異世界デバッガーズ

まおんじゅ

第1話 異世界転生、しちゃうって事?

「おつかれ~」


「おつかれっした~」


 髪を金色に染め、緑と赤のメッシュを入れた派手な柄のシャツとゴールドのアクセサリーを身に着けて楽しそうに帰っていく後輩の背中を見送る。


 今日は待ちに待った金曜日の夜。大学の同級生にセッティングしてもらったという合コンに行くという彼とは対象的に自宅に向かうだけの冴えない青年である田中修平は近くのコンビニに寄り、もはや日常と化しているエネルギーが貰える炭酸飲料とこれを飲めば疲れが取れると謳っている錠剤とお腹が空いた時用の栄養素が詰まったパンやゼリー飲料を買い物かごいっぱいに買い込み、レジに持っていく。


「すいません。これ、お願いします」


「あ、はーい」


 このコンビニは会社から近く、品ぞろえも良い。特に残業するために特化しているんじゃないかってぐらいにはエナジードリンクや栄養剤に最近流行り始めた一日の三分の一の栄養素が取れるというパンやプロテインバーの種類が豊富で、会社帰りに寄る率百パーセント(主に俺らのような社畜)。


 今日は今日で残業する程の仕事はなく、おかげで久々にやりたいことができる。


 ていうか、いつものおっさん店長はどこ行ったんだ? 一応、ゲーム仲間ではあるので、久々にログインできそうだと伝えておこうかと思ったんだが……


「あれ? お兄さん? ひょっとして、お父さんが良く話してた……っと、あの、レジ袋はご入用でしょうか?」


「へ? あ、ああ、あの、お願いしますっ! ん? え? あの……」


「すいません。後ろがその―—」


 おさげが可愛らしい少女の声に後ろを振り向いてみると、三人並んでいた。そして、また一人列に並ぶのが見え―—


「あ、す、すいませんっ! ええと、現金で……あ、ちょうどある……じゃ、じゃあ、どうもありがとうございますっ!」


「はい。ありがとうございます。では次のお客様どうぞ~」


 レジにお金を入れ、レシートが出るのを確認。それから綺麗に詰められたレジ袋を手に慌てて店を出る。


(あぁ~~……やっべ。さすがに疲れてたんじゃね、俺?)


 飲みすぎると肝臓に負担がくるという飲み物に栄養はそれなりにあれどもカロリーを取るだけの食料たちを見て、ふと思う。


「……俺、人生詰んでね?」


 会社自体はブラックではないが、そこそこ忙しい。クライアントからの無茶な要望で三日前まで社員全員でほぼ泊まり込み状態が続いたとはいえ、全員で何とか乗り切り、ここ数日は全員定時退社しているという状況にまだ頭が追い付いていなかったらしい。


「あー……そっか。夕方だもんなぁ……」


 先程出たコンビニに入っていく人々を横目に立ち去ろうとする修平だったが、


「あ、ども……」


 ガラス越しに先程の少女と目が合い、思わず会釈してしまう。


(うわ、よく見たらすっげえ可愛い)


 髪型は大人しめな女子を強調するかのようなおさげではあるが、小柄で愛らしいその姿は森の妖精のよう。誰もが彼女の普遍な魅力に安心して買い物をしているかのように見え、思わず見入ってしまうが——……


「……ん? 何か、悲鳴……?」


 遠くから聞こえた声に振り向いてみると、エンジン音が聞こえ、道路を挟んだ向こう側にあるクリーニング店にバイクが衝突していた。


「事故か……さすがに救急車を先に呼んで、あと警察も——」


 思ってた以上に思考が冷静になっていた修平は鞄に入れていた携帯端末を取り出し、救急車を呼ぶべく番号を押そうとした瞬間。


「——っ、危ないっ!」


 視界の端に母親と手をつないでいた子供が暴走してきたバイクに押しつぶされそうになるのが見えた。


 間に合うかどうかなんて分からない。


 ただ、気がつけば携帯端末よりも目の前の命を優先した。


 田中修平という男は自分が思っていたよりも走れるということを感じながら、その間に入る。


 そして————……


(マジかよ。久々にログインして夜通し遊ぶつもりだったんだけどな……つか、携帯たぶん画面割れてんな……)


 自らの死は目前だというのに、どうでもいいことを考え——……


(だとしたら、新しいのと交換しにいかないと……つか、買い替えるのもアリか……やってみたいゲームあるし……今のやつだとスペック足りてねぇ気もしてたからな……————ん? あれ? おかしい? 何で俺——)


 ギュッと閉じていた瞼を開け、周囲を見回す。


 最初に見えたのは空中に浮かんだというよりは停止しているバイク。よく見てみると、運転手の男性は何か戸惑っているように見える。


(なんつーか、見た感じ普通のおっさんだし、手入れも結構きちんとしてそうだな)


 バイクに関する知識はテレビやネットで見かけた程度でしかないが、それでも運転している彼が愛車を暴走させるような人には思えなかった。

 それぐらい手入れが行き届いていており、うるさいエンジン音も都会の日常に華を添えるような役割を果たしてくれそうだ。


(ま、うるさいことには変わりねーけど)


 そうして、自分が全力で走って突き飛ばした親子二人はというと——


(……よかった。母親があの一瞬で俺が何しようか気づいて、そんでもって子供をうまく抱きかかえるような形になってる……って、これだったら俺助ける必要なかったんじゃね?)


 あの時は無我夢中で走っていたから気づかなかったが、どうやら母親はバイクの暴走に気付いていたらしい。

 その証拠として、彼女は修平からわずかに突き飛ばされた形ではあるとはいえ、子供を自分の腕の力だけで引っ張り込み、そのまま抱きかかえるような形で護ろうとしていた。


 他にも不自然な形で誰もが静止していた。


 青信号で横断歩道を渡っている女子高生たちが片足が僅かに上がった状態で携帯端末をいじっている。


 慌てて会社に戻っている様子の中年男性がその横を通りすぎようとしてたり、バイクの暴走に気付いた若者が携帯端末でそれを撮影しようと右腕を上に伸ばしていたり、空中に空気の塊のようなものが浮いていたり、飛び散った破片が静止していたり―—と、上げればキリがないようなレベルで自分以外の全てが停止していた。


 が、しかし。


「どーもー☆ はじめましてっ! お兄さん、キミ、異世界とか興味ある?」


 赤い宝石がついた木の杖を片手に先程の可愛らしいコンビニ店員が修平に声をかけてきた。しかも、見た目に似合わぬ軽々しさで。


「…………いや、ゲームで間に合ってます……」


「マジ? ウケる! ま、そうだよね~……お兄さんみたいなお疲れリーマン全員が全員事故に遭って異世界転生でチートでハーレムなんて無理ゲーっしょ」


 全オタクを敵に回しそうな発言だが、正直言うとその手の物語にそれほどの興味を抱いてない修平としてはある意味そうかもなと納得していた。


「てか、この状況で冷静に対応するかと思ったら……いやぁ~~お兄さんっ! いいね! 熱いね! ホレてまうやろ! って、まあ、オレ彼女いるからホレねーけどな!」


 ガハハと清楚な外見に反し、大口を開けて笑う少女が修平の背中をバシバシと叩く。


「ん? ていうか、この状況——もしかして……」


「そう! オレがやった! そこにいる親子をバグで死なせないためにな!」


「バグ?」


「そう! バグ! つか、お兄さん、このまま死にたい?」


 話が急すぎてついていけない。しかし、少女は彼のそんな胸中を無視して話を進める。


「死にたくなかったら、オレについてきな!」


 全くもって意味不明すぎる。

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