第15話 あなたはなにが『好き』ですか? 壱

期待はずれも良いところである。


水仙すいせんは、俺の予想を大きく下回ってくれた。


「……お料理。」


『お料理』と言った。このギャルは、ご丁寧に接頭辞せっとうじまで付けて、料理が『好き』だと言った。


俺は愕然とした。こいつがいつも部室で見ているスマホのインカメラや手鏡には、自分の姿が写っていないのだろうか。ぜひ、自分のアイデンティティをもう一度考え直して欲しい。ギャルはギャルらしく、『ネイル』とか言って欲しい。


いや、待て。まだ可能性は残されている。『料理を食べることが好き』という意味に違い。そうだろう、真珠田水仙しんじゅだすいせん


「意外だね~。『お料理』のなにが『好き』なのかな~? 『食べる』こと~?」


「『作る』こと!」


終わった。


俺の中で真珠田水仙の人物像は完成に崩壊した。俺が、ついにあいまみえたと思った『ギャル』は、『真のギャル』では無かったのだ。『ギャル』の皮を被ったただの口の悪いドジむすめであった。


俺の中の『真のギャル』……見た目は言うまでもなく、しかしその中身はと言えば、ズボラで手を使う仕事は一切せず、できず、そのくせファッションやメイク、SNSにだけは金と時間の大半を費やし、収入源と言えば男の財布。頭も股も緩い、けれどもワガママを貫く意志だけは固い、そんな生物。俺は、もはや伝説上の『真のギャル』を探していたのだ。


いや、探してなどいないが。見れたら面白いなー程度に思っていたのに! そいつが将来どうなるかをこの目で観測したかったのに! ……真珠田水仙の『ファッションギャル』っぷりには、上がりに上がっていた肩を、落とさざるを得なかった。


「1年ちょっと見てきたつもりだったけど、知らないことがまだまだあるね~。よし、じゃあ次は青蓮せいれんくんに、新しい一面を教えてもらおうかな~。」


「『新しい一面』ですか……。」


気を取り直して、俺は青蓮のほうに傾聴した。彼女については、とくに謎が多い。俺の中で彼女の人物像は、他者からの評判によって、そのほとんどを形づくられている。つい最近になって、生身の彼女と触れ合うことができたがしかし、その内面にいたっては依然、宇宙と同等の未知が広がっている。……と思っている。


「……そうですねぇ。とりあえず、改めて名前から。安藤青蓮あんどうせいれん、2年生。この部では部長を務めている。1年生の2人、以後お見知りおきを。」


彼女はこちらに向かって一礼をする。反射的に、座りながらも礼を返す。頭を上げた彼女は、少し考えるようにを取ったあと、再び口を開いた。


「私の『好きなもの』は、『努力』……かな。」


「ほう~? なんだか意外だね~? 青蓮くんはそんなものとは無縁だと思っていたよ~。」


「……いえ、『努力すること』に限って好きなわけではないのです。」


「なるほど~?」


「私が特に好きなのは、『努力』そのものです。便宜上、日本語で『努力』と表現されている、。」


俺は少しドキリとした。俺自身、これといった『努力』というものをしてきた記憶が無かったからだ。彼女に見限られた……と、胸が痛くなるような気がした。そして、それと同時に気づいた。彼女に認めてもらいたかったのか、俺は。


「……『努力すること』が好きだ、というのはあり得ないと思うのです。なぜなら、『自分が努力をしている』ことなど、主観では認識できないのですから。もし、『私は努力をしている』と豪語する人がいるとすれば、それは傲慢以外のなにものでもない。その人は『努力』の本質に気づいていないのです。」


「これは……なかなか大きく出たね~。」


「『努力』はつねに他者からの評価でしかその価値をはかり得ないと、私は思うのです。」


「青蓮くんの『努力観』についてはよく分かったよ~。では、なぜそれが『好き』なのか、についてはどうだい~?」


「はい。私が『努力』が好きな理由は、そこに『輝き』を見たことがあるから……ですね。」


彼女にしてはえらく抽象的な理由だ。それに、考えつつ喋っている様子は、言語化に苦戦していると見た。彼女ほどの人間が、彼女自身の内に、言語化困難な感情をかかえていることに、俺はまたも驚かされた。


「『輝き』……そう、どんな宝石にも、どんな絶景にもまさは、『輝き』と称して差し支えないでしょう。私は、あの『輝き』が好きで、求めている。」


「……その口ぶりだと、そう簡単に見れるものでは無いのだろうね。」


「……そうですね。」


「……うん、熱弁ありがとう青蓮くん~! ぜひ、生涯を通して追い求めたまえよ~!」


「はい。ありがとうございます。」


青蓮は自己紹介を終え、席についた。わずか数分の演説で、後半はどうにも要領を得ない感じがあったが、彼女の言葉は俺の心に深く刻まれた。そしてまた、彼女への謎が深まったような気がした。

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