第参章 禄存星
壱 無知は罪に似たり
私は、じいちゃんの友人の家に来ていた。
じいちゃんの遺品の中から見つけた住所に連絡し、無理矢理にお会いすることを約束したのだ。
先方のお住まいは意外と近く、自転車で三十分もかからないところにある。
先日の電話で私は混乱した。
私の中のじいちゃん像と現実は、全く違っていたものであったからだ。
私の抱いていたじいちゃんは、「意識高く」「常に学び続け」「博愛の人」であった。
それは、じいちゃんが私に、そうあるべきと求めてきたものであったからだ。
しかし、スマホ越しに聞いたじいちゃんの人生の一部始終は、いとも簡単に私の考えを崩壊させた。
私はすぐに、お話を聞くためのアポを取った。
実際に会い、もっとじいちゃんの話を聞きたいのだ。
まあ、なんとも面倒なヤツである。
だが、そんなことは知らない。
私が、じいちゃんから最後に受取った言葉の意味。
そして、じいちゃんの生きざまのようなものを知りたいと思ったのだから。
意外にもカヲルさんという方は、サラリと私の提案を受け取ってくれた。
それは、まるで必然であるかのように。
「流川」と書かれた表札の下のインターフォンを押す。
日本家屋とは「こういった造り」と表現するに
「はい。流川でございます」
インターフォン越しに聞き覚えのある女性の声がする。
「海野です。今回は、祖父の件でお伺いをしました」
緊張を隠せない私の声は少し震えていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。
どうぞお入りくださいな」
玄関までは石畳が続いており、それを囲うように緑が生い茂る。
しっかりと手入れがされた庭の緑が、私の緊張を幾分か和らげる。
右手には松だろうか? 随分と立派な盆栽が置かれている。
そういえば、じいちゃんも盆栽が好きだった。
私の実家には、松と
あれは……、どうなったのだろうか?
そんな考えを巡らせながら、玄関のチャイムを押す。
扉の向こうに人の気配が感じられる。
「は~い。お入りくださいな」
品の良さそうな女性が、開いた扉からちらりと
若い時分であれば相当な
……何、だろうか?
そう感じるも誘われるがまま、私は敷居をまたいだ。
やはりここもしっかりとした昭和の日本。
通されたのは八畳ほどの客間だった。
客間は和室の様相をしており、皮のソファーが一つと、向かい合うように一人掛けの座椅子。
間にソファーの
当時流行していたであろう、
私は、お手持ちを招き入れてくれた女性に
「主人もすぐに参ります。お
そういうと私は、客間に独り取り残された。
この部屋は、なんとも懐かしい匂いがする。
太陽と畳のニオイに、皮特有の動物的なニオイが絡みつく。
そうだ。
じいちゃんの部屋の肩揉み機のニオイだ。
ここでもじいちゃんの気配を感じるなんて、最近の私はちょっとじいちゃんに入れ込み過ぎだ。
「……! いらっしゃい。
はじめまして。 流川カヲルです」
扉がガチャリと開き、九十歳前後の男性が入ってきた。
じいちゃんより少し若いのか?
まるでカマキリのような逆三角形の顔。
真っ白な頭髪は年齢の割に豊かで、軽くウェーブがかかる。
細いフレームの眼鏡の奥に覗く、細く神経質そうな眼が印象的だ。
しかし……、客間に入ってきた時にあの女性と同じく、一瞬の間を持った。
……一体、何なのだろうか?
「先日は突然のお電話、本当に申し訳ありません。
海野 白明と申します。海野 清の孫にあたります。
清の鬼籍の件、ご連絡が遅くなり本当にすみませんでした……」
私は、
カヲルと名乗る
やはり、なにかあるのであろうか…?
「立ち話もなんだ。おかけください。それにしても……。ふむぅ……」
まただ。
私の顔を正面から見据え。一切その視線を離さない。
なんともいえない
動物的なニオイと、雲に抱きかかえられるような柔らかさが心地いい。
扉が開き、先ほどの女性が入ってくる。
お盆に乗せたコーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。
「コーヒーでよかったかな?
白明くんは、砂糖は幾つ入れるのかね。
ああ、妻のレイだ。清さんのこともよく知っているんだよ」
気品がにじみ出るこの女性も、じいちゃんのことを知っているらしい。
レイさんは、私たちの前にコーヒーを置くと、ソファーに座るカヲルさんの隣に腰を下ろした。
「妻のレイです。
清さんには、生前多くお世話になりました。
それにしても、清さんがねぇ……。
白明さん、でしたっけ……? 本当に驚きましたわ……」
まただ。
レイと名乗るこの女性も私をじっと見つめる。
「そうだろ。お前もそう思うか?
私もここまでとは思っていなかった……」
たまらず、私は聞く。
「一体、なんでしょうか? 私にも教えてください。
今日はいろいろと聞きにきたんです!」
少し語気が強くなってしまった。だが、私だけ
カヲルさんとレイさんは、一瞬、ポカンとし、顔を見合わせて大笑いをする。
まったく。何がおかしいのだ? 私の言動がそんなにおかしかったのであろうか?
「いや、すまん、すまん。自覚があるのかと思っていたんだよ。
白明くん、
「は?」
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