁ……!』
振り返るとそこには床に倒れ込み、真っ青な顔で過呼吸になっているクロの姿があった。
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