第37話 説得

シャングリラ島に戻った太郎は、土屋と水走を亜空間格納庫から出す。同時に千儀も影から他の隊員を解放した。

「ど、どこだここは……」

解放された士官たちが周囲を見渡すと、下士官である亜人族に取り囲まれていた。

「てめえら、よくも俺たちを奴隷扱いしてくれたな」

「上官だからって威張りやがって」

武器を構えて威嚇する亜人族たちを、千儀は押しとどめる。

「まあ、待ってくれ。気持ちはわかるが、俺たちも国に逆らえなかったんだよ」

「そうだぞ。こいつらに不満をぶつけても仕方ないだろう。士官とはいえ、所詮はお前たちと同じ国の奴隷。一般人間社会から排除されたという点では同類だ」

二人に説得され、彼らもしぶしぶ拳を降ろす。

「こいつらは俺に任せてくれ」

「太郎様がそう言われるなら」

そういうと、亜人族たちは部屋から出ていった。

「千儀三尉。テロリスト山田太郎と一緒にいるということは、異世界管理局を裏切ったのか?」

土屋はギロリと睨みつけるが、千儀は恐れ入らなかった。

「そうさ。太郎は俺を貴族にすると言ってくれた。金も女も権力もすべて与えてくれるともな。たかだか三尉程度の給料で、一生こきつかわれるよりはるかにマシだ」

「……その気持ちは理解できないこともないけど……」

意外なことに、水走二尉は千儀に共感した。

「でも、やっぱり日本を裏切るというのはちょっと…なんていうか、せっかく私たちみたいな異世界帰りにも居場所を与えてくれたんだし」

「ああ、その居場所とやらももうなくなったぞ」

太郎がテレビをつけると、緊急特番が放送されていた。

「速報です。本日、テロリスト山田太郎とその一味により、防衛省が襲撃されました。防衛省長官は重傷を負って入院、他にもけが人が多数で……」

テレビには、続々とやってくる救急車に運ばれる隊員たちが映っていた。同時にボロボロになった防衛省ビルも映し出される。

「防衛省は破壊されたぞ。これでお前たちが帰る場所はなくなったということだ」

「うっ……」

動揺する彼らの耳に、興奮したアナウンサーの声が聞こえてきた。

「今入った情報によりますと、防衛省の地下にあった部署が太郎に協力し、叛乱を起こしたとあります。彼らは人と違った姿や能力を持っていたという未確認情報もありまして……」

聞いていた士官たちの顔色が青ざめていく。

「そんな。なぜ俺たちが叛乱を起こしたことになっているんだ!」

「俺たちは何もしてないのに!」

訳がわからないといった士官に、太郎は告げる。

「そりゃ、異世界管理局所属の下士官が叛乱を起こしたんだから、お前たちも同類とみなされるだろう」

「そんな……」

絶句する士官たちに、太郎はさらに追い討ちをかける。

「ついでにお前たちの個人情報と、異世界管理の詳細なデータも奪って、ネットに流したぞ。これでお前たちの存在は全国に公表されたな」

パソコンを立ち上げて「テロリスト山田太郎の部屋」というホームページを見せる。そこには、今回の襲撃対象である異世界管理局についての情報が掲載されていた。

「やめてくれ!そんなことをしたら……」

「ああ、お前たちは、全国民から変な能力をもつ異端者として恐れられるようになるだろうな」

コメント欄を見せると、大量の投稿が書き込まれていた。

「テロリスト山田太郎以外にも、異世界帰りの異能をもつものがいるのか!」

「エルフにドワーフに鬼に獣人って……化け物オールスターズじゃん」

「やばいぞ。ビルを破壊できるような奴が他にも大勢いるって、これから日本はどうなるんだ」

「奴らを探し出して処刑しろ!異世界帰りは悪だ。人間じゃない化け物だ!」

そこに書かれていたのは、普通の人間には持てない異能をもつ者に対しての警戒と恐怖だった。

「これで異世界管理局も終わりだ。お前たちは完全に、日本での居場所がなくなるだろうな」

太郎の言葉に沈黙が落ちる。しばらくして、土屋一尉が口を開いた。

「それで、私たちを捕虜にして何を望む?」

「簡単なことさ。お前たちも千儀と同じく、俺に寝返ってもらいたい」

それを聞いて、土屋は冷笑を浮かべる。

「戯言を。私たちはあいにく大人なんでね。革命ごっこなどには付き合ってはいられないんだ」

「やれやれ。そういうと思った。国にいいように洗脳されているぜ。お前たちは大人じゃなくて、ただの負け犬だよ」

そんな土屋を、太郎は逆に嘲笑った。

「お前たちは単に、国の力にねじ伏せられ、牙を抜かれただけさ。少なくとも召喚された異世界ではそれなりの成果をあげて、英雄と賞賛されていただろうに、日本に戻った途端にただの公務員か。情けない」

それを聞いた士官たちは、苦悩に顔を歪めた。

「なあ、素直になれよ。本当は異世界から帰ってきたことに後悔しているんだろ。この既得権者ばかりが優遇される社会で、力を隠したまま誰にも認められずくすぶっているままでいいのか」

「……仕方があるまい。そこを理性をもって理不尽を我慢するのが大人というものだ」

土屋は苦しそうに告げるが、太郎は首を振った。

「そうやってお前たちが理性とやらで自らの力を封印して、薄給でおとなしく社畜、いやこの場合は国畜をしている一方で、政治家や企業家たちはやりたい放題人生を謳歌している」

「……」

「このままでいいのか?何のために異世界で血反吐を吐いてまで力を身に着けたんだ。その力を、一生表立って使わずに一庶民として腐らせるつもりか?俺たち異能を身に着けた異世界からの帰還者だって、永遠には生きられない。ぐずぐすしている間に齢をとり、金も女も名誉も権力も得られずにただ老いていくだけだぞ」

聞いていた士官たちの顔に、迷いが浮かんだ。

「くっ。だが、私たちは国を守る自衛官だ。国のために身をささげるのは、モラルをもった社会人の大人なら当然のことで……」

「そんなことをしても、誰にも認めてもらえないぞ。戸籍すら抹消された影の存在である以上はな」

「うう……」

士官の何人かが、涙を流し始める。

「確かにそうよ。私は異世界では治療師として名声を得ていたわ。でも異世界の魔法を身に着けて日本に戻っても、現代科学じゃ魔法の存在は認められていないからって医師免許すら取れず、暗い地下で人体実験を強要される日々……どうしてこんなことになっちゃったの?」

水走も、声をあげて泣き始めた。士官たちの嗚咽が響く中、太郎はふっと息を吐くと、やさしい口調で諭した。

「正義のヒーローにあこがれる子供ならともかく、大人になってみれば、国に都合のいいモラルや正義をまもって、一庶民でおとなしく人生を浪費することの虚しさくらいわかるだろう」

次第に士官たちの間に、現在の境遇に対する不満が高まってくる。

「ならば、お前は私たちに何をもたらしてくれるんだ?」

しばらくして、リーダーの土屋が聞いてきた。

「金と女と地位と権力と領土だ。下劣で即物的な餌だと笑うか?しかし、思想やモラルじゃ飯は食えん。結局、待遇がわるけりゃいくら国を守るだの理性だの正義だのお題目を唱えても、不満は抑えられないのさ」

あからさまな太郎の言葉を聞いて、土屋の顔にも苦笑が浮かぶ。

「わかった。私たちは、お前みたいな権力に屈せず何もかもぶち壊せるほどの力をもち、新たな夢をみせてくれる王を待っていたのかもしれん。いいだろう。協力しよう」

こうして、太郎は異世界管理局の士官たちを味方につけることができたのだった。


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