第29話 八つ当たり

 白君に携帯の画面を突き付けられたえちゴリラは激しく狼狽していた。

 こちらから画面は見えないが、表情から察するにあたしの鞄に財布を入れようとした瞬間が写っているのだろう。


「何で、こんな写真……まるで……」


 そう、まるで未来を知っているみたい。

 白君が撮影したであろう決定的瞬間の写真は、えちゴリラがあたしを財布を盗んだ犯人に仕立て上げることを知っていなければ撮影することは不可能だ。


「てめぇくらいわかりやすい直情的脳筋ゴリラは考えが読みやすいんだよ」

「ツクモォ……!」

「悔しかったら、そのまな板みてぇな胸でドラミングでもしてみたらどうだ?」


 普段の白君とはあまりにもギャップがありすぎて頭が追いつかない。いつもと違う白君に戸惑うあたしを他所に白君の口撃は続く。


「こうでもしないと紅百合に勝てないと思ったか?」

「あんたには関係ないでしょ」

「関係あるぞ。紅百合は俺の……友達だからな」


 あたしのことをさらっと呼び捨てにした白君は、えちゴリラから視線を外さずに続ける。


「いい加減認めろよ。お前は生徒会長そっくりの完璧美少女の紅百合に嫉妬して犯罪に手を染めた大馬鹿女だ」

「うるさい……」

「そういや生徒会長言ってたよ。『凛桜ちゃんは良い子だから仲良くしてね』ってな。冗談じゃねぇよ」

「うるさい!」


 えちゴリラは目に涙を浮かべると、白君に殴りかかった。


「今度は暴力か。つくづくゴリラだな」

「痛っ!」


 それを軽々と受け止めると、白君はえちゴリラの腕をそのまま掴んだ。

 白君に腕を掴まれたえちゴリラの顔からは余裕の笑みが完全に消え去り、恐怖で引き攣っていた。

 あたしは何が起きたかわからず呆然と立ち尽くすしかなかった。


「このまま――ちょ、ストップ! ごめん、越後さん。ちょっとタンマ」


 突然、ハッと我に返った白君はえちゴリラの腕を慌てて話した。動揺しているらしいその様子はあたしのよく知る白君だった。……もしかして、白君って二重人格?


「何なの……ホントに何なのあんた!」


 白君がえちゴリラの拘束を解くと、彼女は涙目で白君を睨みつける。

 それに対して、白君は大きく深呼吸すると、落ち着いた声で告げる。


「ごめんね。ちょっと強く掴み過ぎた。それにさっきも言い過ぎたよ。本当にごめん」


 深々とえちゴリラに向かって頭を下げる白君。その温度差にあたしもえちゴリラも言葉を失っていた。


「でもさ、英さんにやろうとしたことは許されることじゃないし、僕も許せない」


 白君はゆっくりと顔を上げると、えちゴリラを見据えて静かに宣言する。


「もし今度英さんに同じようなことをすればただじゃおかない」


 それはいつもの穏やかな白君ではなく、先ほどの荒々しい白君でもなく、強い意志を持った初めて見せる白君の一面だった。


「もう英さんへのくだらない八つ当たりはやめてほしい」


 白君はえちゴリラに近づくと、彼女の肩に手を置いた。

 ビクッと震えたえちゴリラを気にすることなく白君は続ける。


「ちゃんと今までのこと英さんに謝ってほしいんだ」

「わ、わかった……謝る」


 見ていて可哀そうなほどえちゴリラは震えていた。


「あー……その、本当にごめん。さっきは怒りで我を忘れてた的な感じでさ。脅した感じになっちゃったね」


 えちゴリラから距離を取ると、白君は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「我を忘れるってか、ほぼ別人なんだけど……」

「あはは……」


 えちゴリラの言葉を聞いて白君は苦笑いを浮かべていた。あははじゃねぇよ。


「……ねぇ、八つ当たりってどういう意味?」

「あれ、違った? てっきり、生徒会長にコンプレックスがあるから彼女に似てる英さんに当たりが強いんだと思ってたけど」


 えちゴリラが首を傾げると、白君がさらりと爆弾発言を投下する。それ本人に言っちゃダメな奴だよ!


「……そうかもね」


 再び烈火の如く怒り出すかと思えば、素直に白君の言葉を肯定した。

 どうやらもう怒る気力も残っていないようだ。


「お姉ちゃんは何をやっても一番。ウチはいつもお姉ちゃんと比べられて、いつも〝睦月ちゃんの妹〟でしかなかった。何度お姉ちゃんがいなくなればいいと思ったかわからない。そんなウチにお姉ちゃんはどこまでも優しくて、その度に人間として自分がいかに醜いか思い知らされた」


 すっかり勢いを失ったえちゴリラは唐突な自分語りを始めた。あたしは黙って耳を傾けることにした。


「ウチを個人として認識してたのは〝えちゴリラ〟ってバカにしてきていじめてきた連中だけだったよ」

「……マジでごめん」

「いいよ。十人いれば十人が思いつくあだ名だし」


 本当に申し訳なさそうに頭を下げる白君にえちゴリラは自嘲するように笑った。

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