伍 誰の心のにも想いは残る
ここ最近、会社から帰ってきては文章を書き、資料をまとめ、丁寧に仕上げていく。
一つ一つコトバを紡いでいくということを実感する。
言葉にはチカラがあると思う。
丁寧に、想いをこめて紡ぐことにより、まるで生きているモノのように動き出す。
私の手から離れ、コトバが動き出す。
それはまるでじいちゃんが生きた時代を、じいちゃんが執筆しているかのように。
私は、今この作品をじいちゃんと一緒に書いているのかもしれない。
そう思うと、不思議と手が止まらなくなる。
どこまでも、どこまでも書いていたい。
じいちゃんと一緒に過ごしたあの日々のように温かく、そして太陽のニオイのする時間が過ぎていく。
私にとってはいつの頃からか、執筆をすることが自らの癒しになっていた。
とは言うモノの、疲労はするもので。
執筆によって昂った気持ちがあるものの、精神的な疲労は既にピーク。
私は、妻の眠る寝室のベットに静かにスベリ込んだ。
明日は妻も休み。
毎日遅くまで仕事に励む妻には、ゆっくりと眠ってもらいたい。
私の趣味のような作家業で起こしてしまっては、申し訳ない。
「明日は、構成をもう一度、練り直そう」
そうごちると、妻に背を向けて瞳を閉じる。
あぁ、疲れた……。だけど、充実感がある……。
私を沼のような眠気が襲う。
ふと、私の身体に妻の腕が絡みつく。
起こしてしまったのか……。
慎重にベッドに入ったつもりだったが、まだまだ私は行動が雑なようだ。
「ごめん……。起こしちゃって……。
もう、俺も寝るから構わず寝ちゃって」
静かに優しい声で語りかける。
私もそろそろ限界だ。
「最近、なんか忙しそうだね……。
仕事? それともなにかのトラブルを抱えているの?」
妻のシャンプーの甘い香りと共に、優しいコトバが心にも流入する。
何だろう? いつも以上に私の感覚が敏感になっている。
「あぁ……、あれね。
ちょっとじいちゃんのことを調べたり、まとめたりしててね。
会社の関係とかいろいろあるじゃん」
上手くはぐらかせただろうか?
妻には副業で作家業をしていることは言っていない。
バレて、恥ずかしい想いをしたくないのが一番だが、それよりも執筆は私だけの聖域のようなモノにしたいのだ。
「お、おじいちゃんの、こと……?」
妻の腕に心なしかチカラがこもる。
じいちゃんの最後のときまで一番近くにいてくれた妻。
だからこそ、今でも思うところがあるのだと察する。
「白は、おじいちゃん、大好きだったもんね……。
まだ、気持は落ち着かないんでしょ……?」
妻がその額を私に押し付け、その腕にさらにチカラがこもる。
「そりゃあ、いろいろと思うところはあるよ。だけどね。少しずつ、整理をしないといけないとも思っているんだ」
私は、小さくつぶやく。妻に聞こえていなくても構わない。
「……私……、おじいちゃんに、なにかできたかなぁ……?
一番近くにいることができたのに、私、なにもできていなかった気がするの……」
妻の声が微かに涙がかる。
それと同時に腕にチカラがさらにこもる。
「大丈夫。本当に嬉しかったよ。そして、ありがとう。
あなたが傍にいてくれたからこそ、みんな安心ができたんだから。
多分、じいちゃんもおなじだと思うよ。
本当に傍にいてくれて、ありがとう……。」
背中なら妻の嗚咽が聞こえる。
家族の死は、属する誰にもその影を残す。
大切な人であればあるほど、それは深く、色濃い。
それをすぐに消し去ることは、決してできない。
長い時間をかけてでも無理なことなのかもしれない。
だが、想い、長い年月をかけ、自らの身体の中から満天の星空へ解き放ってあげたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます