《前期日程八日目・午前十一時・大学の食堂》(1/1)



 週明けの二限目、僕と衛藤は講義をサボって、食堂でイベント限定の家具を集めていた。真面目な大学生なんて生き物は、それこそがF案件だ。ファンタジーなのである。


「やはり家具は無限に集めてナンボですからな、データの極地を目指しましょう!」

「九百九十九個も設置できるほど、ゲーム内の島は大きくないけどね」


 苦笑する。ふざけているけれど、要するに僕も衛藤も情報リテラシーの講義を受ける気になれなかっただけだ。ほんとうだったら、一緒に受けるやつが、もう一人いたはずだから。


「……今期、もう単位やばい気がしてきたよ」

「どうせ、いたらいたで一緒になってサボっていたのですよ。自分たちは、そういう友達だったですから」


 ああいや、と衛藤は首を振った。


「いまでも、そういう友達です。いつかまた集まれる。そうでしょう?」

「……うん」


 衛藤の優しい声音に、頷くことしかできなかった。

 衛藤は知らないのだ。病院のベッドに横たわり、電気仕掛けのポンプで脈動する肉体の中に、鈴鹿はもういないってことを。魂が、灰色の街の中に散っていってしまったことを。


 食堂の隅っこの、四人掛けのテーブル。鈴鹿と僕と衛藤の三人が、そしてたまに白河さんと黒澤さんが、一年間を共に過ごした場所。聖地なんかじゃない。誘蛾灯に蛾が集うみたいにして、行き場のない馬鹿が偶然集まっちゃっただけ。でも、だからこそ、僕はここが大切なのだ。

 自分で選んだ場所だ。だれにデザインされたわけでもなく。


「鈴鹿氏も白河氏もいなくなったわけではありますまい。あんまり気を落とさずにいましょう」

「そうだね」


 当たり前だけれど、白河さんも大学を去った。

 彼女の所属する野草観察系のインカレサークルが犯罪の根っこだった。彼女は言葉巧みに、あるいは生み出した魔草と難しい名前の成分によって信者を増やし、彼らに指示して他所のインカレサークル内部に網を張り、イベントを介してクスリを浸透させていたのだ。


 文字通りの黒幕だった。真っ黒も、黒。

 世間一般には彼女が黒幕だとは知られていないけれど。そういう組織の一員だったから捕まって、もう退学処理済みなのだと、すでに学内ではひとしきり話題になって……、たぶん、あと七十五日くらいは話題を占有するんだろう。あの美少女がまさか、と。大阪府内の大学で逮捕者が続出したものだから、全国ネットで大盛り上がりだ。当大学にも、正門前には報道陣がマイクを持って待ち構えている。


 真田さんはめちゃくちゃ忙しいだろうな。悪いことをしたなと思うけれど、それでもやっぱり後悔はない。やるべきことをやった。だから、ごめん、真田さん。ご迷惑をおかけします。

 ゲーム機の画面に目を落とす。喋るのに夢中でろくに操作をしていなかった。まあいいか。もう、家具は二百個以上あるし。ぼんやり画面を眺めていると、テーブルの脇に人影が立った。


「やれやれ。ずいぶんと湿っぽい話をしているな、貴様ら。鈴鹿が聞いたら泣くぞ。いや、笑うかもしれんな。馬鹿がいっちょ前に悲しい顔をしている、と」


 しょぼしょぼと家具を集める僕らに、冷めた声が届く。顔を上げなくたって、誰だかわかる。


「うるさいな。鈴鹿がいたら、一緒になって馬鹿やってくれるに決まってるだろ」

「異性の友人に不変性を求めるのはヘタレの悪癖だぞ」

「ホントにうるさいな! ヘタレで悪いか!」


 思わず顔を上げて言い返すと、ショートカットの側頭部を刈り込んだツーブロックの、いつも通りパーカーのファスナーを一番上まで上げ……、あれ?


「おや、黒澤氏。今日はやけに気合が入っておりますな」

「変か?」

「似合っておりますよ。デートですかな」

「そんなところだ」


 今日の黒澤さんは、カーキ色のワイドパンツに白いシャツを合わせた、いかにも女子大生といった出で立ちである。あのパステルカラーのパーカー以外の服も持っていたのか。


 ていうか、デート? この拝金主義者と? 信じられない趣味嗜好のやつもいるもんだなぁ、と思いつつ、画面に視線を戻すと、画面が点滅している。充電が切れかけだったのだ。仕方ない。ゲーム機をかばんにしまう。


 午前はサボっちゃったけれど、午後からは講義に出てみるか。もう手遅れのような気もするけれど、せめて大学くらいは普通に卒業したい。真田さんにも言われたし。

 そんな真面目系大学生を目指す僕の頭を、オシャレ女子と化した黒澤さんがポンポン叩いた。


「狸穴蓮、そういうわけだから行くぞ」

「……は?」

「ほほう、なるほど。まあそういうこともありますか。二人は最近、興信所で共に事件を追っていた仲ですからな。巨大な陰謀! 迫るスリル! 響くショック! サスペンスの中で芽生えるラブとロマンス! いやはや、隅に置けませんな」


 このこのー、と衛藤に肘でつつかれる。僕だけが事態についていけていない。どういうこと?

 疑問もむなしく、ずんずん歩く黒澤さんに学食から引っ張りだされて、連れていかれた先は隣駅のスタパだった。またかよ。

 奥まったところの、周りにだれもいない席に押し込められて、ようやく僕は声を絞り出す。


「あの、ええと……つまり、なに?」

「しらばっくれる気か?」


 黒澤さんは脂肪と糖の塊に練乳をぶっかけました、みたいなドリンクをストローでかき混ぜながら、周囲を鋭く見渡して、周りの席にだれもいないことを確認した。


「一億円の支払い。約束だろう?」

「あ、ああ、うん……」


 しまった、と思う。お金はある。けれど、それを渡すのは、はばかられた。僕がなにも言えないでいると、猛禽みたいな瞳が僕のかばんをゆっくりと見やり、指さした。


「なあ、狸穴蓮。ゲーム、あるだろう?」

「えっ?」


 なんの話?


「さっきもやっていた、家具を集めるやつだ。あれ、不思議ではないか? 家具を小さなポーチに入れて持ち運べるなんて。物理法則を無視している。そう思わないか?」

「……そりゃまあ、ゲームだし」


 そういえば、つい先週も同じような会話をした気がする。


「そうだな、ゲームならよくある話だ。ところで知っているか、狸穴蓮。継承術の虚偽申告は、重大な契約違反だと」


 僕はもう、黒澤さんの顔を直視できなかった。バレてる。ぜんぶ、バレてるんだ。僕の秘密も、お金を渡せない悩みも。

 黒澤さんは僕の顎を細い指で掴んで、自分の方に向かせた。猛禽の瞳が僕を射貫く。


「貴様の引き継いだ継承術は【鑑定】などではない。そうだろう? 貴様のほんとうの継承術は、【アイテムポーチ】だ」


 観念した僕は両手を上げて降参のポーズを取った。


「正解か?」


 がっくりとうなずく。正直に話すしかないだろう。僕のうそを。



※※※あとがき※※※

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