第30話 薫 × 夏瑪

アタシは今、美術室のど真ん中に置かれた、四つが合わせられた机の一辺に座らせてもらっている。


他に座っているのは四人の美術部員。


金髪でマスクを着けてるのが、『師匠』の曼珠沙華まんじゅさやかセンパイ。


銀髪のベリーショートで、そっくりな顔をしている二人は、双子の壱岐いき姉妹。かけている眼鏡のフレームが、ラウンドのほうが姉のしおりセンパイで、スクエアのほうが妹のリオンセンパイ。……で合ってるハズ。


そして、もう一人は熊井くまいあやめセンパイだ。彼女は、『生物研究部』顧問、熊井先生の妹らしい。見た目も、綺麗な熊井先生って感じだ。いや、別に熊井先生が汚いってワケじゃなくて。


と、とにかく。アタシたちは、一つの卓を囲んで『ある議題』について、ひっそりと会議を開いていた。


その『議題』とは……


夏瑪×薫なつ×かおだろ、どう考えても。」


「栞もそっちに1票!」


「分かってないね、栞も沙華も。薫くんのヘタレ攻めに決まってる。」


「私もリオンに賛成~。でも個人的には、あの二人ならリバもアリなんだよな~。」


「ったく、お前らは逆張りし過ぎなんだよ。まずは王道だろ。」


「ほう~? シチュエーションは~?」


「三角関係。」


「つまんなーい!」


「あァ!? じゃあ栞はどうなんだよ?」


「無理矢理系でしょお……!」


「うわー! 一番ナイわ!」


「なんでよぉ!? リオンちゃんは分かってくれるよねぇ!?」


「栞……私は、愛が無いのは嫌いだ。つまり、大喧嘩からの仲直りチョメチョメだな。」


「そんなぁ!? いや、でもそれもなかなか……!」


「私は、すれ違いとか両片想いとかの、じれったいシチュエーションも好きだな~。」


……アタシは、会話に入ることができずに、喋る人のほうへ顔を向けるくらいしかやることが無かった。


なんか、向こうで話してる夏瑪なつめと部長をチラチラ見ながら会議を進めているし、二人の名前が出たり出なかったりしてるし。恋愛話なのかな……でも、ちょっと違う感じもする。


なぜアタシがここに同席してるのかと言うと、師匠に『アシスタント』として手伝ってくれ、と言われたからだ。


どうやら師匠は、ここにいるメンバーで漫画を描いているらしい。『議題』というのは、『その漫画のテーマについて』だ。


漫画の制作は、たまに他の部員も手伝ってくれることがあるらしいが、入りたてで勝手が分からない1年生や、今年受験生となる3年生は、本腰を入れて参加できないため、主戦力は今ここに座っている2年生の先輩メンバーなのだ。


まあ、アタシは大して戦力にはならないだろうけど、師匠たちの絵や考えを見聞きして学べるだけでも儲け物だ。


「かんな、お前はどう思う!?」


師匠はアタシに話を振ってくれた。すごい剣幕だった。


「え、えっと……?」


も、もちろん『夏瑪×薫』派だよねっ!?」


栞センパイはズイッとこちらに身を乗り出して言ってきた。


「いーや、かんなちゃんは『薫×夏瑪かお×なつ』派っぽいね。そうだろう?」


「えー……そう……ですね!」


アタシは、リオンセンパイの言葉に、首を縦に振って答えた。『ナツカオ』とか『カオナツ』とか、聞いたことない言葉だけど、なんか響きが良さそうなほうに同調しておこう。


「よっし。じゃあ、今回は『薫×夏瑪』のケンカップル本で決定だな。」


「おいおいおい!? なにシチュまで勝手に決めてやがる!?」


リオンセンパイに食い気味に反論する師匠。


「まあまあ、落ち着きなよ沙華~。リオンも、一人で即決するのは良くないね~。沙華は、受け攻めの点については譲歩してくれるんだ~?」


あやめセンパイの言葉に、師匠は「まァな。」と返して、「でも、」と続ける。


「シチュはアタシに決めさせてくれよな。メインの作画アタシなんだし。」


「それは栞に決めさせてよ! 栞、ホントは『夏瑪×薫』が良かったんだから!」


「栞は本当にそこのセンスが無いから、決定権を渡すと面白くない漫画になってしまう。」


「リオンちゃんひどいっ!?」


「いいや~? 私は、栞の案が採用された作品、悪くないと思うよ~? ある種尖った作風になっていて、一部の人にウケるんじゃないかな~。」


「じゃあ、栞。いちおう、なにがいいか言ってみ。」


「そうだなぁ~。が攻めなら……ワンコ攻めだね!」


わんこ……犬、の……『せめ』は『責め』とかかな。栞センパイは、部長が犬を責める漫画が好きらしい。


「無いわー。てか、それだとわざわざ『薫×夏瑪』にする意味ぇだろ。なんのために薫チャンを攻めにしたと思ってんだ。」


「栞の中では、かおるんは相手にメロメロで従順なの!」


「やっぱりつまらないね、栞のは。それではストーリーに起伏が無くなるだろう。やはりここは喧嘩からの仲直り……


「今回は健全本だ。描写はナシ!」


「そ、そんな……!?」


「はい、リオンちゃんもダメー!」


「う~ん、私たちだけではどうにも折り合いがつかないね~。ここは、かんなちゃんに決めてもらおうか~。」


「ア、アタシですかっ!?」


「……まァ、それで良いか。かんな、頼んだ。」


師匠はマスクの位置を直しながら、息を整えて言った。


なにか漫画のストーリー案を出せばいいんだよな。それで、夏瑪と部長と、わんこも出てくるんだよな、たしか。わんこを責めるとか言ってたけど、絶対ハートフルのほうが良いよな!


「そうですね……。拾った仔犬を一緒に世話する……みたいな話はどうですかっ?」


「……『拾った仔犬』だあ?」 


師匠の眉間にグッと力がこもった。


だ、ダメだったか……?


「……ほぉーん、案外悪くぇな。そういう『小道具』があると、二人の関係性を築かせやすい。」


「じゃあじゃあ、かおるんと相手の子が幼馴染って設定で! 二人が子どものときの話とかにする?」


「世話していた犬が失踪して、責任の押しつけ合いからの大喧嘩……だな。」


「お前はどうしても喧嘩からの仲直り展開にしてーんだな。」


「わざわざ幼少期にせずともいけるよね~。ほら、雨の中、捨てられた仔犬に傘を差し出す夏瑪くんを目撃した薫くんが~……みたいな~?」


「んまァ、いまんとこ全部ベタだな。もっと練る必要があるが、とりあえずこの方向で行こうか。」


師匠が取りまとめ、他のセンパイ部員は深く頷いた。


良かった、アタシの案が役に立てて。……まあ、本当はアタシと夏瑪の実体験なんだけど。子どもの時に、拾った仔犬を近所にあった神社の裏手で代わりばんこに世話したんだよなー。懐かしい。


「よし。じゃあ、来週までに1人3案、細かいストーリー考えて来い。かんなも、できれば、さっきの内容に肉づけしてきてくれ。」


それぞれが了承して、この会は終わった。すぐ後には、2年生メンバーは息巻い様子で漫画の案について話し合いはじめていた。


一方で、席を立った師匠とアタシは、仲良さげに会話している夏瑪と部長のもとへ向かい、その日の美術部の見学を終えようとしていた。

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