第玖章 北辰星

壱 縁なき道

「本日はお越しいただき、ありがとうございました。

 あの人も喜んでいると思いますわ」

 喪服に身を包んでもその人は美しかった。

 漆黒が、そのうれいの瞳が、彼女の美しさを際立たせていた。

 最後の訪問から一週間後カヲルさんは、床から起きてこなかったそうだ。

 まるで少年のような笑顔を浮かべ、今にも起き上がって遊びに行ってしまいように見えたらしい。


「多分ね。二人でまた悪巧みをしているんじゃないかと思うんですよ。

 そんな二人を照さんが、後ろから呆れ顔で見ている。

 そんな気がしてなりませんわ」

 静かに語るレイさんにかけられる言葉を私は知らない。


 カヲルさんとレイさんには子どもがいない。

 激動の時代を生きてきた二人の人生は、想いは、継がれることなく時代の中に溶けていく。

 必然なのではあるが、人がしっかりと歩んできた道があるのにも関わらず。だ。


「家を引き払ったら、高齢者用の住宅に移り住もうと思っているの。

 そういうの、最近多くなっているんでしょ?

 お金は、あり余るほどにあるしね。

 さぁて、自由になったことだし、いろいろと楽しまなくっちゃね。

 白明さんも時間があったら、この老婆の話し相手にきてくださいよ」

 そう話すレイさんは、静かに微笑む。


 そして、ポツリとこぼす。

「嗚呼。置いて行かれてしまったわ……」

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