第9話 宙に浮く
機動隊員たちを送り出した橘圭司は、余裕たっぷりに隊員たちにつけた監視カメラから送られてくる映像をみていた。
「では、今から突入します」
ドアを開けて、警官隊が乱入する。部屋の中で太郎は、優雅にバスローブをまとって窓際でくつろいでいた。
「なんだ。騒がしいな」
「おとなしくしろ。このテロリストが!」
機動隊の一人が歯を剥きだして威嚇するのを、太郎は苦笑とともに受け止めた。
「やれやれ。しかし俺一人に機動隊が出てくるとはな。警察も俺にびびっているということかな」
「ほざいていろ。すぐに捕まえて泣かしてやる」
機動隊員たちが前に出ようとした時、隊長が止めた。
「待て。橘警視が話があるそうだ」
そういってタブレットをとりだす。そこにはニヤニヤした顔の圭司が映っていた。
「久しぶりだな。山田」
「橘か。あの偽結婚式以来だが、お前も元気そうで何よりだ」
太郎は圭司を見ても動揺せず、余裕たっぷりにワインを傾ける。その姿をみて、圭司の額に青筋が浮かんだ。
「ふん。虚勢を張っても無駄だ。お前は国会議事堂を襲撃して国家権力を敵に回した。テロリストとして死刑になるだろう」
「そうかな。やれるものならやってみろ」
死刑をちらつかせても恐れ入らない太郎の態度に、圭司は激怒する。
「お前たち、捕まえろ!」
その命令を受けて、大勢の機動隊員が警棒を振りかざして太郎に殺到する。
しかし、太郎に近づいた時、不可視の力に跳ね返されてしまった。
「ふん。拳銃すら跳ね返す俺の斥力シールドに、ただの人間が近づけるはずないだろう」
高笑いする太郎。だが、それを見ても圭司は余裕の笑みを浮かべていた。
「よし。次の作戦に移れ」
圭司の命令を受取った機動隊員たちは、太郎を反包囲して、持久戦の構えを見せた。
「何のつもりだ?」
「お前のその力が何なのかわからんが、どうせ無限に続くわけじゃないだろう。一方こちらは100人の機動隊員だ。お前が疲労するまで交代しながら取り囲んでやる」
それを聞いた機動隊員たちは、警棒を振り上げて太郎を威嚇し、窓際に追い詰めた。
「そうだぜ。俺たちは鍛えている。いつまでだって付き合ってやるぜ」
「いくらでも人員がいる国家を相手にした愚かな自分を嘆くんだな」
勝利を確信している機動隊員たち。しかし、太郎は憐れみの視線を向けた。
「何か策があるのかと付き合ってみたら、そんなものか。アホらしい」
そういうと、後ろを向いて窓に手を当てる。
「無駄だぜ。ここは地上100メートル以上の高さを誇るホテルの最上階だ。そこから逃げられるかよ」
「それが逃げられるんだよな。こんな風に」
太郎が少し力を加えると、強化ガラスでできた窓が粉々に砕け散り、夜の風が吹き込んでくる。
つぎの瞬間、太郎は窓から外の暗闇に向かって飛び出していた。
地上でカメラを通してみていた圭司は、いきなり太郎の姿が消えたので驚きの声をあげる。
「そんな!どこにいったんだ!」
指揮車両からでて、ホテルを見上げた圭司が見たものは、最上階の窓から飛び出した一人の人影だった。
「ば、ばかな。人間が空を飛ぶなんて」
圭司が茫然と見ていると、窓から機動隊員が顔を出し、人影に向かって怒鳴り上げている。
「くくく……斥力を使って重力を打ち消せば、空をとぶことなどたやすい。これが勇者の力だ」
太郎の高笑いが響き渡る。
「卑怯者!降りてこい」
「断る。くくく……地をはい回るムシケラどもがどれだけ粋がって力を誇示しようとも、宙に浮くだけで手をだせなくなるのさ」
何もない空中に平然と立ち、機動隊員たちを見降ろす。
「お前たちには、俺の力を全国民に思い知らせるための生贄になってもらおう」
そうつぶやくと、太郎は隊員たちに向かって空間魔法「引力」を振るった。
「こ、これはなんだ。何かに引っ張られる」
機動隊員たちは、不可視の力に引きずられて、窓の方に吸い寄せられていった。
「や、やめ!うわぁぁぁぁぁ!」
部屋にいた何十人もの機動隊員たちが、雪崩を打ったように窓から落ちていく。その姿は全国放送しているテレビに捕らえられ、キャスターが恐怖の叫び声をあげた。
「こ、これはどういうことでしょう。機動隊員たちが外に放り出され、落下していきます」
テレビの前の視聴者たちは、隊員たちが高度100メートルの最上階から落下していく光景を見せられ、思わず目をつぶった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
地上まであと10メートルというところで、機動隊員たちの体がピタリと止まる。
「た、助かったのか?だ、だけど……」
機動隊員たちは一瞬ほっとするも、すぐに顔をこわばらせる。彼らの体は空中の一点に留まったまま、ピクリとも動かせなかった。
そんな彼らの耳に、太郎の嘲笑うような声が響く。
「くくく……俺は優しいんでな。命だけは助けてやろう。その代わり、二度と俺に敵対する気がなくなるようにしてやろう」
「そ、そんな!」
次の瞬間、一度停止した機動隊員たちの体が、再び落下を始める。10メートルの高さから叩きつけれて、機動隊員たちは全員骨折して動けなくなった。
「そ、そんな……100人もいた機動隊員が全滅なんて……」
その光景を地上からみていた圭司は、常識が通じない太郎に戦慄する。
為すすべもなく立ち尽くす圭司に、薄笑いを浮かべた太郎は告げた。
「バカな奴らと運動したせいで、少し喉が渇いた。ホテルのラウンジから、ありったけの酒をもってこい。ついでに綺麗なねーちゃんもつけてな」
そういうと、太郎は最上階に戻っていく。それを見て、圭司は次の手を考えた。
「こうなったら、とびきりきつい酒を奴に飲ませて、泥酔したところを一気に突入して制圧するんだ」
そうつぶやくと、圭司は自分の婚約者を呼び出すのだった。
「圭司さん。私の力を借りたいって、どういうこと?」
深夜に呼び出され、不安そうな顔でやってきたのは、長い黒髪をもつ美しい容姿をした婦警だった。
彼女の名前は林美香。20歳の婦警で、アイドル級の美しさを誇っていた。
「えっ?私がテロリストの元にお酒をもっていくんですか?」
「頼む。全国美人婦警コンテストで一位になった君にしか頼めないんだ」
そう圭司に頼まれるが、美香は露骨に嫌な顔をした。
「そんな……嫌ですよ。怖いです」
「いいからいうことを聞け!」
圭司は言うことを聞かない美香をどなりつける。しかし、彼女も負けじと言い返した。
「そもそも、私は交通課に所属で、あなたの部下という訳じゃないので、命令されるいわれはないでしょう」
美香がそう反論したとき、彼女の携帯が鳴る。
「もしもし?え、警視総監ですか?え?協力しないと首って……そんな」
警察のトップである警視総監に直々に命令されてしまい、美香はしぶしぶ受け入れた。
「……わかりました」
肩を落としてホテルに入っていく美香を見送りながら、圭司は心の中でひう思っていた。
(あんな女、どうなろうがかまわないけど、山田の奴はどうやっても逮捕しないと。じゃないと俺の立場がなくなり、未来が閉ざされてしまう)
圭司の顔には、追い詰められた者のあがきが浮かんでいた。
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