第30話 情けは人のためならず
えちゴリラ――この呼び方はもうやめよう。越後さんが昔いじめられっ子だったのは何となく察しがついていた。
やたらと見た目が不良っぽい白君にビビってたし、強気に振る舞っていてもどこか無理しているような気がしていたのだ。
越後さんの普段の横暴な態度も、いじめる側に回ればいじめられない理論の表れだったのだろう。
きっと〝嫌われないように完璧美少女を演じる〟あたしと同じで、越後さんも〝いじめられないように強気な女王様〟を演じていたのだろう。
「ハナブサと初めて会ったときはお姉ちゃんが二人に増えたような気がして最悪の気分だった。何から何まで完璧で、嫌がらせをしてもウチには変わらず優しくしてくるし」
こっちだって好きで優しくしていたわけじゃない。腸が煮えくり返る思いで、猫を被っていたのだ。文句を言いたいのはこっちである。
「ホント、お姉ちゃんとそっくりで吐き気がする」
「うーん、なんか勘違いしてない?」
白君は困ったような表情を浮かべると、とんでもないことを言い始めた。
「英さんが似てるのは生徒会長じゃないよ」
「え?」
「僕からしたら、英さんは越後さんに似てると思うけど」
おい、ちょっと。何を言い出す気だこの野郎。
唐突に自分の本性をバラされはじめて慌てていると、白君はお構いなしに続けた。
「考えてもみなよ。生徒会長レベルの完璧美少女が二人もいると思う?」
「それは、そうだけど……」
白君の言葉を受けて、越後さんも納得する。お願いだから納得しないで。
「完璧美少女の演じている英さんと強気な性格を演じている越後さん。そっくりでしょ」
「ハナブサが猫を被ってる? あれが演技ってさすがにヤバすぎると思うんだけど」
さっきは流されて納得しかけた越後さんだったが、あたしと接する機会が多かったからか、白君の言葉には懐疑的だった。
「信じられないのも無理ないよ。僕みたいな高校デビュー失敗しただけのボッチが、何言っても信憑性はないだろうし」
ふと、その言葉であたしはやけくそで白君にかけた言葉を思い出した。
『別に嫌ならいいわ。もう白君の家には行かないから。白君みたいな高校デビュー失敗しただけのボッチが、あたしの本性を言いふらしたところで誰も信じないだろうし』
……そういえば、そんなこと言ってたわ。完全に忘れてた。
「ぶっちゃけ、僕から見てると二人は演じてるキャラ同士が喧嘩してるだけで、中身は根っこの部分で似ているんじゃないかなって思うんだよ」
白君はいつものように優しい笑みを浮かべながら、噛みしめるように話を続ける。
「しっかりと今までのこと謝って本音でぶつかってみなよ。友達ってそういうもんでしょ」
いつの間にか白君のペースに飲まれ、すっかり毒気を抜かれた越後さんは俯いて黙り込んでいた。
しばらくすると、越後さんは小さくこくりと首を縦に振った。
「……わかった。ハナブサに謝って、ちゃんと話してみるよ」
越後さんの言葉に満足気に頷くと、白君は続ける。
「今回のことは未遂だったわけだし、英さんには内緒にしておくよ。次はないからね」
「うん、もうしない……それと、ありがとう」
「いいっていいって。これで万事解決だね」
話はこれで終わりとばかりに白君は越後さんに背を向ける。
すると、越後さんは納得がいってなさそうな表情を浮かべて白君に問いかけた。
「ねぇ、何でわざわざこんな面倒臭いことに首突っ込んできたの? やっぱり、ハナブサのこと好きだったりするの?」
思わず息を呑む。その先は聞きたくない。
白君はあたしのことを心から心配してくれていたのに、酷いこと言っちゃったし、こんな性格の悪い女嫌って当然だ。
答えを聞くのは怖いけど、白君があたしをどう思っているかも気になり、あたしはその場から動けなかった。
「大切な友達だからだよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
白君があたしのことを、大切な友達だって思ってくれている? そんなバカな。
あたしの本性を知ってそんな風に思うなんてありえない。
「でも、僕は完璧美少女の英紅百合が好きなわけじゃない」
「どういうこと?」
続く白君の言葉に越後さんと同様にあたしも首を傾げた。
白君は溜息をつくと、どこか照れくさそうに話し始めた。
「最初は僕も猫を被っている英さんは好きじゃなかった。けど、一緒にいる内にわかったんだ。英さんは気づいてないみたいだけど、内心でどう思っていようと英さんの行動で救われた人は大勢いる」
確かに、悩みがある子の話は聞いてあげたし、用事がある人の掃除当番は変わってあげた。他にも挙げればキリがないだろう。
でも、それは困っている人を放っておけないのが、あたしの作り上げた〝完璧美少女の英紅百合〟だったからだ。
白君はその行動で救われている人がいると言った。
「情けは人のためならずっていうのかな。英さんが自分の評価のためにやったことはちゃんと人の助けになっているんだよ」
今までそんな風に言ってくれる人はいなかった。そもそも、あたしの本性がバレることなんてなかったから当たり前なんだけど、いたとしてもそんな風に言ってくれるなんて思わなかったのだ。
「根っからのお人好しと違って、嫌なのに人のために行動できる。それってすごいことだと思うんだ」
白君はそこで言葉を区切ると、にっこりと微笑んで言った。
「それに趣味も合うし、打てば響くような小気味良い会話も、気まずくならない無言の時間も楽しかった」
白君の言葉にハッとする。
それ、さっきあたしが考えてたことと同じだ……。
「仲良いと思ってたけど、よく一緒に遊んでたんだ。ハナブサ、バイトで忙しいなんて言ってた癖に……」
「まあ、その辺は許してあげてよ」
口を尖らせる越後さんに、白君は苦笑していた。
「だから、僕はわがままで理不尽で寂しがり屋で、誰よりも努力家な英さんが好きなんだ」
それを聞いて、あたしの胸の奥底でずっとつかえていた何かがストンと落ちた気がした。
白君は表面的なあたしじゃなくて、内面を見たうえでこんなあたしを好きになってくれたんだ。
もちろん、友達として好きということであって恋愛的な意味はないのだろう。
白君は必ずと言っていいほど、嘘をつくときは鼻の頭を掻く。鼻の頭を搔いていない彼が嘘を言っていないことは明白だった。
白君が本心からその言葉を口にしてくれた。
そのことが嬉しくて、少し恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じた。
「何、これ……」
白君から目が離せない。心臓の鼓動が速くなって息苦しい。
顔も熱いし、上手く頭が回らない。これは一体何なんだ。
このままじゃみんなの前でうまく猫を被れない。
少しでも落ち着くため、あたしはその場から逃げるように掛け出した。
ちなみに、大幅に授業に遅刻した二人は先生から怒られることになるのであった。
あたしは二人を探してたことになってるおかげでお咎めなし。やっぱ完璧美少女は得ね。
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