第5話 はじめての動物病院でち


くさい.....。もうろうとする意識の暗闇の中でおっさんの加齢臭が鼻をつく。



いや、俺も転生前は35の世間ではおっさんだったが。そしてやたらまぶしい。また俺は転生したのか?


「ハムスターは、ちょっとのストレスでも死んじゃうから気をつけてあげてね~」

うっすらと視界が開けてきたと思ったら、俺は薄汚れたタオルにくるまれて人間でいう歯医者のライトのような光に当てられている。


近くで、鈴木がすすり泣く声が聞こえる。会社でもミスをして怒ってもなかなかった鈴木ルカが泣いてる?


やっと近眼がもどると髭面のおっさんが俺をのぞきこみ、ピンセットを口に突っ込んできた。


「ジッジッジッ」

情けないことにハムスターの俺は泣いた、否、鳴いた。


おっさんはピンセットで口から器用に次から次へとひまわりの種を俺の頬袋からホイホイと出す。


どうやらハムスター生の初の動物病院に来ているらしい。



「内臓も異常ないし、手足の骨折もないけど、口が少し切れてるから抗生物質だすから1日に二回のませてあげて」

おっさんの手から開放されると俺はタオルにくるまれ、小さな虫かごに入れられた。


「ありがとうございました......」

今にも消えそうな鈴木の声が聞こえる。俺は大丈夫だ、もう泣くな。そう言ってやりたくても今の俺は情けないことにハムスターだ。


待合室で待たされているのか、鈴木のひざの上にのせられている。


虫かごの上のフタがカパリと開くと、真っ赤な目をした鈴木のくしゃくしゃの顔が見える。


ああ、そうかオレ八代を噛んでケージを床に叩きつけられたのか。


「ごめんね。サムちゃん。私が、私があんな男、好きになったから.....」

鈴木の瞳からボタボタと特大サイズの涙が落ちてくる。台風よりこの雨はひどい。


鈴木が人差し指を入れて俺の頭をそっと撫でる。仕方なく俺は塩っ辛い鈴木の指をなめた。


鈴木が少し泣き笑いの顔をする。ああ、そうか動物はこうやって買い主を癒やすのか。


人差し指に小さな俺のモフモフの片手を乗せた。頼むからもう泣くな。俺は今まで付き合ってきた女を怒らせたことはあっても泣かせたことはないんだ。


午前中の静かな動物病院の待合室にいつまでも鈴木のすすり泣く声はとぎれることはなかった。



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