紫煙と白雪

成東志樹

第1話


 そうすべて、言い訳です。僕の人生への言い訳なのです。


 猫を拾いました。

 雪の、深い早朝のことでした。

 無理に引き留めるつもりはありませんでした。しかしこのワンルームは君にとって存外居心地が良かったのか、それとも他に行くところがないのか、おそらくは後者でしょうが、なんにせよ君がいまだ僕の目の前で生きている、僕にとって肝要なのはそれ一点なので、君の内心などどうでも良いことです。

 それはそうと。

 喫煙は消極的な自殺といいますけれど、それほど吸っていては、もはや積極的なそれなのではないかと、君を見ていると思うわけです。

 そう告げたなら、君はこちらを見ずに、風の吹きすさぶベランダ、欄干の向こう、薄ぼんやりとした朝の陽光に浮かぶ、遠く遠くに霞む海だけを眼に写して、にこりともせずに言ったのでした。手には残り三本となったマルボロのケースを、大事そうに握っていました。

「あんたにだけは言われたくないかな」

 確かに、反論は出来ませんね。僕の左手には、もう二本しか入っていないキャスターの箱。でも、ねえ、君が僕の真似をしてその毒を吸い始めたことを考えれば、君のほうがよっぽど重症ですよ。内心で思い少し笑うと、やはり君は猫ですから、耳聡く聞き取ったのでした。

「なに」

「いえ、なにも。綺麗ですね」

 ベランダからは、遠い丘陵の合間を縫って、うっすらと海が見えます。僕がそれに気がついたのは、君に教えられてのことでした。朝の純度の高い陽光を反射してきらきらと光る母なる海は、紫煙を燻らせる僕らとはかけ離れた、清廉な美しさを持っていました。化け物である僕と君の目が潰れてもおかしくはないのです。

 君は暇があれば煙ばかり吸っていて、もはや趣味と言えるほどです。重労働の末に手に入れた少なくない金銭を、惜しむことなく煙になんて変えてしまうのですから、僕には理解のできないことです。

 君はまっすぐ前を向いたまま言いました。

「頭がぼうっとしてよく見えないの」

 それは君、一睡もしていないからですよ。

 煙草のせいでも過去のせいでも精神のせいでも、ましてや視力のせいでもなく、ただ、脳に休息を与えていないからです。もっとも、目をつむり意識を失っているときですら、君の心身が休まっているとは、確かに考えづらいことではありますが。

 君のなかには化け物が住んでいますから。

 僕と同じに。

「寝ないんですか」

「寝られないから」

「そう」

 同じアパートの同じ部屋、しかもワンルームに共に住んではいるけれど、僕と君は家族でも恋人でも友人でも、ましてや主人とペットでもないので、生活習慣に干渉などしません。それはすることも、されることも、相手の領分を侵害することです。ましてや僕らは、適切な距離感など知らないのですから。僕は君が夜の仕事を終えて帰ってきてなお眠らないことも、君は僕が三日前から水と煙以外のなにも口にしていないことも、言及しないのです。

 この距離が心地いい、わけでは決してありません。

 この距離ではないと、成り立たないのです。

 僕らは、人の体温で、溶けてしまう生き物ですから。

「僕はもう入りますが」

 携帯灰皿に筒を捩じ込み、開け放しだった窓の枠に指を這わせて、君に伺いを立てました。

「しめても、良いですか」

 尋ねたのは義務でも礼儀でもなく、ただの気まぐれでありました。当然、君に返答する義務は生じません。

 ベランダの床に直接腰を下ろしている君の横顔を見ました。斜め上から見る君は、一睡もせず弱ってなお、警戒心の壊れた猫の気高い目をしていました。

 君は応えません。

 僕は室内に戻り、そして窓を閉めました。外に慣れた君のことですから、鍵をかけてやっても構わないのですが、そうすると君はいつまでも屋外で煙を食べては吐き出しているでしょうし、しまいにはなんの屈託もなく眠りに就いてしまうのでしょう。開けて、とは生涯求めないのです。ガラスを割って入るなんてことはもっとしないでしょう。君は、放り捨てた僕に感謝すらするかもしれません。

 けれど、君という化物が死んでしまうのは、僕の本意でないので。

 ガラス戸を閉めるだけに留めました。

 六畳の室内には、可能な限り距離を置いて配置した僕と君の布団があります。あとは僕の少ない荷物と、ここに来てから少しずつ増やした君の生活用品。ものは少ないはずなのに、好き勝手に散らかり歩くたびになにかを踏んで、まるで鼠の住処です。

 敷かれたままの自分の布団に潜りました。

 枕元にある瓶に入った、海外から通販で取り寄せた睡眠薬を用量より多く飲んで、自身から立つ煙草の香りに安堵したり怯えたりしながら目を閉じます。コンビニでのアルバイトの夜勤明けです。心身は疲労ですっかり力が入らなくなっていました。

 君も、いつのまにか見つけてきた夜の仕事から帰宅したばかりのはずですが、眠りはしません。僕がいるから眠れないのでしょう。僕がいなくたって、君に安心して眠れる時間などありはしないでしょうけれど。

 君の頭には、生霊が住んでいますから。

 落ち切らない意識が、それでもどうにか沈んでいきます。眠ることは嫌いではありません。意識のないうちに時間が消費されているというのは、画期的です。仮死状態のようなものです。

 僕はただ、君に願います。

 惨めに死んでいってくれ。

 見苦しく生き続けてくれ。

 ぼんやりとした数時間が経って、携帯のアラームが鳴りました。布団に潜ったまま腕を伸ばして止めます。時刻は午前九時。十時からの授業には間に合うでしょう。

 アラームで起きたのではなく、元々眠っていなかったのだと思います。それでも布団のなかにいたらしい殊勝な君は、猫のような訝しげな視線で僕を捉えます。

「学校行くの」

「はい」

 起き上がり、床に落ちていたスウェットを拾って風呂場に向かう僕の背中に、君はボソリと言いました。

「可哀想」

 君に言われることではありませんよ。

 浴室に入り、戸を閉めました。風呂に入るためではなく、ただ着替えるだけです。ワンルームで君と暮らすというのは、家賃など便利な反面、面倒なこともあるのです。

 僕の通う大学は、ここから歩いて一時間弱ほどの場所に位置する、四年制の地方公立です。毎年定員割れで、入試でひどい点数を取らなければ入学できるところが売りです。けして頭の良い学校ではありません。むしろ、悪いと言えるでしょう。

 それでも僕には必要でした。

 大卒という称号が、どうしても欲しかったのです。

 必修以外の授業は興味の有無ではなく、簡単に単位の取れそうなものを最小限の数だけ登録しました。出席点のない授業は可能な限り休みます。空いた時間はすべてアルバイトに充てます。授業は出ても出なくても払う金銭は変わらないけれど、アルバイトはそこにいる時間に応じて給金が発生するので、当然の優先順位です。

 きょうも、ふたコマ終えた後は夜勤までのアルバイトに入りました。今朝までいたコンビニに夕方戻って、また明け方まで働きます。社会は随分と僕に優しいのでした。特に二十四時間営業するコンビニは、シフトに多く入れる人間が重宝されます。僕は授業の単位を最低限取得する以外は金銭にしか執着がないので、空いた時間はすべてアルバイトに充てます。店長はそんな僕を都合よく思っているらしく、頼めば長時間働かせてくれます。良いバイト先だと思います。

 アルバイト先は、同じ大学の人間と鉢合わないよう、遠く離れた店舗を選びました。けれどどこにでも、大学生はいるものです。

 僕より数ヵ月あとに入ったひとりの若い男性は、僕よりずっとずっとレベルの高い大学に通っています。しかも僕と同じ年齢、同じ大学一年生ということで、周囲の人間はなにかと同列に語りたがり、僕はただでさえ吸いづらい空気が一層濁っていくのを感じるのでした。

 きょうは、その人は来る予定ではありません。彼は勤務を詰めるタイプではなく、また夜勤もあまりしないので、僕と顔を合わせることはそれほど多くないのです。それだけが救いのように感じられます。

 けれど、僕は天性の運の悪さを持っているので。

 夕方から出勤し、一緒に勤務していたフリーターの先輩の指示で、休憩に入っていたときのことでした。時刻は夜九時を過ぎていて、本来なら夕食でも食べるところなのでしょうけれど、僕は裏口に設置されたベンチに座って、賞味期限切れで廃棄となったパックのコーヒーを飲みながら煙草を吸っていました。平日深夜、郊外のコンビニには人気がなく、深く息を吐いて煙草を吸えるのでした。

 ところが、静寂を破って足音が聞こえました。一瞬構えます。こんな時間に、わざわざ店舗の裏口に来るのは、煙草の匂いを嗅ぎつけたあの人以外に思いつかなかったのです。

 けれど違いました。店の角から現れたのは、件の彼でした。

 歪みそうになる顔の表面を意識して戻します。

 裏写りのない上質そうなシャツに、ぴんと伸びたズボンを履いて、丈夫そうな大きなリュックを背負って、清潔な髪は誠実に短く揃えられ、なにより育ちの良さそうな柔らかい表情をした、僕と同じ年齢で、けれど僕よりずっと明るくずっと若い、頭の良い彼です。

 彼は僕の顔を見るなり屈託のない笑顔を見せて、名前を呼びました。当てこすりではない呼び方でした。咄嗟に声が出ず、顔を上げることで返事としてしまいました。なにか言われるかと思いましたが、彼は表情を崩しません。

「休憩?」

「はい」

 僕はそれで切りました。なにを言っていいのか皆目見当がつかなかったのです。こういうとき、どう言葉を返したなら良いのでしょうか。相手を不快にさせない方法が分からず、結局失礼な態度を取るほかないのが、僕の常態なのでした。

「お疲れ。勤務ではないんだけどさ、今月のシフト分かんなくて。先月末からコールデンウィークで休みもらったじゃん、店長にラインで送ってくださいって言ってたのに、忘れてるらしくて。誰に聞いても自分のしか把握してないって言うしさ。仕方ないから見に来た。きょう誰と?」

「え、っと。あの、一番長いフリーターの」

「磯崎さん? まじか。ラインしたのに気付いてないな」

 言いながら、彼は裏口から店に入りました。いなくなったことに安堵して、また煙草を吸います。彼の吸う空気を汚してしまうことが、少しだけ気がかりでした。

 やがて裏口から彼が出てきました。勤務表の写真を撮ったのか、スマホを片手に扉を閉めます。再び声をかけてきました。

「そういえばさ、ラインやってないの」

「してません」

 これは本当でした。若い人の間で蔓延っているSNSは、一度足を踏み入れると蜘蛛の巣に絡め取られるように人と繋がってしまいます。四六時中構わず人から連絡が来る可能性があるなんて、考えるだけで怖気が走るのです。

 反して彼は、そういう、四六時中人と繋がることができそうな人間でした。そういうことを、許された人間に見えました。

「そっか残念。連絡先聞いときたかったんだけど。メールは?」

「すみません、携帯、あまり見ないほうなので気がつかないと思います」

 拒否の表明でした。しかし彼は気分を害したふうもなく微笑んで、

「そっか」

 そう言うのでした。そういうところが、本当に理解できないのです。

 彼は煙草の匂いのしない、埃一つついていない清潔な衣服と身体で、僕の隣に座りました。きらきらした、綺麗な腕だと思いました。掻き傷もやけどの跡もついていない、美しい体です。僕のそれとは随分違います。

「煙草、吸うんだね」

「……すみません」

「え? なんで謝るの。ああ、未成年か」

 彼は得心がいったように笑いましたが、そういうことではありませんでした。未成年であることは確かなのですが。

 煙草、吸うんだね。

 その一言がまるで、僕を咎めているように感じたのです。意味のないことだと知っていながら、僕は筒を持つ手を彼から遠いほうに持ち替えました。清廉な彼に、せめて煙の匂いをつけたくなかったのです。有害なものを近づけたくなかったのです。意味のないことです。たった数十センチの移動が、功を奏すことはありません。

 いたたまれなく視線を逸らせていると、彼は、煙草ってさ、美味しいの、と言いました。不味いですよと僕は返しました。すると彼はぶっと豪快に噴き出して、なにが面白いのか、口を手で押さえてまで笑うのでした。遠慮のない、また裏のない、猜疑心に支配された僕でさえそう思えるほど、清雅な笑い方でした。

「不味いのに吸うんだ?」

 僕の舌はまともなものを味わわせて来なかったからか、美味より不味のほうに、よく親しんでいるようなのでした。毒であり、また美味しくもないものをわざわざ口に入れることなど、彼はしないでしょう。しなくて良いのです。そんな感情は知らなくていい。それは告げず、微笑みで誤魔化しました。僕の笑い方はさぞ不気味に見えたでしょう。

 彼はまた清雅な笑みを返すだけでした。

「事務所の机に土産を置いたから、良かったら食べて。じゃあ、お疲れ」

 こちらに手まで振って、彼はまた角に消えました。やはり、彼のことは苦手です。

 直視すれば目が潰れるのです。

 僕はコーヒーを一気に流し込み、大きく煙を吸い込みました。

 休憩を終えて裏口から事務所に入ると、彼の言った通り、机上には小さなスポンジケーキが整列させられた箱が置いてありました。僕はそれに手を触れず、事務所を出ました。綺麗な食べ物でした。人間への供え物に思えました。

 僕には、手をつけることが許されないものです。

 勤務を終えて早朝、アパートに戻りました。君はまだ戻っていないようです。少しだけ空いたカーテンの隙間から、すっかり見慣れた朝の陽光が差し込んでいます。先程まで外にいたというのに、暗い室内を射るように軌跡を描く光は、目に刺さるように眩しく感じられました。

 僕はカバンから煙草と、廃棄する商品のなかからもらった、フィルムのついたおにぎりを取り出してベランダに出ました。

 慣れないコンビニおにぎりのフィルムは、いまだに上手く剥がせません。最初は開け方も分からずハサミで切っていたら、居合わせた店長に笑われたのを覚えています。コンビニおにぎりの開け方を知らないやつを初めて見たと言われ、おいまてよ、と店長は店のサンドイッチを自腹で買ってくれて僕に渡しました。三角のフィルムの開け方がやはり分からず、店長はさらに笑いました。惨めで恥ずかしくて、それから店の中で食事をすることをやめました。

 どうにか出したおにぎりを齧ると、これもまた慣れない、炊いた米の味がします。人間のために作られたその食物を、僕は期限切れであることを言い訳に口に入れます。味は、僕には分不相応なほど美味しいものです。人間の食べ物を盗んでしまったかのような罪悪感を覚えます。誰に強いられたわけでもない。ただ僕の心身に染み付いた、汚い絵の具のようなものです。

 四日ぶりの食事は全身に血を巡らせました。これでまた、しばらく僕は生きるのでしょう。情けないことです。もうそんなことを思わなくていいはずなのに、思わせないためにここまで来たはずなのに、染み付いた絵の具はどれほど拭っても洗っても完全に抜けることはありません。仕方のないことです。

 君も同じですから。

 いえ、僕より、重症ですから。

 君が朝と昼間に部屋にいて、夕方から深夜にかけて出かけて行き、金銭を稼いでいることは最近気がつきました。時給の上がる深夜帯で主に働いている僕ですから、同じ時間に部屋にいないことが多く、またそれほど興味もなかったものですから、気が付くのが最近になったのでした。

 身寄りから逃げ出した君が、誰の援助も受けられず、消費から予想できるだけの即効性の高い金銭を稼いでいること。なんの仕事なのか僕は聞きませんし君も言いませんが、大体の予想は付きます。酒の匂いをさせていることはないので、おそらくはそういうことなのでしょう。

 どうでもいいことです。

 もしもそれが、君に罰を与えない僕の代わりに自ら与えた苦行であるのだとしても、どうでもいいことです。いえ、むしろ都合がいい。君がさらに惨めに、見苦しくなっていくだけのことですから。僕はただ眺めて、可哀想に、と憐れむだけです。

 玄関の鍵が開く音がして、君が帰宅したようです。僕は一瞥だけをして、声はかけずにまたベランダの外へと向きました。欄干に腕を置いて体重を預けて、おにぎりを齧り、煙草を吸います。

 君もまた無言で部屋に入り、一直線にベランダに出てきて、なにやらガサガサとビニール袋にものを言わせ、新しく購入したらしいマルボロのビニールを外し、躊躇いなく一本を取り出して、咥えて火を点けました。すでに慣れた手付きでした。君は人間の食事が好きなようです。ビニール袋から、僕のとは違う種類のコンビニのおにぎりを取り出しました。

 君はなんてことのない顔をして、当然のようにおにぎりをフィルムから取り出します。僕はまた、惨めな気持ちを腹の底で味わいます。

 当てつけのつもりで言葉を吐きました。

「野良猫って、人間の食べ物を食べるんですね」

「……生きていけないもの」

「生きたいなんて、思ってもないくせに」

「あんたに返すわ、そのセリフ」

 仕方ないじゃない、と君は呟きました。ええそうですね、仕方のないことです。いま生きているから、生きていかなければならないのです。維持していかなければならないのです。本当にくだらない。

 君は僕と同じに紫の煙を吐きながら、言いました。

「罪の味よ」

 生存は損失だから。生きていくことは罪だから。

 誰に課せられた罪状でしょうか。

 僕は最後に大きく煙を吸って、携帯灰皿に筒を入れてベランダを後にしました。手に持っていたものを床に投げて、枕元の大きな瓶から睡眠薬を取り出し、同じく枕元に転がった、何日前に開けたかも分からないペットボトルのなかの液体で流し込みました。口のなかに広がった苦味が、睡眠薬のものかそれとも液体のものかは、分かりませんでした。

 冷たい布団の上で沈みきらない意識を持て余していると、食事を終えたらしい君が部屋に戻ってきて、風呂に入るのでしょう、服を脱ぎ始めました。

 この部屋に来た日の夜から、君は何度注意してもそれを辞めないのです。内心は心底怯えているでしょうに。薄氷を踏むような気持ちで、それをしている癖に。どうしても、罰を求めるのでしょう。

 確信したいのです。納得して、諦めたいのです。

 自分の身に起きたことは、当然の、仕方のないことだったと。みんなそうであるのだと。なんてことのない出来事だったのだと。自分のせいではなく誰のせいでもなく、ただ、仕方のない、自然な成り行きを辿っただけのことだったと。

 本当は、もう知っているくせに。

「服を脱ぐなら、風呂場の中でお願いできますか」

「変なやつ」

「君に返しますよ」

 異常なんですよ、それ。

 君はいつものようにバツの悪そうに、脱衣を辞めて風呂場のなかに入りました。しばらくしたらドアが開いて、隙間から服だけが出てきました。水音を聞いてから、僕はゆっくりと目を閉じます。

 ああ、本当に。

 可哀想に。

 沈まない意識を少しでも追いやろうと、僕は全身の力を抜きます。昼からはまた授業です。これは出席が数えられる講義なので、最低限は出なければなりません。起きたら僕も風呂に入って、食事はしなくていいけれど、持ち物の確認をして。君が眠れず布団に入っているあいだ、また、働かなければなりません。生きるために。マイナスにしかならない状況を、不本意だけれど維持するために。

 大学を卒業するまで。あるいは二十歳になるまで。

 そこに意味があるのかはまだ、分かりませんけれど。

 可哀想、と、君の声が聞こえた気がしました。

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