面倒な奴にバレたものだ
薬が効いたようで、身体の内側を引っ掻くような苦しみはもうなかった。
「――なるほど、身代わり……。では本物の陛下は今安全な場所で療養されていると。それは安心しました」
ただ、別の問題が発生していた。
「理解してくれたのなら、さっさと離してほしいんだけど……」
先ほどから、
「偽物だってこのままどこかに突き出すつもりかしら? まあ、大人しく収監されてやる気なんてサラサラないけど」
さらしまで見られては今更取り繕っても無駄だし、口調や声音も皇帝としてのものではなく普段のものに戻している。
(正体を知られるのなんて
自然とため息も漏れるというもの。
(まあ、彼は
なんだか、
「俺があなたを偽物だと、このまま刑部に連れて行くとでも思ってるんですか」
「さあ? でも、あなたの腕から逃げるのは骨が折れそうだから大人しくしているだけで、いざとなれば姿をくらますことなんて、私にとっては簡単だってことは覚え――う゛っ」
「それはいけませんね」
腰に巻き付いていた彼の腕がきつく締められた。
「あなたにはこのまま皇帝を続けてもらいます。それが陛下の安全のためであり、俺のためでもありますから」
「あ、あなたのため?」
「ええ。あなたのせいでどれだけ俺が悩んだか」
「……なんの話よ」
見下ろしてくる
「相手は陛下の寵妃様だぞと何度懊悩したか……。陛下を見て心がざわつくたびに、もしや自分は衆道だったのかと何度不安になったか……」
それは、自分のせいではないような気がするが。
顔を背けようとしたら、頬を掴まれグッと上向けられる。
「もう俺の気持ちに気付いてますよね」
カッ、と先ほどまでの行為を思い出し、熱が顔に集中した。
確かに以前、花美人を好きかもしれないと思ったこともあるが、あの時は『どうせ、花美人はいつかいなくなる存在だし、放っておこう』と特に気にも留めなかった。しかし、花美人と皇帝が自分だと露呈した今は落ち着かない。
「お、俺……だなんて、品格はどうしたのよ……」
「品格なんか気にしてたら、こんなことできませんから」
「ん……っ」
唇を重ねられた。先ほどまでの蹂躙するような荒々しい口づけではなく、甘噛みするようなもの。
離れていく彼の顔は、見たこともないくらい緩んでいる。
「すみませんね。一生この気持ちは報われることはないと思っていたので、降って湧いた状況に、自分でも驚くくらい馬鹿になっているようです」
また胸の内側が痛くなり、
もうそろそろ離してほしい。感情がぐるぐるめまぐるしく変わりすぎて苦しいのだ。
「わ、私は、任務で
顔を見ることができず俯きがちに言えば、頭上から「へえ」とヒヤリとした声が降ってきた。次の瞬間、
「きゃあっ!」
再び視界に天蓋が映る。もちろん、
「それでも、俺はあなたの傍を離れませんよ。あなたが皇帝を続けるのであれば、専属護衛兵の俺は傍に侍っていなければなりませんからね……ずっと」
ずっと、の部分の語気が強い。
「そういえば、あなたの本当の名を知りたいのですが」
「……陛下のままで良いわよ」
ズンと身体が重くなる。
「では、喋りたくなるまで先ほどの続きをしましょうか?」
「――っ!」
『誰よ、この男は!』と叫びそうになった。
こんな
(馬鹿になってるって本当だわ……っ)
「メ、
「なるほど。だから花美人……安直ですね」
フッと笑われた。
なんか単純と言われたようで悔しい。いや、安直は単純と言っているも同じだろう。
起き上がり乱れた衣装を整える。まだ、昼間だ。皇帝としての仕事が残っている。
「言っておくけど、私はあなたとどうこうなるつもりはないわよ。皇帝暗殺の黒幕を捕まえたら、王宮からは消えるし」
「ええ、あなたにその気がなくても良いですよ……今は」
構えてなかったところ耳元で囁かれ、ビクッと身体を揺らしてしまう。それを笑われたのか、フッと彼の笑み交じりの吐息がかかった。
「時間はまだありますから。俺から離れられないようにして差し上げますよ。
「――ッ!?」
簪を髪に挿し終えた彼は最後に
「ちょっと!」
抗議の声を上げるも、彼は「それでは、外で待ってますから」と、今まで見たこともないくらい上機嫌で寝室を出て行った。
面倒な奴にバレたものだ。
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