第22話
「開けてくれ。別に何か悪さをするわけじゃない。ただ君と話したいだけだ」
それでも動けないでいる広輝に、鳥が溜息を吐くと続けた。
「美咲を助けたくないのか?」
突如美咲の名前が出てきて、広輝はうろたえた。だが馴染みある美咲の名前によって、未知の物への恐怖が僅かに薄れる。
「どうして、美咲の事を知ってる?」
「どうしてと言われても、会ったことがあるとしか言いようがないな」
会ったことがある?もし本当に美咲がこんな怪鳥と会ったとして、それを広輝に話さないことがあるのだろうか。
「それも、会いたいと行ってきたのは向こうだ」
怪鳥は表情の分からない顔で、広輝をぎょろりと見つめている。
「美咲の居場所を知っているのか?」
「さぁな。部屋に入れてくれたなら、教えてやってもいい」
青い鳥が挑むような視線を送ってきているように広輝は感じる。しかし、姿はあくまでただの鳥であり、時折目が動くだけで真意を読むことは出来ない。
広輝は恐る恐る、立ち上がった。全身から力が抜けていたせいか、少し苦労する。そこで初めて広輝はべっとりと汗をかいていることに気が付いた。
そして青い鳥と目を合わせたまま窓に近づき、出来るだけ距離を取りながら手を伸ばして窓の鍵を開ける。
すると青い鳥は翼を広げ、器用に窓ガラスをスライドさせ部屋の中へと飛び降りてきた。白い小鳥もそれに続く。
広輝は二羽とも部屋に入ったのを見て、窓ガラスを閉めた。
青い鳥と白い鳥は、カーペットの上に足を立てて佇んでいる。広輝はその前に胡坐をかいて座った。
「それで美咲の居場所を知っているのか?」
広輝が聞く。少し語気が強くなってしまう。
「あぁ知っている」
青い鳥が答えた。青い鳥の声は嘴から発せられている訳でもなく、直接広輝の頭に語り掛けるようにして話しかけているようだ。それでも青い鳥の声だと分かるから不思議である。対して白い鳥の方は全く喋らない。いや喋れないのか。
「どこにいるんだ」
「彼女はとある恐ろしくも美しい島へと迷い込んでいる」
青い鳥は淡々と告げた。
「それはどこだ?」
「だから言っただろ。恐ろしくも美しい島だって」
「だからその島がどこにあるかって、聞いてるんだよ」
会話が嚙み合わない。本当にこの鳥は美咲の居場所を知っているのか。疑念が湧いて来る。
「まぁそんなに怒るなよ。どこにあるかと言われても説明するのは非常に難しい。地図を引っ張り出してきて指を指せるような場所にある島じゃないからな」
青い鳥は相変わらずの無表情でそう告げる。
「しかし、行き方なら分かる」
そう言うと青い鳥が胸を逸らせる。少し自慢げになっているように見えた。
「美咲の下へ行きたいか?」
青い鳥の声が頭の中に響く。広輝はざわつく胸の上で必死に頭を働かせた。聞きたいことは山ほどある。それにまだこの奇妙な状況を受け入れられた訳じゃない。どこかの器官が麻痺していて、夢と現実の区別が付いていないだけのような気もする。
「言っておくけど、これは夢じゃないぞ」
そんな考えを見越したのか、青い鳥がそう言った。ますます混乱した広輝は、おでこに皺を寄せる。
「もう一度聞く、美咲の下へ行きたいか?」
青い鳥が再び挑戦的に告げる。
怖かった。分からないことが多すぎる。生きて帰ってこれるのか、危険な目に遭うことはないのだろうか。そもそもそんなことをして意味があるのか。そんな不安が広輝の足にしがみついて駄々をこねている。
しかしこのままでは駄目だとも思った。自分のせいで美咲は今、苦しんでいるのだ。自分が非力で臆病だったために今の事態が引き起こされた。もう自分を可愛がっているだけの自分ではいられない。俺はあんな奴とは違う。そうやって心の中で呟いてみた。
広輝は声を震わせながらも青い鳥に告げる。
「俺をその島に連れていけ」
すると青い鳥はにやっと笑ったような気がした。直後、青い鳥がその両翼を広げた。部屋いっぱいに展開された青い翼。その状態で青い鳥が言う。
「まずは、目を瞑れ」
広輝は言われた通りに瞼を閉じる。一度躊躇ってしまったらもう二度とは踏み出せない気がして、何も考えず指示に従う。
すると青い鳥が、何かをぶつぶつと唱え始めた。
「dhlouh@-a\^^jaal43, ipajvpasupa」
すると、途端に頭の中がぐるぐると回るような感覚があった。
「良いというまで、決して目を開けるな」
青い鳥の声が不気味に響き渡った。広輝は世界が超高速で回転しているかのような気がして、瞼をぎゅっと瞑る。
そんな状態が約二十秒ほど続いた。だが徐々に世界の回転が減速し始めたかと思うと、広輝は皮膚に当たる空気の温度が明らかに部屋とは違うことに気が付く。さらにどこからか甘い匂いが漂ってきていて、海が近くにあるのかさざ波の音が絶え間なく聞こえ始める。
「もういいぞ」
青い鳥が言った。
広輝は恐る恐る、きつく締められていた瞼を開く。すると途端に視界が明るくなった。電球の明かりとは違う、太陽から発せられた自然の光だ。
「ここは?」
広輝は当たりを見渡しながら言う。広輝が座っているのは、コンクリートの地面だった。周囲には海が広がっており、いくつかの船が付近に停泊している。どうやら何かの港のようだ。広輝がいるのはその岸壁の上である。
「言っただろ、とある恐ろしくも美しい島だ」
広輝は地面を触ってみる。すると、太陽にさらされていたせいかコンクリートはとても暑い。そこで初めて自分は本当にあの部屋から出て、この島にやって来たのだと実感する。恐怖や驚愕と共に達成感や安堵の気持ちも沸き上がって来た。
「じゃあ早速、美咲の場所を教えろ」
広輝は立ち上がると、島を睨むようにして見渡すし、傍に立っていた青い鳥と白い鳥に向かって告げる。右の拳を全力で握った。しかし痛みは感じない。
その頭上で真夏の真昼間のような太陽が、暑苦しい日差しを放ち続けていた。
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