紺碧ガールズイレブンの軌跡

いろはす

第1話 大敗

 ピッ――ピッ――ピィーーッ

 試合の終了を告げるホイッスルがピッチに鳴り響いた。

 スコアは9対0――圧倒的な大敗だった。別に相手が強豪校だったというわけでもない。何せインターハイの地区予選1回戦の試合だ。相手だって万年2回戦止まりのチームと言われている。その相手にこの大敗――1年生で唯一、試合に出場していた私――御影紗羅みかげさらは憤りを露わにしていた。まず自身の実力不足に、そして、これだけの大敗に悔しがることもなく、『ようやく引退か〜』などとへらへらしながら話している先輩たちに、それから『よく頑張りました』などと皆を労っている何も知らない顧問の先生に。


「っ…イライラするわね」


 砂埃に汚れたユニフォームと顔をタオルで拭いながら私は呟いた。うちが強豪校なんかじゃないことはわかっていたがあまりにもひどい。とてもしゃないが、サッカーをやっているとは言えないほどだ。


「あ、あの……御影さん……この後時間ありますか?」


 ユニフォームから制服に着替え終わる頃、チームメイトで2年生の深江翠ふかえみどりが声をかけてきた。私は思わず顔を顰める。彼女は常にこの様子で私に話しかけてくるのだ。正直苦手なタイプだ。


「……何ですか」


 不機嫌を隠さずに答えると翠先輩は怯んだような表情を見せた。


「えっと……その……実は、相談があって」

「私にですか?他の先輩方は?」


 私が問うと翠先輩は悲しそうに目を伏せた。この態度も嫌いだ。こっちが悪いことをしているような気分になるのだ。別に私は彼女をいじめているわけではないのだから、毅然とした態度でいてくれればいいものを。それでも好きになれないのは性格の違いだろうか。


「……他の2年生には、いえ……」


 まるで私の雰囲気に圧されたかのような言葉をこぼしたかと思うと、すぐにまた言葉を続けた。どうやらどうしても私でないといけないらしい。


「はぁ……いいですよ。なんでしょう?」


 私が問うと、翠先輩は嬉しそうに笑った。……やっぱり苦手だ。彼女の一挙手一投足から発する甘ったるい雰囲気がどうしても好きになれないのだ。私には理解できない類の人間であるということなのだろうが、こういう態度も原因の一つかもしれないと思う。


「ありがとう!じゃあ近くのカフェに行きましょう」 


 そう言って翠先輩は私の手を半ば強引に引っ張っていった。


 学校からほど近い場所にあるカフェ。そこに私たちはやってきた。もうすぐ4月も終わろうとしているが、まだ肌寒い日もある時期だ、私は温かいコーヒーを注文する。対する翠先輩はココアらしい。甘ったるい臭いが漂ってくる店内で、私たちは席についた。


「それで……相談って何ですか?」


 私が促すと、翠先輩はなぜか緊張した面持ちになった。一体何を緊張することがあるのか……まるで告白でもするかのような雰囲気だ。いや、まさかそんなはずはあるまいが。


「じ、実は……」

「はい」

「あ、あの……」


 言いづらそうにする翠先輩の言葉を私は黙って待っていた。何か深刻な内容の相談なのだろうか?まあそれならそうと早く言ってくれればよいとは思うのだけれど……。


「御影さんに、新チームのキャプテンをお願いしたいなって……」

「……はい?」


 あまりに予想外なその言葉に私は素っ頓狂な声をあげてしまった。


「……つまり、3年生が抜けた後のチームで、1年の私がキャプテンをするってことですか?」


 私が確認すると翠先輩は静かに頷いた。その顔は真剣そのもので冗談や何かには見えない。しかしキャプテンとは……唐突過ぎるというか……何なのだ一体。


「ちょ、ちょっと待ってください。キャプテンなら翠先輩がいいと思いますし、部内でもそんな雰囲気になってたじゃないですか」


 キャプテンという大役は普通2年生が務めるものだと思う。なぜ1年生の私に頼むのか理解し難い。そもそも私はチームをまとめるとかリーダーシップを発揮するといったことが苦手なのだ。キャプテンなんて向いていないし正直やりたくないのが本音だ。


「その……私じゃダメなの。その……2年生の何人かも3年生がいなくなるこのタイミングで退部してしまうの……。私は彼女たちを引き止めることもできなかったですし……」


 翠先輩はそう言いながらしゅんとしてしまった。小さく『皆をまとめようとすると……なんか空回りしちゃうし、サッカーも下手くそだし』などと愚痴を零している。きっとキャプテン候補と言われ続けていて、色々とやってみようとしたことはあったのだろう。しかし上手くいかなかったからこそ私にこうして相談を持ちかけてきたに違いない。いや、それは別にいいのだけれど……できれば巻き込まないでほしいと思う。


「……本気ですか?」


 私は念を押すように尋ねた。


「本気だよ。御影さんしか頼れる人がいない――チームに残る2年生の総意でもあるの」


 まるで私が最後の希望であるかのような言い方に少し苛立ちを覚えたものの、まぁいいか……と割り切ることにする。


「はぁ……わかりましたよ……」


 私はため息混じりに了承した。リーダーとかキャプテンとかいう器ではないかもしれないけれど、求められた以上やるしかないだろうという諦念もあった。


「ありがとう!」


 私が承諾するやいなや、翠先輩は嬉しそうに顔を綻ばせた。相変わらずこういうところは少し苦手だなと思いつつも私は一度コーヒーを啜って心を落ち着けることにする。


「キャプテンといってもとりあえずはこれまで通りサッカーに専念していていいんですよね?」


 翠先輩は私の反応を見て嬉しそうに頬を緩ませているものの、そもそもキャプテンが何をするのかわかっていない私にとってはなんともむず痒いことこの上なかった。


「……それは、もちろんなんだけど……そ、その……」


 翠先輩は何故か言いづらそうに口籠らせる。


「なんですか?また何か面倒ごとですか?」


 私がそう尋ねると、翠先輩はびくっと肩を跳ねさせた。図星なのか……厄介な性格をしているものだ。思わずため息が出そうになるのを何とか抑え込み、私は彼女に話の先を急がせた。すると彼女は少し慌てた様子ながらもぽつりぽつりと話し始めた。

 要約するとこういう話である。まず部員数の問題で、これまでは3年生が9人、2年生が8人、1年生が6人だったが、3年生は全員引退し2年生のうち5人は退部してしまう。そうすると部員が9人ということになり、サッカーをするためにはあと少なくとも2人が必要になる。

 そしてもう一つ、顧問の野田先生はサッカーのサの字も知らない素人なので、練習メニューなども自分たちで考える必要がある。これまでは3年生が考えてくれていたらしいが、来週の練習からはもう来ないので、早速考える必要がある。


「つまり……部員の確保と練習メニューの作成もキャプテンの仕事ってことですか?」


 私が確認を取るように尋ねると、翠先輩は首を縦に振り、申し訳なさそうにこう言った。


「練習メニューの方は私も考えるの手伝うよ――でも部員の方は、確保できるとしたら1年生だから……お願いすることになると思うの……」

「わかりました。……部員の確保はなんとか頑張ってみます」


 正直言うと、すでに仮入部期間も終わったこの時期にサッカー部にに入れてくれそうな生徒がいるのかということはかなり懐疑的だが、サッカーが11人でやるスポーツである以上で、やらないわけにもいかないだろう。


「御影さん!ありがとう!」


 翠先輩が感激したように手を握ってくる。そしてなぜか顔を赤くしながら『うっとり』という表現がぴったりな表情で私を見つめてきた。この人の感情表現はいちいちオーバーだから困る……。正直この程度のことで感謝されても気恥ずかしいというか何というか……まあ、悪い気分はしないけれど――でもやっぱり苦手なタイプであることに変わりはないようだと再認識した。


「お礼を言われるようなことはしてませんよ」


 私は努めて冷静にそう言うと、翠先輩に手を放すように言った。これ以上握らせていたら変な気持ちになってしまいそうだったのだ。

 しかし実際問題として、翠先輩が挙げた問題その①を解決するには2人の部員の確保が必要なのだが……本当に集まるのだろうか?そもそも現時点で私たちに興味を持っている生徒がいるのかすら怪しいところだと思うのだけれど……でもまぁ考えても仕方ないし、とりあえず他の1年生のメンバーに相談してみるか――と無理やりにこの話題を終わらせて再びコーヒーに口をつけることにするのだった。

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