第40話 そこも含めて彼女の魅力
中間テストの結果、上々だった。
僕は学年五位、英さんは安定の一位。そして、越後さんは――
「な、何とか赤点回避……!」
全教科五十点前後を取ることが出来ていた。むしろ、あれだけみっちりやって五十点前後とはどういうことなのか。彼女がどうやってこの学校の受験を突破したか不思議でしょうがない。
問い質したいが、今は口から魂が飛び出ているような瀕死状態のためやめておこう。
「リラ、これでわかったでしょ。普段から勉強はしっかりやっておかないとダメだよ」
「……はい」
英さんに優しく諭され、項垂れるように越後さんは素直に頷く。
その様子を見ていたクラスメイト達が小声で囁き合う。
「最近、越後変わったよな」
「英さんとより仲良くなったっていうか」
「丸くなったよねぇ」
どうやら二人の関係性の変化は周りもしっかりと感じ取っていたらしい。この変化が良い方向へ転がることを願うばかりだ。
「白君も学年五位おめでとう」
「学年一位様からのお褒めの言葉、光栄です」
「もう、揶揄わないでよ」
ころころと笑う英さんだったが、よく見ると目が笑ってなかった。どうやらこういういじり方は好きじゃないらしい。
「でも、試験が終わってこれで一息つけるね」
「そうよ! もうすぐゴールデンウィークなんだから、休みを全力で楽しまなきゃ!」
口から飛び出ていた魂を吸い込むように、越後さんは復活を果たした。
彼女の零したゴールデンウィークという単語に周囲の男子達の目が光る。
「あのさ、英さんはゴールデンウィークどうするの?」
「もし良かったら一緒に遊園地でも行こ!」
「いやいや、俺と一緒に水族館に!」
イナゴの如く群がる鼻息の荒い男子達。彼らに対して英さんは動じることなく、いつもの営業スマイルを向けた。
「ごめんね。ゴールデンウィークはちょっと用事があるんだ」
そういえば、ゴールデンウィークは英さんと一緒にゲームをする約束だった。これがバレたらクラスの男子達から吊し上げられるんだろうなぁ……。
[英紅百合:今日も家行くから]
[白純:了解]
でも、こんな秘密の関係も悪くないかもしれない。
こっそり覗き込んだメールを見てそんなことを思った。
「ゴールデンウィーク、デートしよっか」
学校も終わり、いつものように僕のベッドでくつろいでいる英さんが突拍子もないことを言い出した。
「へ?」
突然の提案に僕は間抜けな声を出してしまう。
「どうしたの急に?」
動揺を隠すように冷静を装いながら尋ねると、英さんはそんな僕の様子にクスリと笑ったあと言葉を続けた。
「この前のお礼よ。リラとのこと、これでもあたしなりに感謝してるの」
英さんはいつもの営業スマイルではなく、柔らかな微笑を浮かべながら言った。その笑顔は反則級の破壊力で、思わず見惚れそうになってしまう。
「喜びなさい。この完璧美少女であるあたしが友達バレのリスクを背負ってでもデートしてあげるのよ」
見惚れそうになったと思ったらこれである。
せっかく良い雰囲気になったと思ったのだが、やはり英さんは英さんだったようだ。
まあ、そこも含めて彼女の魅力なのだが。
「さいですか……」
英さんのような人気者と遊びに行くというのはクラスメイトにバレるというリスクがある。出来るだけ学校周辺は避けた方がいいだろう。
とはいえ、ここまでリスクを背負ってまで出掛けようと誘ってきたのだ。きっと英さんにも行きたいところがあるに違いない。
「それで、どこか行きたいところってあるの?」
「特にないわね。白君、どっか探してくれる?」
「えぇ……」
まさかのノープランである。提案しておいて丸投げとはなかなかの理不尽っぷりである。
『あー、紅百合ってこういうとこあるよな』
部屋の壁を貫通してひょっこりと顔を出したクロがぼそりと呟いた。通り抜けできるのは知っているけど、顔だけ出すのは心臓に悪いからやめてほしい。
『どっか行きたいとか言いながら、特に行きたいところはないから行き先はお任せ。ホントわがままで甘えたがりなんだよなこいつ。面倒臭いったらありゃしねぇ』
溜息をつきながら、クロは当時のことを思い出しながら愚痴を零し続ける。ベッドで寝転んでいる英さんには聞こえていないのを良いことに言いたい放題である。
でも、不思議とその顔は顰めっ面ではなく、穏やかなものに見えた。
「池袋辺りで適当にぶらついて遊ぶのはどう?」
「いいじゃない。わかってるわね、白君」
嬉々として英さんは賛同してくれた。英さんはただお出掛けがしたかっただけなのだろうか。
「それじゃ、当日はエスコートよろー」
「はいはい……」
とりあえず、英さんのリクエストに応えられる場所を探してみよう。そんなことを考えながら、僕は英さんと他愛もない会話を楽しんだ。
「それじゃ、また明日ね」
「うん、また明日」
恒例となった挨拶をして僕達は別れる。
こんな日々が続けばいい。
英さんに絆されていることは理解しつつも、それを不快だとは微塵も思わなかった。
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