第29話 奴隷生活3

「はいはい。ネスコちゃんを可愛がるのは後にして、魚釣りを始めよう。あっ、餌はこれをつけてね」

そういって差し出されたのは、強い匂いがするペースト状のものだった。よく見ると、糸の先には針がついていない。

「これはなんだっちゃ?」

「太郎さんが異世界から連れて帰ってきた『チュールスライム』よ。これは捕食されるために強い匂いを放つの。こうやって釣り餌にすると……」

チュールスライムに釣り糸を垂らすと、糸をがっちり取り込んで離さなくなった。

美香はスライムを付けたまま、釣り糸を垂らす。すると一分もしないうちに魚が集まってきた。

「かかった!」

釣り竿を上げると、三十センチはありそうな鯛が釣れていた。

「針もついてないのに、なんで釣れるっちゃ?」

「捕食されたスライムは、体内で接着剤を出してのどに貼りつくの。これなら、針を使わなくても魚が釣れるってわけ」

大物を釣り上げた美香は、満足そうな顔で自慢した。

「さ、みんなで釣りをしよう」

「うん」

針につける手間がかからないので、簡単に餌をつけることができ、手も汚れない。今まで釣りをしたことがなかった鬼娘たちも、喜んで釣りを始めた。

「釣れた!」

「こっちも。あはは、たのしーい」

鬼娘たちは、夢中になって釣りを楽しむ。チュールスライムのおかげで、アジやハマダイ、果てはメバチマグロやキハダマグロまで入れ食い状態である。

「なんか、おっきくない?やばい。うちらって釣りの天才かも」

そうドヤ顔する鬼娘たちに、美香は苦笑した。

「それは、この島に根を張るビルドプラントのおかげね。海中にまで伸びている根が魔力を放出しているから、魚がよく育つのよ」

「ふーん。ということは、もっと大物が釣れるかも……って」

その時、ラムネの釣り竿にとてつもない振動が伝わってきた。

「ひ、ひええっ。竿が折れちゃう」

「大丈夫。その竿はビルドプラントの幹で作ってあるから、どんなに力がかかっても折れないわ。頑張って」

美香に励まされて、ラムネは奮起する。

「うぉぉお。超大物の気配。鬼族の誇りにかけて、負けるわけにはいかないっちゃ。火事場の鬼ぢから~!」

ラムネは負けないように、渾身の力を振り絞る。

「みんな!ラムネを手伝うよ!」

他の鬼娘たちも協力して、三十分も格闘した結果、なんとか釣り上げることができた。



「……って、巨大マグロだっちゃ」

引き上げたマグロを見て驚愕する。市場に出したら百万以上の値が付きそうなマグロを釣り上げていた。

「よし、もう魚はそれくらいでいいわ。次にエビとかカニとかを捕るわよ」

美香は次に、海底に潜って食材を集めると告げる。

「でも、うちたち潜れないっちゃよ」

「大丈夫。ネスコちゃんお願い」

ネスコが咆哮をあげると、ラムネたちの体は何かの力に包まれた。

「水の呼吸魔法をかけてもらったわ。これで三十分は海中でも呼吸できるわよ」

そう言われて、恐る恐る海に入ってみる。鼻まで海に浸かっても苦しくならず、彼女たちは落ち着いて海底散歩を楽しむことができた。

「綺麗だっちゃ……」

南国のカラフルな熱帯魚が泳いでいるのを見て、ラムネたちが感激する。

「ほらほら、見とれてないで、採集を頑張ってね」

「はーい」

海中の岩を探索すると、サザエやアワビ、巨大なアカイセエビやモクズガニなどを簡単に採取できたのだった。


「しかし、こんな巨大なマグロどうすればいいっちゃ」ラムネたちは、砂浜に引き揚げられた巨大マグロを前にして困惑している。

「大丈夫よ。私に任せて。『オリハルコンナイフ』」

ねじり鉢巻きをした美香が、銀色に輝く包丁を振るう。巨大マグロはなんの抵抗もなくバッサリと切られ、あっという間に解体されていった。

「美香さん。すごいっちゃ」

「うふふ。実は私の実家は魚屋で、小さいころから魚のさばき方は仕込まれたの。まあ、こんなに簡単に切れるのは、太郎さんにもらったこの伝説のナイフのおかげだけどね」

美香はうっとりと包丁をみつめる。異世界の伝説の金属でつくられたナイフは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

「さ、みんなで食べよう」

砂浜でシーフードバーベキューが始まる。ラムネたちは存分に高級マグロやイセエビなどを堪能した。

「おいしーい。最高だっちゃ」

こうして、ラムネたちは奴隷生活を満喫するのだった。


そして一か月後、ラムネたちはタワーマンションの一室に集められる。

この一か月、南国の太陽の下で奴隷労働にいそしんだ彼女たちは、すっかり水商売をしていた頃の酒とたばこと化粧の匂いが消えて、健康的な美人になっていた。

「あはは。私たち、日焼けしてすっかり黒鬼みたいになっちゃったね」

「でも、今の生活のほうが健康的でいいかも。太陽の下でのびのび働けるし、ご飯は美味しいし」

楽しそうに笑う彼女たちの前に、太郎が現れる。彼は厚い茶封筒の束を抱えていた。

「この一か月、よく働いたな。鬼我原にゲートを通じたから、これでいつでも帰れるようになったぞ」

太郎がゲートを開けると、その先に鬼我原の光景が浮かんだ。

「お前たちはここに住んでもいいし、ゲートを通じて鬼我原にもどって通勤してもいい。労働時間以外は、基本的に自由だ。好きにしろ」

そういって茶封筒に入った賃金を渡す。その額を見て、ラムネたちはびっくりした。

「え?月50万って、うちたちは奴隷じゃ?」

「奴隷だからって賃金払わないでいいとは限らないだろ。古代ギリシャだってローマや中国の奴隷だって、ちゃんと報酬はもらっていたんだぞ」

太郎はニヤリと笑って続ける

「俺のような王にとって民たちは全員奴隷さ。もしここでの労働が嫌なら、代わりの者を連れてくれば奴隷から解放してもいいが……」

「そんな!うちたちは奴隷を続けたいです。ここで働かせてください!」

ラムネたちは必死で太郎に頼み込む。こうして最初の住人の受け入れは成功したのだった。

ゲートが通じたので、ラムネは休みの日には実家に帰省する。

「父ちゃん母ちゃん。ただいまだっちゃ。これ、お土産だっちゃ」

にっこりと笑って、マナの実を差し出す。両親は、真っ黒に日焼けして健康的になっているラムネを見て、喜ぶと同時にひどく困惑した。

身に着けている物も、サングラスにワンピースと、まるでリゾート帰りのような格好をしている。どう見ても奴隷として酷使され、困窮しているようには見えない。

「あの……奴隷として連れていかれたので心配していたけど……大丈夫だったの?」

それを聞いたラムネは、思わず吹き出してしまった。

「あはは。うちらは奴隷じゃないっちゃ。太郎様も王妃さまたちも、ちゃんと人権をもった従業員として扱ってくれたっちゃ」

嬉しそうに、シャングリラ島での生活を話す。南国リゾートでホワイト労働条件でおまけに高賃金をもらったと聞いて、話を聞いた鬼たちは心の底から羨ましくなった。

「あの……私たちも移住していいか、太郎様に聞いてくれない?」

こうして、鬼族の間から移住希望者が殺到するのだった。

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